憂鬱 (葉月×主2)


最初の試験があった
の勉強方法はとにかく暗記
台詞を覚える要領で、先生の言ったことやノートのポイントを全部覚える
それだと応用問題に対応できないから、時間が許す限り問題集や教科書の問題を解いて
それで大抵試験前は徹夜続き
高校最初の試験も、そうやって なんとかなんとか学年10位に入った

(すごい・・・葉月くん、勉強もできるんだ・・・)

掲示板にはり出された試験結果の学年トップの名前に、は溜息をついた
この2ヶ月ほどの体育の授業で、珪の運動神経がいいのはすぐにわかった
何をやらせてもそつなくこなし、走ったら陸上部やサッカー部と張り合えるほど
容姿は文句なしの上 頭までいいなんてと
この結果はある種、ショックだった
そんなパーフェクトな彼とつりあう女になるって、どれだけ大変なんだろうと不安になる
(いるんだ・・・こんな人)
珪はこんな結果には興味がないのだろう
授業が終るとさっさと帰っていった
そういえば、バイトがあるとか言っていたかもしれない
友達の間で噂になってる 来月発売される珪の写真集
それの撮影があるんだろうか
発売されたら、ますます人気者になるんだろうなと思うと、心がぎゅっと痛くなる
(私も、稽古があるんだった・・・)
溜息をひとつつき、気を取り直しては掲示板の前から離れた
稽古場へと歩きながら 珪のことを考える
再会、緑の目、少し低くなった声、しぐさ、言葉、そしてキス
「・・・・・っ」
思い出すと足が震える
未だに、どうして珪があんなことをしたのかわからない
(からかった・・・とか・・・)
それとも何か自分の態度が彼の気に障って、意地悪をされているとか
(嫌われてる・・・とか・・・)
もしくは彼の気紛れだったり、遊びだったり、嫌がらせだったり
「・・・わかんない・・・」
わからない
ただ、戸惑って、震えた
大好きな人とのキス
だけどそれは想像していたような甘さやときめきの全くないもので、
珪は優しく微笑んでもくれなかったし、甘い言葉もくれなかった
夢にみていた王子は、まるで別人になってしまったかのようで そのことがの気持ちを暗くしていた
あの初恋の王子は、もしかしたらもうどこにもいないのかもしれない

(私が、美化しすぎてたのかな・・・)

溜息、それから胸がぎゅっとなる想い
会わなかった年月が、彼を変えたのかもしれない
もしかしたら、元々王子なんかどこにもいなくて
あの時初恋に酔っていた自分の、単なる夢だったのかもしれないとさえ思う

「だけど」

だけどやっぱり珪が好き
同じ教室にいるだけで緊張して震える
幼い頃見とれた容姿、やっぱり今もとても綺麗だと思うし
伏せた目とか、憂鬱そうな横顔とか、そういうのも
そういうのもとても、素敵だと思う

(葉月くんは、覚えてないんだよね、きっと)

だから、あんな風なのだろう
嫌われてるのか、からかわれてるのかわからないけれど
おまえが俺を好きになるまで、とか
おまえ俺のこと嫌いみたいだから、とか
逃げるなよ、とか
俺はお前を捕まえるから、とか

(捕まえるから・・・)

思い出す、幼い頃の遊び
追いかけっこをした、緑の綺麗だった季節に
「妖精は、王子に捕まると人間の姫になるんだよ」
甘い、甘い記憶
の、何より大切なもの
美しかった思い出の中の、大好きだった王子様
いつか、もう一度会いたいと思って、
その時には王子に相応しい女になっているんだと誓って
一生懸命自分を磨いてきた
人気が出て どんどん格好よくなる珪を雑誌で見るたび
誰かから話を聞くたび
想いは深くなっていてって、初恋は一人で育ってこんなにも
(こんなにも好きになっちゃったんだもん・・・)
好きすぎて、どうしようもないくらいになってしまった

なのに珪はあんなで、
自分は全然、珪につりあうような女になれてない

「憂鬱・・・」
「そんな顔してると不幸になるよ」
「だって、憂鬱なんだもん」
「じゃあ踊って紛らわせば?」
「ダンス得意じゃないからもっと憂鬱」
「じゃあ溜息ついてる間に、稽古しなさい」
「はぁーい」

稽古はいつも夕方の6時から
休みの日は 丸一日ずっと
の役は端役だったけど、今回は大掛かりなミュージカルだから着替えがいっぱい
歌もダンスもてんこもり
丁度夏休みに入る来週から本番で、チケットの売れ行きは上々とか
(なのに私は憂鬱)
仕事の時は、あまり暗いことを考えないようにしようと思っているのに、気付けばふと考えてしまう
あのキス
あの言葉
記憶の中の王子とは別人の、意地悪なクラスメイト

(ううう・・・集中できない)

ぶんぶんと頭を振って、珪のことを追い出そうとする
立ち位置、歌詞、演技、動き、
それだけを考えて、大きく深呼吸した
どうしていいかわからないげと、でも好きだから
だから努力を続けるしかない
珪に相応しい女になるために、今できることに全力でいたい

そして夏休みに入った2日目、の出る舞台の初日
珪は、スポンサーと一緒に劇場に来ていた

(なんで芝居なんか)

絶対寝ると思いながらも、強引な誘いを断っているうちに面倒になって
珪は渋々ながらも劇場にいた
たしかに夏休みだし、写真集の撮影は終ったから暇なんだけど
だからって芝居なんて趣味じゃないし 今までちゃんと見たこともない
いつも寝てる
会場が暗くなるから余計、眠くなるんだと思いながら珪は幕の下りた舞台を見つめた
指揮者が一礼オたのを見ながら、生演奏なんだと思って
劇場いっぱいに響く音楽をしばらく聴いてた
聞き覚えのある曲だなと、思いながら

(あー・・・寝てた)

気付いたのは、芝居が始まって90分ほど経った頃
雷みたいな大きな音に目を覚ました
(・・・まだやってるのか)
長い芝居だなと思いながら隣のスポンサーを横目で見た
彼は役者の中に目当てがいるのだろう
オペラグラスを片時も外さず、くいいるように舞台を見ている
(そもそもどーゆう話なんだ・・・)
舞台はどうも外国っぽい
フランス革命だか何だかの設定だろうか
そんな風な衣装を着ているし、物騒にも皆が武器を手にしている
ここから舞台はそこそこ遠い
役者の顔は はっきりとはわからない
一番目立ってる王妃らしき女と、騎士らしき男は衣装でわかるけれど、他の人達は誰が誰だか
どの役がどれだかわからない
(どこ見たらいいかわからないし)
主役の二人を見ていたら、端の方で家来が笑いを取っていたり、
かと思って彼らを見ると、中央で進められている芝居を見逃してストーリーがわからなくなる
(・・・疲れる)
テレビの方がまだマシだと思う
画面を見ていれば、ストーリーはわかるし大切なシーンを見逃すこともない
何も考えずに見ていられるから
(疲れたな・・・)
もう一度眠ろうと思って目を閉じた
そこに、悲鳴みたいなものが聞えて 驚いて珪はまた舞台を見た

急展開、舞台装置がぐるりと回る
赤の照明、死神みたいなのが踊り出す
一瞬、その映像に目が奪われた
黒いローブに身を包んでいた沢山の役者
回りながらその黒い服を脱いでいく
背の高い死神たちの真ん中で、一人小柄な死神が目立った
ここからではよくわからないけど、多分女の子だと思う
彼女はひときわ高い声で歌い、そのあとすぐに背の高い男達に埋もれて見えなくなった
合唱みたいな台詞、歌みたいな詩
意味はわからなかったけど、その舞台の動きに一瞬珪は、引き込まれた

(・・・結局どんな話だったのかわからなかったけど)

そして前半は寝ていて全く見ていなかったけど、まぁたまにならこんな経験もいいかと思った
スポンサーは人ごみの中パンフレットを買いに走り、珪はロビーで待ちぼうけ
客は満足したのか、明るい顔で帰っていく人が多かった
あのプロデューサーのように誰か目当てがいたら楽しいのかもしれない
ストーリーを知っていたら、もっと違って見えるのかもしれない

(まぁ、もう来ることはないと思うけど)

この後、写真集撮影のお疲れ会がある
そこには若いモデルが沢山遊びに来ると聞いていたから、思い出して珪はそっと溜息をついた
今ので結構つかれたけど、このあともう1段疲れる会が待ってるのかと
思ってうんざりした
(こういうのがあるから、この世界をあまり好きになれないんだ・・・)
また溜息をついて、珪は壁に貼ってあるポスターを見た
綺麗な写真、迫力のあった舞台
ふと、あの小柄な死神の少女を思い出した
それだけがなぜか、心に残った


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