聖バレンタイン (氷×主)


2月13日 日曜日
シンの音楽会で1日早いバレンタインパーティがあった

「なんでもその日は、女性客のみチョコレート持参で料金が無料になるらしい」
「ええーーーっ、楽しそうっ、行きたいっ」
氷室の、何気ない言葉に は身を乗り出した
放課後、資料室のファイルを床にぶちまけてしまったを運悪く目撃してしまった氷室が、その片付けを手伝っている時の会話である
「・・・・まぁ、かわった企画だが」
「先生っ、私行きたいっっ
 連れてって〜!!!」
「・・・・日曜だぞ」
「私ヒマだもん
 先生、何か予定ある?」
それで、氷室は集めた両手の資料をトントンと整えた
ふと友人から聞いた話を軽い気持ちでにしたのだが、
少し考えれば が行きたいと言うのは目に見えていた
その日はさして予定はないのだが
日曜に、と二人ででかけるということに、まだ氷室には戸惑いがある
「行きたーーーいっ
 ねっ、いいでしょっ
 社会見学だもんっ、音楽の勉強だもんっ」
「う・・・・」
そのすがるような視線から逃れるように、氷室は立ち上がってファイルを棚になおし、
それからコホンとせき払いした
社会見学
そう言って何度をシンの音楽会に誘い出したか
日曜でも、今迄と同じ金曜の放課後でも それは同じことか
「・・わかった」
そして、結局 自分もしがらみさえなければといたいのだ
二人で、音楽会でも何でも行きたいと思っている
共通の時間を、少しでも多くと
それが氷室の本音だから、
「では、日曜の朝、君の家に迎えに行く」
こう言ってしまう
嬉しそうにはしゃいだように笑うを見て、無意識に微笑してしまう
その顔が見られるなら、今の自分はきっと何でもしてしまうんだろう

当日、は大はしゃぎで音楽会を過ごした
女性客が多く、ステージには料金のかわりにシン達がもらったチョコレートが山積みされている
ちゃんも来てくれたのか」
「はいっ、これ美味しいんですよっ」
はお気に入りのチェリージャムの入ったチョコレートをシンに差し出し、それを受け取ってシンはにっこり笑った
「ありがとう
 ところで零一にあげるやつは手作りなんだろ?」
テーブルに座っている氷室を、チラと見ながら言ったシンのその言葉には少しだけ苦笑した
「うん、一応・・・・
 でも先生にチョコ受け取ってもらったことないから・・・今日もダメかも」
「え?! なんで?!
 あいつ、ちゃんのチョコ断ったことあるの?」
「あるよぉ
 毎年毎年、生徒からの贈答品は受け取れない・・・だもん」
が、キッと眉を釣り上げて氷室の声マネをしたのを シンはおかしそうに見てそれから大きく溜め息をついた
「マジメだねぇ〜
 もったいない」
「だからね、今日もダメかも」
「今日渡すんだ?」
「うん・・・・学校にもってくの何か嫌だから」
どうせ職員室のチョコ受付箱へ入れろ、とか言われるのは目に見えているから
「うーん、難しいね
 先生と生徒ってのは、なんだかんだで障害があるんだなぁ」
「そうなの」
笑ったの頭を、シンがポンポンと撫でた
「よしよし、じゃあ俺が応援してあげよう」
そう言って、彼はステージの中央へと戻り、
も氷室のいる席へと戻った
演奏が始まる
今、流行りのラブソング
これが、シンからの応援歌か
「私この曲好き〜」
の言葉に、そうか、と
いつもの落ち着いた氷室の声が返ってきた
くすぐったくなる
そして、切なくなる
今、こうして側にいてくれる人
でも、あと一ヶ月もしないうちに 卒業という形で別れがくるのだ
当然のように、姿を見て
当然のように話し掛けて
それに答えてくれた、その日常がなくなる
それはとてもとても、辛いことだと思った
そして、離れたくないと強く願った
今、こんなにも側にいる人を失うなんて嫌だ、と
思って無意識に手を伸ばして、
は、氷室のスーツをぎゅっとにぎった
離れたくない、と 心でつぶやいた

演奏中、ずっと自分のスーツを握って放さないに戸惑いつつ、氷室はそれでも何も言わずにされるがままになっていた
が何を考えているかなんてわからない
さっきはどこか辛そうな顔をしていたが、今は嬉し気にステージの演奏を聞いている
「この曲はなんて曲? 有名なの?」
「これは・・・」
の言葉に答えながら、
その横顔を見ながら 氷室は胸が痛くなるのを感じていた
あと1ヶ月もない
3月がきたら、自分の元からいなくなってしまう存在
これほどまでに思っているものを失う痛みに、今から怯えている
放したくない、と心から思う
そして、
このまま時間が止まれば、と
最近、そればかり思っている
を、失いたくない

その日の演奏会は3時に終わった
「まだ早いな・・・」
つぶやいて、助手席のを見遣る
「君がよければ、ドライブをしないか」
「えぇ?! いいの?!」
ぱぁっ、とその顔が輝いたのに 氷室は微笑して車を出した
こういう風に誘った時の、本当に嬉しそうな顔が好きだと感じる
こんなにも喜んでくれるなら、と
どこへでも連れていってやりたくなる
「どこか行きたい場所は?」
「海っっ」
それで、氷室はまた笑ってを見た
海でも、どこでも
このままいっそ、連れ去ってしまおうか

風のきつい中を、氷室とは歩いていた
「先生は海水浴とかに来るの?」
「いや、来ない」
「全然?」
「ああ
 は・・・・来るのか?」
「うんっ、私 海好きだもん〜」
見るのも入るのも、と
は笑って、冷たい風の中をたたっとこちらへ寄ってきた
その髪が風に強くふかれていく
「さすがに風がきついなぁっ」
「そうだな、寒くないか」
「ちょっと寒い〜」
耳の横をゴゥッと音をたてていく風が、をさらっていきそうな
そんな感覚に捕われそうになる
どうかしている、と
思いながらも、氷室は不安を隠せなかった
「寒いから走ろうっ」
「は?!」
急に駆け出したに、ついていけずにその後ろ姿を視線で追う
「きゃーーっ、風で息ができないー」
「こんなところで走るからだ・・・」
きゃははっ、と
が振り向いて楽し気に笑った
吹き続ける風に、呼吸がしにくい
が、遠い気がする
衝動が、抑えきれなかった
とっさに、
追い付いた氷室からスルリ、と
また駆け出そうとしたのその腕を掴んでいた
そうして、
「あぶないから・・・・・っ」
らしくもない切羽つまったような声で
驚いたようにこちらを見上げたの、その腕を強く引いた
風から、取り戻すかのように

「せ・・・・・・先生・・・・」
急に腕を引かれて、
次の瞬間には抱きしめられた
驚いて、はただ身体をかたくして息を潜めた
何が起こったのか
今は卒業のことなんか考えるのはやめよう、と
今日を思いっきり楽しもう、と
はしゃいでいたのを急に、
急にこんなことをされて、は一気に体温が上がるのを感じた
「あぶないから走るんじゃない・・・」
「は・・い・・・・・」
頬を真っ赤に染めたに、
氷室がコホンと言いづらそうに言った
ゆっくりと、その腕から解放されて はどうしようもなくただ氷室を見つめる
こんなことをされたら、期待してしまうのに
今もこんなにドキドキして、身体中が氷室が好きだと訴えているのに
今にも、言ってしまいそうになるのに
「君は見ていて危なっかしいから、走るのは禁止だ」
「え・・・えぇ?!」
から視線を外して言った氷室に、
どうしようもなく居心地の悪そうな彼に、
はドキドキする胸を隠して、必死に笑った
「ひどい〜これでも体育の成績いい方なんだから〜」
氷室の腕に抱かれたこと
それは、ただ走るのを止めようとした氷室の力が強すぎて そうなってしまっただけの事故なのか
何も言わない氷室に、も何も言えなかった
ただ胸だけが、痛い程ドキドキしている

それから二人して車まで戻り、の家へと進路を取った
「ね、先生」
「なんだ」
その横顔を見ながら、は小さく息を吸う
今日はバレンタインの前日
去年もその前も、最悪だったバレンタイン
今年はチョコレートを作るのをやめよう、と決めていたんだけれど
やっぱり作ってしまった
彼への、精一杯の想いのこもったチョコレート
明日学校で渡す気はないから
今日、渡せたらいいなと、朝からずっと思っていた
今迄きりだすチャンスがなかったんだけれど、
悩んでいるうちに家についてしまう
後悔しないためにも、と
はやや睨み付けるように氷室を見た
「あのねっ」
「・・・・・?」
急に、声のトーンか下がったに氷室は怪訝そうにチラと視線をよこした
「どうした?」
何か気に入らないことでもあったんだろうか
複雑な顔をしているの意図を計りかねて、氷室はの言葉を待った

「これ、バレンタインのチョコレートっ」

急に差し出された、ラッピングされた箱
一瞬、氷室は言葉が出なかった
そもそもバレンタインは今日ではないから、
が持ってくるとしたら明日だろうと思っていたし、
何より2年連続で断っているが、今年もまたチョコレートを持ってくるとは思わなかった
それで、言葉につまった
嬉しくないわけでは、けしてない

「・・・・
一呼吸置いて、氷室はの顔に視線をやった
運転中で、顔を見て話すことができないのがもどかしい
できるだけ視線をやるようにして、その表情を見た
揺れるような目が、どうしようもなく不安気で
それでまた、どうにかなりそうな衝動に襲われる
今、運転していて良かったと思う
また、さっきみたいにしてしまいかねない
今度こそ、ごまかしきれない、と
氷室は自分に苦笑した
、ありがとう・・・」
自分でも、顔が赤くなっているだろうことは想像がついた
熱いのだ
頬のあたりが、熱い
それでも、氷室は平静を装って言った
「ありがとう、受け取っておく」

信じられない気持ちで、は氷室を見上げた
どこか照れているような顔をして、
氷室は今、確かに受け取ると言った
「ほ・・・ほんとに?!
 ほんとに先生、受け取ってくれるの?!」
「あ・・・・ああ」
コホン、と
くいつくように身を乗り出したに、氷室が咳払いをして微笑した
「だが、他の生徒に他言はしないように」
「それって私のだけ受け取ってくれるってこと?!」
舞い上がりそうなに、また氷室が困ったような顔をした
「いいから、他言はしないことっ」
「はぁいっ」
嬉しそうなの声に、氷室も安心して息をついた
よかった
今迄最悪のバレンタインだったのが、今年は心穏やかに迎えられる
何よりが笑っている
ここにはチョコ受付箱もないし、
今はプライベートの時間で、教師と生徒という立場からは離れているからチョコレートくらい受け取っても大丈夫だ、と
一人自分への言い訳をしながら 氷室は微笑した
嬉し気に、
ここへ置いておくね、と
クマのヌイグルミの隣にチョコの箱を置いたが可愛くて
頬を紅潮させて、笑っているのが愛しくて
氷室は、何度もを見遣った
その笑顔を確認するように

3年目のバレンタイン
1日早く、氷室はビターのチョコを口にする
ほろ苦い、まるでこの想いみたいな味がした


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