千秋楽の日 (葉月×主2)


夏休み中、珪は何度かの舞台を見に行った
チケットは事前に完売していることが多く、ほとんどが当日券
前から3列目なんていい席に座ることはなかったけど、どんな席からも珪はばかりを目で追って、
の声ばかりを聞いていた
それで、今では芝居の内容も、歌の歌詞も、が出てくるタイミングも、全て覚えている

「また、会いましたね」

芝居の後は、決まって出待ちをしている人だかりから少し離れた信号の向こう側に珪は立っていた
そこで、何をするでもなく
ただ、楽屋口から出てくる役者達と、それを囲むファンたちを見ている
主役級でない役者達にもちゃんとファンはいるようで、紙袋を提げた女の子達や、パンフレットとペンを持ってソワソワする男の子達
そういうのをぼんやり見ていた
そんな珪に声がかかる
この声を聞くのは もう6回目
「どうも・・・」
あの、前から3列目のチケットをくれた人
珪が劇場に通いだしてから4回ここで会った
この人も、いつも、あの人だかりから少し離れたココに立っている
「誰が目当てなんですか?」
「別に」
サラリーマン風の男は、珪があまり話さないのを気にする風でなく、いつも一言二言話しかけてくる
「差し入れとかはしないんですか?」
「しない・・・」
遠くで、またキャー、という声が上がった
さっきから役者が出てくるたびに上がる黄色い声
特に男の役者には女の子のファンがいっぱいで、もう1時間近くサインに対応している人もいた
感心してしまうサービス精神
珪にはきっと、真似できない
「死神ダンサーは人気ですね」
珪の隣で、サラリーマンが笑った
ああ、言われてみれば、彼はと死神で一緒に舞台に立っている役者だ
キレイな顔をしているから、人気なんだろう
そういうのが、他に6人か7人いる
「ボクは、女の子の死神のファンなんですよ
 一番背の低い・・・一人だけ女の子がいるんです」
「・・・・知ってる」
「彼女のことは、この公演でファンになったんですけどね」
「・・・ふぅん」
「いつもは、もっと小さな舞台とかに出てるみたいで」
「・・・へぇ」
「死神ダンサーの中では、ダンスは上手くないほうだけど、あの高音が好きでボク、初めて聞いたときに痺れてしまって」
今日も花束を差し入れしてきました、と彼は笑った
ここで会うたびに、今日は何を差し入れたとかいう報告を彼はする
その度に、主役の誰かが好きなのだろうと思っていたのだけれど
「けっこう、ファンいるのか・・・?」
「え? さん?
 そうだね、いるみたいだけど、ほら、あの辺の人達はあの子のファン」
彼が指差すあたりには、男の子が3.4人 待ちくたびれたような様子で立っていた
初めてここでらしき人を見かけたとき、差し入れを渡していた人かもしれない
もしくは、また別の誰かなのか
「どんな人?」
さん?
 えー・・・と、ファンへの対応は丁寧でできる限り時間を割いてくれるいい人だよ
 優しい感じかなぁ?」
「理想の姫みたいな?」
「え?!
 姫・・・っていうよりは、身近な女の子っていう感じがするけど」
「・・・ふーん・・・」
また少し騒がしくなった
見遣って、珪は息をつく
が、出てきた途端にサインをしてくれと2.3人に囲まれて、
それが終ったと思ったら、また女の子が1人で手紙を渡しにきて、それから人だかりの最後の方で、男の子4人グループに囲まれて、紙袋を受け取った

こういう光景を見るの、これで何回目だろう
ここに来るたびに見て、妙な気持ちになった
大切な秘密の宝物が、他人に奪われてしまうような気持ち
(明日で夏休みは終わり)
そして、明日がこの芝居の千秋楽
「明日は見に来るんですか?」
「席が取れたら」
「実は一枚余ってるんです、一緒にどうですか?」
「・・・どうしていつも、余ってるんだ・・・?」
「一緒に見るはずだった彼女と別れてしまったので」
「・・・・・」
珪は気弱そうに笑うサラリーマンを見遣って、それから苦笑した
「ありがとう」
それで、彼も嬉しそうにする
明日が最後の舞台
これが終ったら、は日常に戻ってくる
二人はいつもの教室で会い、また追いかけっこをするのだろうか
は、何事もなかったかのように、教室では理想の姫に戻るのだろうか

(結局、わからないままだけど)

珪は、小さく溜息をついた
ここに通ったのは、混乱を解きたかったからだ
答えを出したかったからだ
は、本当はどんな人なのか
何が演技で、何が本当なのか
珪が恋に落ちた幼い純真な姫
それがそのまま育ったかのような、理想的な
それは本物か、それとも演技というもので作り上げた偽者か

「舞台の上の彼女は輝いてると思う
 ボクはもっと、他の舞台の彼女も見てみたい」

次の日の席も、いい席だった
この人は余程熱心にチケットを取ったのだろうと思って、珪はまだ幕の開いてない舞台を見つめた
「例えば、さんがこの芝居の主役をやったらどんな風だろうとか想像するんです」
大人しい風なのに、彼はのこととなるとよく喋った
そして、珪が結局誰のファンでここに通っているのか知りたがった
「別に誰も」
そう言いながら、のことばかり考えている
彼の言うとおり、舞台の上のは輝いている
魅き込まれるのだ
小さな手の動きに、視線の動かし方に、そして何より高く響くソプラノに

それは理想の姫とは、全然違う姿なのに

確かめようと思った
見極めようと思った
だけど、結局最終日になってもわからないままだった
どれがで、自分は何を追いかけていて、のどこを好きになったのか、なんて

「いい舞台でした
 ボクはすぐに帰らないといけないので、今日は出待ちをせずに帰ります」
「仕事?」
「はい、今夜から海外出張で、このまま空港に向かいます」
「忙しいんだな・・・」

舞台が終ると感動しているヒマもなく、サラリーマンの彼は帰っていった
今日も、受付に花束を渡していた
の役の中でメインの死神のイメージで、といつも青い花だった
今日は千秋楽だからと、高価な青いバラの花束
受付で、照れたようにメッセージを書いていたっけ
「いつも見てます、応援しています、今日で最後ですね、どうか舞台を楽しんでください」

(・・・ファンか)

もし、珪がという少女を全く知らないで、
初恋の記憶もなく、高校での再会もなければ、純粋に彼みたいにファンになっていたかもしれない
舞台の上のは、見れば見るほどに好きだと感じた
背景に徹するところも、小さな役なのに、毎日毎日手を抜かないところも
あんな大きな舞台で、たくさんの客を前に堂々と歌えるところも、人をひきつけてやまないあの高音も
(だけど)
珪は、純粋なファンには成りえない
珪にとって、は初恋の相手
現在進行形で熱が上がった恋の相手
避けられて、無視されて、傷つけられたけど、なぜか追ってしまう理想の相手
優しく笑う様子とか、クラスの誰にでも優しいのとか、まるで絵本の中の姫のよう
夢々しい記憶に住む、珪だけの宝物

そのと、この夏休みの間に見た舞台の上でのが結びつかない
どっちが本当かなんていう答えも、やっぱり出ないまま

溜息をついて、珪は劇場を後にした
出待ちの人は、いつもの3倍くらいいて、いつも珪がいる信号の向こう側までいっぱい並んでいた
それを横目に見ながら、青い花束を抱えて歩くを想像する
胸が騒いだ
何故だかよくわからなかったけれど


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