桜の下で (葉×主2)


桜の下で彼女を見つけたとき、珪の憂鬱な気持ちは一瞬で吹き飛んだ
何年振りか、とっさにはわからない
それくらい、久しぶりに見た顔
最後に見たのは泣き顔だったっけ
桜色の頬を涙に濡らして、王子、王子と呼んだあの子
名前も知らないまま別れてしまった
秘密の逢瀬、引き裂かれた自分だけの姫

(・・・変らない)

さっきから、風が吹くたびに桜の花びらがチラチラ舞う
その下で、彼女は一人でくるくる回る
両手を広げて、まるでダンスでもしてるかのように

(・・・俺は変ってしまったけど)

失ってしまった大切な宝物を再び手に入れた感覚は、珪の心を騒がせた
彼女は覚えているだろうか
この場所のことを
あの夏のことを
二人で交わした、遠い約束のことを

(だから覚えていたとしても・・・)

幼い頃、自分はここで一人の少女に出会った
可愛い子だった
だから彼女を姫と呼んだ
「じゃあ あなたは王子様ね」
ママゴトみたいだった初恋
珪の緑の瞳を宝石のようだといい、金の髪を星のようだといったあの子
つまらなかった日々を輝かせてくれた、毎日2時間の逢瀬
珪は、絵本の中の王子のように、この子に永遠の愛を誓ってもいいと思っていた
子供心に、甘い切ない想いを抱いて

(俺はもうあの頃の王子には、戻れない)

彼女と時間を共有したのは、ほんの1ヶ月だけだった
そしてあれから、もう10年は経っている
彼女は変らないけれど、自分は変わった
そして こんな自分を、あの愛らしい彼女は受け入れないだろうと想像する

(・・・憂鬱になってきた)

桜の下で、彼女は立ちつくして何か本のようなものを広げて見ている
音は聞えない
ここから彼女のたっているところまで、そんなに離れていないのに なぜかとても遠く感じる

(憂鬱だから、式はさぼりだな)

一瞬、強い風が吹いて、珪は桜に目を奪われた
まるで吹雪き
ヒラヒラと花びらがいつまでも踊る様子に、さっきの踊ってるみたいな彼女の姿がかぶる
(何を、してたんだろう)
ふと、そう思った、途端

ドンっ

「え・・・?」
「きゃ・・・っ」

ドタッ、という鈍い音
見遣ると さっきまで桜の木の下にいた彼女が、今 目の前でへたり込んでいた

(・・・目を離したらすぐにどこかへ行ってしまって、思いがけないところから出てくる
 姫はまるで妖精みたいだ)

それは、幼い頃に言った言葉
夏、緑の深いこの教会の傍で 珪はしょっちゅう姫を見失った
例えば花の陰、例えば窓のカーテンの中、例えば古びたオルガンの向こう側
そんなところから彼女は出てきて、笑ったのだ
妖精をつかまえたら、彼女は人間の姫になって、人間の王子と結婚する
そんな遊びを繰り返した
その記憶が色鮮やかに蘇って、珪の心は瞬間熱く、熱くなった

(変わってしまったんだから、俺は)

初恋はもう終っている
甘い日々は帰らない
純心の王子に、自分はとても遠いところにいる

「大丈夫か・・・?」
「ご、ごめんなさい・・・っ」

転んだままの彼女に手を差し出したら、一瞬躊躇した後、彼女は珪の手に触れた

ドクン

これは、錯覚
妖精を捕まえたら人間の姫になって、姫は王子と結婚する、なんて遊び

ドクン

わかっていても、身体は錯覚に引きずられていた
触れた彼女の手を強く握って、引いた

「きゃ・・・っ」

驚くほど軽い彼女の身体
いや、自分の力が加減できなかっただけかもしれない
彼女は起き上がったあと、勢い余ってフラフラとよろけた

抱きしめたいと、思ってしまった
これが物語の姫と王子なら、口づけをして愛を囁くのだろうに

「ごめんなさ・・・」

彼女は俯いて、ようやく整った体勢を崩さないようにしながら草の上に落ちた本を拾った
それから、ペコリと頭を下げて逃げるように去っていく
今、この手に確かに捕まえたのに、手に入らなかった妖精
逃げていった後姿を見つめながら 珪は小さく溜息をついた

(覚えているはずないけど)

彼女は最初の一度きり、それ以外は一度も自分を見なかった
自分だけに熱が点った
彼女は珪を覚えておらず、珪だけがあの甘さを思い出し、
彼女に愛しい姫の面影を見た
そんな再会
それは、何か痛みのようなものを予感させて 珪の心はザワザワと騒いだ


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