路地裏で (葉×主2)


は珪を避けていた
はっきり言ってマトモに顔が見られない
声を聞いただけでドキドキする
同じクラスになったと知った時 覚悟を決めたはずなのに
顔を合わせると、声を聞くと
どうしても、どうしてもダメで それでまるで逃げるように珪を避けて暮らしている
(だって私は、まだあなたにつりあういい女になってないから)
遠い記憶が蘇る
甘い夏の日、交わされた約束、姫と王子、誓いのキス
あの日、幼い姫はこの素敵な王子に相応しい美しくて優しくて賢い女になろうと心に決めた
そして、別れてからもずっと、その努力を続けてきた

(あーーーーーーーーっ、無理っ)

ベッドの上で一人悶えたは、さっき放り投げた携帯を手繰りよせて開いた
アドレス帳に登録された名前は、この1ヶ月で10人増えた
高校で新しくできた友達は、スポーツ系だったり、文化系だったり、大人しかったり、活発だったり
その中で葉月珪のファンは3人
誰でも良かったから、最初に出てきた名前に電話をかけた
「具合悪くてね、明日学校休もうと思ってるんだけど、私 明日日直なんだ
 ・・かわりに、やってくれないかな?」
その子は今日、学校でさんざん葉月珪と一緒に日直なんて羨ましいとこぼしていた
出席番号の並びからいって、自分と珪が日直になる確率は何パーセント、と計算していたから 彼女 数学が得意なのかもしれない
「えぇ?!大丈夫?
 日直・・・って、葉月珪と?!!」
「うん、朝、ちょっと早いんだけど・・・」
「いいよー、代わってあげる
 あんたは寝てていいよ、心配しないで」
「うん、ありがとう」
電話を切って、は盛大にため息をつき、ようやくドクドクいうのがおさまった心臓に安堵した
(ほんと、無理だから、葉月くんと日直とか)
明日は休みになってしまったけど、これも仕方ない
友達の計算した確率からいえば、自分が今後 珪と一緒に日直をすることはないのだから明日さえ凌げば大丈夫だ
二人きりで何かをしたり、話たりするなんて考えられない
多分、そんなことになったら、心臓が爆発すると思うから
(だいたい同じクラスってだけでも必死なのに・・・)
もう一度ベッドに転がって、は溜息をついた
頬が熱い、心も熱い
にとって珪は、初恋の人ではなく、今もなお好きな人
彼に相応しい女になろうと、そればっかり考えている
理想の姫になれたら、あの頃に戻れるかもしれないからと、祈るような気持ちでいる

(だって私は普通の子だもん、葉月くんみたいにキレイじゃない)

幼い二人の出会いは突然だった
迷子になったを見つけてくれた緑の目の少年
彼の容姿に魅かれて、泣くのも忘れたに少年は笑った
「迎えが来るまで一緒にいてあげる」
その言葉にとても安心して、震えていた手も彼が握ってくれたらピタリと止まった
かくれんぼをして、おいかけっこをして、緑の草の上を転げまわるように遊んだ
逃げるのも隠れるのも得意だったを、珪は妖精みたいだと言って
妖精は王子に捕まると、人間の姫になるんだよという彼の言葉に心をときめかせた
「姫と王子は永遠の愛を誓って、いつまでも幸せに暮らすんだ」
お気に入りの絵本
素敵な遊び
ママゴトみたいだった初恋
の父の転勤で、すぐに別れがきてしまってからも の心にはずっとずっと珪が住んでた
名前も知らない、緑の目の王子が

(とにかく、明日は休みになったんだから久しぶりにスタジオに顔を出そう)

もう一度携帯を手にとって、今度はメール
アドレス帳のフォルダ分けのタイトルは「お仕事」
はメールを1通打つと、そのままベッドにもぐりこんだ
そしてそっと目を閉じる
にとって珪は初恋の人
そして、現在進行形で、ずっとずっと好きな人

次の日、学校を休んだは、電車に乗ってスタジオへと向かった
ここはの所属するプロダクションがレッスンや撮影に使うスタジオで も春休みは毎日のようにここに通っていた
今は新生活に慣れるために仕事を入れてないから ここに来るのは1ヶ月ぶり
ちゃん、どうしたの?今日平日でしょ?」
「学校サボってしまいました」
「あら、優等生が珍しい」
「優等生はたまにサボリたくなるんです」
プロダクションに所属するタレントの面倒を見てくれるマネージャーは綺麗なお姉さん
鮎子さんって呼ばれてる、実は元アイドル
ちゃん、この間言ってた舞台のお仕事だけど、どうする?
 オーディションは来週末なんだけど」
「受けます」
「そうじゃあ、手続きをしておくわね
 ところで、学校はどう? 慣れた?」
「はい」
鮎子が手元の書類に何か書くのを見ながら は小さく溜息をついた
がこの世界に入ったきっかけは、もちろん珪だ
ある日 雑誌で珪のことを見つけてから、まるで追いかけるように同じ世界に入った
記憶の中の人
だけの王子様
それが今や、人気の新人モデルで、世間の女の子にキャーキャー言われてるなんて
(まるで秘密の宝物を取られたみたい)
そんな気持ちになって、いてもたってもいられなくなった
珪の周りには女の子がいっぱい
たくさんの姫候補がいっぱい
その中で、珪に選ばれるためには、珪に相応しい女でなくちゃならない
絵本の中の姫のように、美しくて、優しくて、賢い女
そんな女になるための修行だと思って、はこの世界に入った
我ながら、あの頃は勢いがあったと今は苦笑するような単純さだけど

「オーディションの詳細はFAXするわね
 受かったら大変よ? 2ヶ月稽古して夏休みはずっと公演ね」
「頑張ります」
は笑って それからスタジオから出てきた子供二人に手を振った
ここで歌や演技のレッスンを受けて 最初の舞台に立ったのは中学2年の頃だった
脇役だったけど、芝居をすることが楽しかったから はモデルとかテレビタレントよりは舞台の仕事ばかりを選んできた
その方が目立たなくて良かったし、学校にバレることもなかった
そもそも、これは素敵な姫になるための修行なんだから、誰かに見てもらう必要はなく自分だけが頑張ればいいもの
いつか珪の前に、彼とつりあう女として立てるよう、
そのためにやっていることなんだから、目立つ必要はなかった
そして、それまでは誰にも、珪にも、バレたくはなかった
(なのにいきなり同じクラスになるなんて・・・)
まだ、は自分に自信がない
きれいな子はいっぱいいる
頭のいい子もいっぱいいる
だって、ずっと努力してきた
だけど、だからといって、やっぱり本物の珪を前にすると恥ずかしくて逃げたくなる
そして、いつも逃げ回っている

(だって、葉月くんはあんなに素敵なんだもん・・・)

大人になった王子様
幼い頃 みとれた容姿はますます素敵になって、緑の目も深く深くて吸い込まれそう
金の髪も絹みたいで、ふれたらサラサラと音がしそう
陽に光って、キラキラして、見る人をドキドキさせる
ずっと一人で育ててきた恋心は、突然の再会にどうしていいかわからないまま
結局は、逃げることしかできないでいる

(私がどんなに頑張っても、葉月くんはどんどん格好よくなって、人気者になってしまう気がする)

は、小さく溜息をついて帰途についた
久しぶりのスタジオは楽しかった
あの後、スチール撮影をしてる友達の見学をして、ついでにってカメラマンさんにオフ写真を撮ってもらって
それから子供達の発声練習につきあって、遅めのランチを鮎子さんと食べて帰ってきた
この世界に入った頃は、焦ったり、慣れないことに必死だったりしたけど、今は楽しんでやっている
脇役でも舞台に出れば楽しいし、バックコーラスでも歌が歌えたら幸せ
踊りは苦戦してるけど、稽古するのは苦じゃないし
何よりこの世界にいると 素の自分に戻れる気がした
なぜって、学校では、
自分の思い描く理想の女でいようと、演じているから
優しくて、賢い女になれるよう
人からそう評価してもらえるよう、優等生みたいなのを演じてる
幼い頃、珪が姫と呼んでくれた愛らしい少女
それがそのまま、絵本から出てきたみたいに育ったらこんな風な人だろうかと
そう思い描いて、そうなれるよう気を使ってキごしているから

(演じてる時点で嘘だもん
 ・・・結局素の私はこんなだし、自信なんか出ないよ)

だから逃げるしかない
本当の自分を知られるのが怖い
幻滅されたくない
お前は、あの姫じゃないと、そういわれるのが怖くて仕方がない

(いつか、本当に理想の、葉月くんに相応しい女になれるかな)

もっとたくさんの仕事をして、色んな人に認められるようになったら
そしたら、彼につりあうだろうか
その頃には、本当に優しくて賢くて、綺麗な女になってるだろうか

俯いていたは、信号で足を止めた
交差点を抜けたら学校
そういえば自分は学校を休んだ身だったから、あまりこんなところをウロウロして先生にでも見つかったらやばいんだったと気付いた時

「・・・葉月くん・・・」

信号の向こうに、珪を見つけた
反射的に身を返して走り出す
(今日って6時現目なかったっけ?
 日直って、こんな時間に帰れた・・・?!)
一瞬、頭の中に色々浮かんだけど、その後は真っ白
とにかく遠くに逃げようと思って、走った
そして、人のいない路地裏に入った

(びっくりした・・・)

時計を確認する
まだ授業中のはず
とすると今のは見間違いか
それとも珪がサボっているのか
(見つかって・・・ないよね・・・?)
珪がこちらに気付いたかどうかは、わからなかった
ただでさえ、珪とはまともに顔が合わせられない
なのに、仮病で日直を人に押し付けた気まずさまで加わって、今のは 何がどうなったって珪とは会えない
話せない
(・・・別の道から帰ろうかな・・・それとも時間つぶしたほうがいいかな・・・)
ソワソワ、と辺りを見回した
表通りは賑やかだけど、ここは静か
だから誰かの足音とか、そういうのがとても響く

「見つけた、

その声も、当然響いた
ドキン、と心臓が跳ねる
顔を見る前に、誰だかわかる
だって大好きだから
ずっとずっと、想っていたから

「は・・づきくん」
「おまえ、逃げるの上手いのは相変わらずだな・・・」

反射的にまた逃げようとしたの手を、珪が掴んだ
それで、もう逃げられない
真っ赤になったを壁に押し付けるようにして 珪は緑の目で、の顔を覗き込んだ

魅き込まれそうに綺麗な色
そう思った途端、メガネが取られて視界がぼやける
色だけがフワフワしてる世界に立ち尽くすの唇に、珪はキスをした

「・・・・っ」

わけがわからなかったのは一瞬
何をされたのか理解してからは、パニック
声もないに、珪はもう一度キスをした
「おまえ、俺のこと嫌いみたいだから」
囁くみたいな声
見えなくて良かったかもしれない
珪の顔が近すぎて、見えてたらもっと大変だったろう
「だからって仮病とか使うなよ」
その言葉に、心がぎゅっとなった
ごめんなさいと言いたかったけど、唇はまたすぐに、キスでふさがれて声は出なかった

何回、されたかわからない
もう身体に力が入らなくて、はずるずるとその場にへたりこんだ
泣きそうだ
どうして珪がこんなことをするのかわからない
珪が、こんなことをするなんて思いもしなかった

ずっと夢に見てた憧れの王子は、大人になって変わってしまったのかもしれない

「明日は来いよ、学校」
返事のできなかったに、珪がどんな反応をしたのかはわからなかった
はもうぎゅっと目を閉じて俯いて、珪に捕られたままの手だけが珪と繋がっている全て
言葉も行為も珪の一方的なもの
応えることなんか、にはできなかった
今にも心臓が爆発しそうで 今は顔を上げることすらできないでいる

「また明日、

最後にそう呼ばれて、の心はぎゅっとなった
足元に、取られたメガネが置かれる音がする
そして、珪の立ち去る気配
完全に、色んな物音が消えてからようやく、は顔をあげて息をついた
身体が震えている
まだ力は入らなくて、立ち上がることはできそうにない
何が何だかわからなくて、動揺しすぎて窒息しそう
必死にメガネを拾い上げてかけた
形の戻ってきた世界
表の通りの方を見やって、誰もいないのを確認して、ようやく
ようやくは安心して泣いた


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理