コンパ初体験 (氷×主)


金曜の夜、零一は眉を寄せ難しい顔でカウンターに座っていた
今日は、が側にいない

「あれ? 零一
 今日はちゃんは休みだよ?」
店に入ってきた親友に、はおかしそうに言った
「わかっている」
半ば、睨み付けるように言い、零一はカウンターのいつもの席に座ると、ジンジャエールと注文する
「はいはい、そう怒るなよ」
意地悪く笑って、親友のために冷たく冷えたグラスに透明な液体を注ぐ
今夜はがいない
たとえば、学校の課題が忙しいから 今日は店に出れないとか、
そういう理由なら 零一はこんな難しい顔はしていないだろうけれど
「まぁ、コンパってのは女子大生の楽しみの一つだからねぇ」
意地悪い言葉に、ピクリと零一の肩が反応した
「別に・・・俺は何も・・・」
つぶやくような、抗議に似た声
親友の顔を睨み付けると、相手はまたおかしそうに笑った
「行くのを許したんだから そんな顔してないで大人しく待ってろよ」
「わかっている」
ムスっと、
零一は グラスの液体を咽に流し込んだ
酒を頼まないのは、から連絡があるかもしれないから
どこまでも中心だ、などと思いながら 零一はそれでもそういう行動をする自分に苦笑するだけである

事のはじまりはこうだった
先週の金曜日、が突然言い出した
「ね、来週コンパがあるんだけど、行ってもいい?」
は? と
一瞬、言われた意味が理解できなかったが、零一は好奇心いっぱいの恋人の顔に全てを理解した
コンパ
大学なんかでは、あたりまえの飲み会
の通う学校でも、当然そんな飲み会があるのだろうが
(どうして、飲み会ではなくコンパなんだ・・・)
思いつつ、零一はただの好奇心でそんなことを言い出したのであろうに大きくため息をついて その顔を見た
「行きたいのか?」
「うん、楽しいんだって〜
 私一回も行ったことないから、行ってみたいなっ」
いい? と
覗き込むように顔をみつめられ、零一はため息をついた
コンパといえば、男女の出会いの場
わかっているのか、いないのか
行きたいと言うに、行くなとは言えなかった
零一は、それで渋々(とわからぬよう)許可を出したのである
それが、今夜
今夜、はどこかの店で 何人かの知らない男と酒を飲んでいる

「・・・・・」
いい様のない不安に似たものを、零一はもてあましていた
高校卒業とともに、自分とつきあいだした
は自分が初恋だと言っていたし、
だからもちろん、自分以外の男を知らない
自分以外の男を恋愛対象として見たこともなければ、
そういう雰囲気になったこともない
それは、の人生を狭くしているのではないか、と零一は時々思う
自分以外、見てほしくないと思う反面
本当にこれでいいのかとも思う
自分は、色んな女を見てきて、
それでなお、がいいと思っている
こんなにも、に心魅かれている
だけど、はどうだろう
自分しか知らないのは、が望んだからでなく
必然的にそうなってしまっただけのこと
もし、将来 が自分とのとこに疑問を持った時
大きな選択を迫られた時に、これで良かったのか、と後悔する日が来るかもしれない
そんなのは、悲しいことで
そんなのは、の幸せを壊してしまう
比べる対象がいないというのは、いい面もあり、悪い面もある
ため息とともに、零一は不安や何やらを一気に吐き出した
その側で、が笑った

「そんなに心配するなって
 ちゃん 浮気なんかしてないよ」

おかしそうに笑う親友
こういう風に、悶々としている自分はおかしいだろうか
を愛しているから、こんなにも心が揺れる
行くことを許可したけれど、ショックがなかったわけではない
自分というものがありながらどうしてコンパなどと思い、
だが、がコンパの意味を理解して行きたいと言っているのではないことくらい、をよく知る自分ならわかる
ただの興味で、
友達が楽しそうに話すのを聞いて、
それで誘われて、楽しそうだから行ってみたいと思ったのだろう
だけど、もし
もしその場で、同年代の気の合う男と出会ってしまったら
自分なんかよりも、ずっと話の合う、好みの男に出会ってしまったら

「・・・・」
またため息がこぼれた
の好みが自分のような男でないということは、百も承知で
零一はそれでも、だけは手放せないと気付いている
今までつきあってきた女との別れの時、
苦々しく思っても、未練などほとんど感じはしなかった
簡単に、その関係は終わった
手は簡単に放せた
だが、はそうはいかない
たとえ、がさよなら、と言う日がきても 多分自分はの手を放せない
だからこそ、こんなにも不安に似た想いに 呼吸がしづらい

夜の10時を回った頃、零一の携帯が鳴った
「もしもし」
相手はわかっていたけれど、あえて落ち着いた営業用の声で言った
「零一さん〜? 起きてた〜?
 あのねっ、今から帰りまっす」
いつもより高い声
相当飲んでいるな、と零一はため息をついた
「今どこにいるんだ、迎えに行く」
言いながら、車のキーを掴んで席を立つ
に視線を送ると、彼は笑ってウンイクして、ヒラヒラと手を振った
良かったな、と
言っているかのように

から場所をきいて、零一は車を走らせていた
帰る前には電話を入れるようにと言ってはいたが、あれだけ酔っていて、よく忘れずに電話してきたものだと感心する
はそんなに酒には強くないから、普段もあまり飲ませないようにしている
本人も、さして酒が好きというわけでもないようで
の店で、時々カクテルを飲むくらいである
今日はそんないつもに比べたら、多く飲んだのだろう
テンションは高いし、何より夜も遅いのに楽しそうなことこの上なかった
(やれやれ・・・)
ある種の焦りのようなものを必死で落ち着けながら、零一はため息をついた
とりあえずは、が手許に戻ってくる
今はそれだけで、少し心が落ち着いている

の言う場所には、若い男女がうろうろしていた

「あっ、零一さんっ」
ひらひらと、手を振った少女は車道沿いのカードレールに腰掛けていた
「わぁ、その人がの彼氏?」
「うわー、かっこいい〜」
側にいた女の子達が言うのが耳に入って、氷室は苦笑した
「かっこいいでしょ〜」
にこっと、が笑う
頬が紅潮しているのは、酒のせいか
「大丈夫か? もう帰れるのか?」
まだ周りに何人もいるのに、氷室は怪訝そうに言うと はふるふると首を振った
「ちょっとだけ待ってね?
 主催者さんがまだ出てこないんだって〜」
見遣る店の入り口には、何人かの男がいて、ちらちらとこちらを見ている
あれらと飲んでいたのだろうか
ため息をつきつつ、氷室は一旦から離れた
酔いをさますには、コーヒー
以前、味が気に入ったといって調子に乗ってワインを飲んでいたが酔った時に飲ませたのを思い出して、氷室は側のコーヒー店へと入った
ため息が出る
のあの様子では、楽しかったのだろうし
側にいた男達の様子からして、は気に入られているようで
それがどうしても、氷室には気に入らない
仕方がないと思いつつ、店から見える様子にまたため息をついた
氷室がから離れたのをいいことに、何人かの男がの側に群がっている
イライラと、氷室は眉をよせながら
早くつれて帰ろう、と一体今夜何度目かのため息を吐き出した

「おまたせ、それではこれにておひらきで」
氷室が戻った時には、待っていた幹事とやらも出てきて、コンパはおひらきになっていた
「ねぇ、さん、携帯教えてってば」
「俺メール入れるからさー」
チャラチャラとした男の声が聞こえる
それに眉をよせながら 氷室はを呼んだ
「はぁい」
勢い良く立ち上がり、は氷室の側へと走ってくる
「携帯・・・・」
そしてまだ言う男達に、振り返り一言
「ばいばい、みんな」
それは、にとってその男達が興味の対象ではないということか
いつものように零一の側へとやってきたに、熱いコーヒーを手渡し、氷室は助手席のドアを開けた
「わっ、なんかお姫さまみたい〜」
「いいから、乗りなさい」
「はぁい」
素直に乗り込んで、は手の中のコーヒーをひとくち飲む
苦い味、熱い液体
ふわふわしていた意識が少し落ち着くようで それはとても心地よかった
「にがい・・・」
「それくらいでないと酔いはさめないだろう」
「むぅ・・・」
こくこく、と
文句を言いながらも勢いよく飲んでいる様子に、氷室は微笑して車を出す
窓の外に見えた友達に手を振って、はしばらく外を見ていた
車は氷室の部屋へと、走る

「ねー、零一さん」
「ん?」
静かな道を走りながら、が楽し気に今日のことを話し出した
「みんながねー、零一さんのこと格好いいって言ってたよー」
「・・・そうか」
「スーツが格好いいって〜」
「・・・そうか」
「それから芸能人のなんとかって人に似てるって〜」
「・・・そうか」
「ねぇ、零一さんってやっぱり大人なんだね」
「・・・?」
隣のをチラ、と見遣ると 空になった紙コップを手の中で遊びながらにこにこと嬉しそうにしている
「なんかね、今日いた男の子達ってみんな子供っぽかったの
 楽しいんだけど、ノリだけって感じ
 零一さんみたいに優しくないし」
は? と
驚いてを見ると、今度は悪戯な目がこちらを見上げていた
「だって零一さん、迎えにきてくれるし
 コーヒー買ってきてくれるし」
その顔にクラクラしながらも、零一はコホンとせき払いして苦笑した
「それは俺が君のことをよく知っているからだ
 あんな酔った声を聞かされては 一人で帰れるか心配になるし、
 君がコーヒーで酔いがさめるのも知っている」
「うん、私 零一さんに甘やかされてるから 他の男の子じゃ物足りないんだ」
ふふっ、と
おかしそうに笑ったは、それから一人満足そうにした
「どうした?」
「んーん、なんでもない
 コンパ、みんなが言うほど楽しくなかったからもぉ行かないかも」
その言葉に、零一の心は一気に晴れやかになるのだが 間違ってもそれを悟られないように、と
ポーカーフェイスを装って、零一はいつものように返事した
「そうか、君がそう思うならそうするといい」

やがて車は零一の家へと辿り着く
離れていた時間を埋めるように、二人同じ部屋へと帰っていく


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