非常階段で (葉月×主2)


教室でのは、やっぱり理想の姫そのままだった
夏休みの宿題をまだやってないとか、プールで焼けたとか新しい彼氏ができたとか
そういう喧騒の中で、いつもと同じように何人かの友達と話している
新学期早々の席替えで、は窓際の真ん中あたりの席になった
珪は廊下側の後ろ
離れているけど、今までみたいに後姿は見ることができるから、珪はこの席に特に不満はない
「葉月くん、写真集もうすぐ出るね」
「・・・ああ」
声をかけてきた女の子に適当に相槌をうちながら、聞き耳を立てた
ここからだと、どんなに頑張ってもの声は聞えない
舞台ではあんなによく通る声なのに、教室のの声は少し小さい
他の子たちみたいに大声で笑ったりしないし、下品な言葉も使わない
誰かが宿題見せてと寄ってきたのに、自信さなげにノートを差し出したりするしぐさ
見てると妙な気持ちになる
欲しくて仕方なくなるみたいな、一人占めして誰にも見せたくなくなるみたいな

リーン、リーン
喧噪に軽い音が混じる
携帯の音、は周りに気をつかうように笑って何か言いながらその場を離れた
ちょっと慌てたみたいに小走りで廊下へ出ていくのを、珪は無意識に追いかける
こういう風に、を見ている男はクラスに何人もいるんだろう
追いかけていくのは自分くらいだけど
そして、こんなことをするのも

「・・・っ」

声にならない悲鳴みたいなもの
人のいない非常階段のところで電話をしていたは、珪の姿を見て動きを止めた
どこか怯えた目
でも逃げる間もなく捕まえた
夏休みの間、ずっと舞台のを見ていた
姫とは程遠い姿、だけど舞台の上のは、なぜかいつもより近くに感じた
長かった休みが明けて感じたこと
同じ教室にいるのに、は遠い
だけど、甘い記憶の姫そのまんまの姿で、存在している

(混乱する・・・)

そして、珪は手を伸ばす
混乱したまま、ずっとしたかったキスをした
掴んだの手は震えていて、携帯を落とさないか少しだけ気になった
珪は、なぜかいつも冷静で
こういうことをする時、これでまた嫌われるんだろうなとわかっていながら止まらない

呼んでみた
真っ赤になったが、泣き出しそうな目で見上げてくる
「お前に会えないなら夏休みなんかいらないかも」
この恋の相手は優しい姫だ
会うと胸がぎゅっとなる、触れると止まらなくて奪ってしまう
抱きしめたいと思って、素直に従った
この前の公園で、キスしなかったことをずっとずっと後悔してたから

「葉月くん・・・」

震える声、弱弱しい
この腕の中の姫があの舞台の上の女の子と同じ人だなんて信じられない
「お願い・・・はなし・・て・・・」
真っ赤になって、もう泣きそうな
それを見て妙に安心して、珪は自分に苦笑した
もしかしたら、あの姫はもうどこにもいないのかもしれないと思っていたから
全部 幻だったのかもしれないと思っていたから
(俺の姫はちゃんとここにいる)
が震えてるのを無視して、抱きしめた
こうしてたら、舞台の上のあの子の方が幻だったみたいだ
本物のはここにいると、ようやく珪は安心した

リーン、リーン、リーン

珪を我に返らせたのはが手に握った携帯の着信音だった
今時着メロじゃなくて黒電話の音なんて古風だな、と
どこかでボンヤリ考えながら 腕に込めていた力を抜いた
開放してやると、は無言で走り去ってしまい、あっという間に廊下の向こうに消えていった
(逃げ足早いな・・・)
苦笑して、それから両手を見つめた
今までを抱いていた
幻ではなく本物を
だから安心していいと、言い聞かせたい
ずっと自分を支配している混乱を、ここで解いてしまいたい
こちらが本物で、舞台の上が演技なんだと

舞台の上のの方が近くに感じて、理想の姫はとてもとても遠いけれど

胸がずきとした
慣れてるけど、もう
は、珪に触れられるのも嫌だし、話すのも嫌
なのにいきなりキスしたり、抱きしめたりするから怯えてる
いつも、泣きそうになって震えてる
なのに珪はが好き
甘い初恋の夢の続きのように、未だを追いかけている
(いい加減、冷めればいいのに)
そうしたら、意地悪もやめてあげるのに
嫌がることを無理矢理しない
話しかけないし、抱きしめない
目も合わさずに、キスもしない
冷めたらいいのに、まだ冷めない
我ながらしつこいなと、苦笑した
冷めないなら、仕方ない
冷めるまで、追いかけていくしか自分にはできない


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