劇場で (葉月×主2)


それは夜の9時頃だった
街頭の下に人が何人かいて、夏の空気に負けないような熱気がそこから漂ってきていた
普段、珪は人ごみには寄り付かないようにしている
だから、今も傍に行って見ようとは思わなかったけど、何か気になって信号のこちら側に立ち止まった
に似てる・・・?)
暗いから、ここからでは顔はよくわからないけど、あのパールの持ち手のバッグに見覚えがあった
「これ、差し入れですっ」
「明日も頑張ってください」
なんか、そういう声が聞える
人だかりはそこだけではなく2.3箇所にできていて、どこでも誰かが囲まれてるみたいな感じだった
「あれ、何?」
無意識に、珪と同じ様に信号の傍にたっていた男に聞いてみた
サラリーマン風のその男も、珪と同じように信号のこちら側から、人だかりを見つめている
「出待ちですよ、今 公演が終ったところです」
「・・・公演?」
言われてみれば、ここは劇場の裏
珪もこの間つきあいで見にきたんだったと思い出した
では、あの囲まれているのは出演している役者達で、囲んでいるのはファン達か
(すごいな、ちゃんとファンの相手をしてるのか・・・)
自分は、ファンの相手をしたことがなかったから、その様子は珪には新鮮だった
仕事が終って疲れているであろうに、その後でファンの相手をして
サインしたり、話をしたり
よくやるな、と思ってもう一度視線を戻すと もうそこに らしき人影はなかった
パラパラと、駅の方に歩いていく人影の中にも それらしき姿はない
(見失った・・・)
溜息をつく
今のは見間違いだったのか
あそこにいたのが役者なら、であったはずがない
そう思いながらも、何か胸騒ぎみたいなものがして、珪はソワソワと騒ぐ心を押さえつけた
昔から、が逃げるのと隠れるのが上手かったように、自分はを探すのが上手かったのだ
最後にはいつも見つけ出して捕まえた
今だって、それだけは変わらないと思いたい

次の日、珪は劇場前に来ていた
朝早かったけど、昨日の場所にはすでにもう何人かの人がいた
「あれは入り待ちです」
聞いてもないのに隣に立っていた人が教えてくれて、それで珪はふぅん、と答えた
「あなたも、誰かのファンですか?」
「別に・・・」
「昨日もここにいましたよね
 ・・・今日の公演のチケットが余ってるんです
 よければもらってくれませんか?」
「・・・なんで俺に」
昨日はたまたま通りかかっただけだし、と相手を見ると、彼はわずかに笑って言葉を続けた
「今日、仕事が入ってしまって見に行けなくなってしまったんですが、どうしても目当ての顔が見たくて
 だから朝イチで入り待ちだけしたんです
 さっき劇場に入るのを見れましたので満足です
 ボクはもう仕事に行かないといけないので」
サラリーマン風の彼は、そういえば昨日、信号のところで珪が声をかけた人だった
にこ、と笑った気弱そうな顔
時計を気にしながら ポケットから出した紙を珪に差し出す
「いい舞台ですよ、それにいい席なんです
 だからもったいなくて」
「だったら、他に好きな人にあげればいい・・・」
「それは何かシャクなんです」
(意味がわからない・・・)
気弱そうなサラリーマンは、珪にチケットを押し付けると笑った
そして、じゃあ、と一方的に話を切って去ってしまった
珪の手には、舞台のチケット
辺りは騒がしくなってきて、だんだん気温も上がってきて
1時間後にはこの劇場で公演が始まる
昨日見失った、によく似た子も、出るかもしれない芝居が始まる

(どうせ、ヒマだし)

これも何かの運命かもしれない
神様は自分の味方なのだから、こういう変なことが起こったときは素直に従うべきかもしれない
そう思って、開場時間まで 珪はその辺りをブラブラして、あちこちに貼ってあるポスターを見てまわった
色んなバージョンがあったけど、どれにもの顔は映ってなかったし、名前だって載ってなかった
(・・・見間違いか、暗かったし)
溜息をついて、時計を見て、
それから この間公園で会ったを思い出した
あの時、無理矢理にでもキスすればよかったと、あれからずっと後悔してる

(行こ・・・)

時間だ
この公演にが出てないなら見る意味もないけれど、せっかく貰ったチケットだったし
なによりこれを譲ってくれた人の残念そうな、気弱そうな顔が気になった
せっかくいい席が取れたのに、仕事なんて
さぼってしまえばいいのに、と思いながら 仕事は授業みたいにはいかないのかもしれないと考え苦笑した
大人になれば、珪も今のように、好きに生きることができなくなるのかもしれない

何だかんだで、劇場に慣れない珪が席についたのは開演の5分前だった
前から3列目のど真ん中
驚くほどに舞台が近くて、なんとなく腰が引ける
(これは・・・寝たらバレる席だ)
さぞかし役者の顔がよく見えるだろう
周りは、熱狂的なファンばかりなのだろう
寝たりしたらヒンシュクを買いそうだ
この間は後ろの方の席だったし、隣は知ってる人だったから、そんなこと考えずに済んだのだけど
(・・・せめてストーリーがわかればな)
もっと楽しめるのに、と
思ったところで照明が消えた
指揮者の一礼、それから音楽
このあいだと一緒だった
だけど幕が開いた途端、珪は舞台から目が離せなくなった

(・・・だ)

狂言回しが中央で台詞を言っている、その後ろ
みすぼらしい少年の格好をしたが、立っている
台詞はない、でも籠に入れた何かを売るような演技をしていた
思わず目で追うと、老婆と何か会話をしている様子を見せた後、そこに置いてあった台車を引いて舞台下手に消えていった
(なんで、が、舞台とかに出てるんだ・・・)
自分なんかがモデルをやっているのだから、が役者をやっていてもおかしくはない
だけど、学校でのイメージとあまりに違って混乱しそうだった
優等生で、誰にでも優しく笑う
先生のお気に入りで、クラスメイトにも好かれている、まさに理想の姫
なのにこの舞台の上ではみすぼらしい少年
今は大きな袋を背負って、同じようにみすぼらしい少年達と歌を歌っている
貧しくて、ひもじいのは誰のせいだとかいう、呪いみたいな歌を

(演技・・・)

の役は、歌はあるけどコーラスで、舞台にはよくいるけど、いつも背景だった
それにコロコロ服が変わる
2回目に出てきたときは、城に使える召使みたいな役で、ずらりと一列に並んでクルクルとダンスみたいなのを踊っていた
中央では、主役が華やかなドレスで歌い、長い台詞を言う
男達が次々に忠誠を誓うシーン、はただ立っているだけだった
(すごい脇役なんだな)
だからこそ、忙しいのだろう
名前もない役ばかりだから、一人で何役もやるのだろう
次は乞食、次はまた少年
しばらく出ないなと思ったら、舞台で大きな雷鳴が轟いた

「・・・・・っ」

覚えている、このシーン
真っ青と真っ赤の照明、それから迫り来る闇
それを切り裂くような悲鳴、そして舞台に死神が現れる
この間、珪が唯一見たシーンだ
眠気もふっとぶほど、深く印象に残ったこの死神のシーン

・・・)

踊りながら真っ黒いローブを脱ぎ捨てていく死神たち
背の高い男に混じって、少女が一人
強烈に印象に残ったあの小さい死神
だった
ここからだと、顔がはっきりと見える
ひときわ高い声で歌いながら、その姿は男たちに隠されていくけれど ソプラノは不安定にいつまでも続いた
あの少女が、さっきまで汚い少年とか乞食とか、召使とかをしてたなんて思えないほどの印象
目に焼きつく、白い顔と赤い唇

(・・・・・・)

はっきり言って、どう言っていいのかわからなかった
混乱している
舞台中は、釘付けになってよく考えられなかったことが、終った途端に疑問符をつけて次々出てきた
舞台の上のは、珪の知る姫ではなく、
珪にはあの姫が、あんな風に大勢の前で歌ったり踊ったり演技したりするなんて考えられなかった
クラスでの印象は、もっとおしとやかで、誰かが守ってあげないと危なっかしいような
どこか夢々しい存在だったのに
(意外・・・・)
役者だから、演技することが上手いのだろうか
本当は、理想の姫で今のが演技
それともクラスでの姿が演技で、今のが本当の姿
(わからない・・・)
答えはでなかった
まるで記憶の中の姫がそのまま育ったみたいな雰囲気でいた教室での
ふわっと笑うのも、誰にでも優しいのも、先生に受けがいい優等生な態度も全部
(演技、かもしれない)
では、本当のはどこに?
本当のは、どんな風な女の子なのか

劇場を出て、信号を渡ってから振り向いた珪は、そこに朝よりたくさんの人が役者の出待ちをしているのを見た
複雑な気持ちだ
姫は、いないのかもしれない
自分が見てきたは、
初恋の続きといって、追いかけてきたは、もしかしたらどこにもいない幻かもしれなかった


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理