卒業 (氷×主)


3月 やわらかい風が、吹いていく
天気は晴れ
は、卒業式を迎えた
今日が、氷室の生徒でいられる最後の日

さんっ」
ボンヤリと、歩いていたはふいに声をかけられた
花壇の側で、桜弥が手をふっている
「守村くん・・・」
式は先程終わり、生徒達はパラパラと帰り出している
桜弥はここで何をしているのだろう
園芸部はもう引退しているはずだし、何より今日は卒業式なのに
まだ花壇の世話をしているのだろうか
こんな日にまで
「どーしたの? これ」
「僕が育てたんです」
にっこりと、桜弥は笑った
花壇いっぱいに咲いた花
花にはくわしくないから、何という花なのかはわからないけれど
とても綺麗だった
ざぁっと吹いた風に揺らいでいる
「綺麗だね」
種を植えて花を咲かせるまで、毎日毎日世話をするなんて大変だろうと思う
好きだからといって、雨の日も風の日も
毎日やらなければこんなに立派には咲かないだろうに
「すごいなぁ、こんなにいっぱいこんなに綺麗に咲かせられるんだぁ」
「あなたへの・・・想いなんです」
「え?」

ふふ、と
桜弥は少し照れたように、笑った
顔が赤いのが、見てわかる
優しい目が、眼鏡の向こうでゆらゆらと揺れていた
「え・・・・・?」

驚いて、ただ桜弥を凝視したに、桜弥はまた笑った
ふわり、と
優しい笑顔だった
「ずっと・・・あなたが好きでした
 さん、これはあなたを想って育てた花なんです」
どこか切ない顔
その顔を、は知っていた
毎日毎日、氷室への想いをつのらせ続けた自分と同じ
そういう顔
誰かを想って胸がしめつけられるような痛みを知っている人の顔
「・・・・守村くん・・・・・・・」
泣きたくなった
こんな日に、こんな風に言われるなんて思ってもみなかった
綺麗な花達
こんなにもたくさん
毎日毎日、桜弥は自分を想いながら世話をして
こんなにも、
こんなにも綺麗に咲かせたのだ
「あなたが・・・好きです」
その顔は優しかったけど、
目だけは切ない色を隠せなかった
もまた、痛みを隠しきれなかった

どうして、こんな風なんだろう
桜弥のこと、大好きなのだ
初めて出会った時、さっぱりわからなかった問題の解き方を丁寧に教えてくれた人
それから一緒に勉強するようになって、
2年の時はずっと一緒にいた
嫌いだった数学のテストでいい点が取れるようになったのも、彼がわかりやすく教えてくれたから
復習や予習を、一緒にやってくれたから
いつも優しい顔で笑っていて
穏やかで、
まっすぐでひたむきな彼が好きだった
大切な友達だったのだ
今も

「私ね・・・好きな人がいるんだ・・・」
「・・・ええ、わかってます」

桜弥の微笑は、今度は寂しそうなものだった
彼はそれでも優しい目をして
最後にもう一度だけ、にっこり笑ってくれた
「でも僕は言いたかったんです
 このまま卒業するのは、嫌だったから」
かがんで、花壇から一本、その花を摘み取った
差し出されて、は無意識にそれを受け取り
「・・・・ごめんね、ありがとう」
泣き出しそうになりながら、言った
「あなたを好きになって良かった」
本当に、と
花を受け取ったに、桜弥は言ってうつむいた
あとはただ、何も言わず
はその場を後にした

足は無意識に教会へと向いていた
人のいない方へ、と
静かな方へ歩いていくと、その教会のドアが少しだけ開いていた
ギィ、と
扉をあけて中に入って、そして正面の窓を見上げた
前に入った時は夜で暗くてわからなかったものが、今は陽の光ではっきりと見える
美しい、それは夢にみた景色と同じだった
「う・・・・・・」
ぼたぼたと、涙が落ちた
子供の頃、絵本と同じく恋をして
素敵な王子様と幸せになるんだと信じていた
恋愛は、美しいもだと思っていた
美しくて、幸せで、甘いものだと夢にみていたのに
(・・・・どこがよぉ)
胸がぎゅっと痛かった
一本もらった、桜弥の想いのこもった花
私も好きです、と
答えることができたらどんなに良かったか
彼の痛みがわかるからこそ、今 苦しくて仕方がない
どうして、うまくいかないんだろう
好きな人に、好きになってもらえなくて
こんなに想ってくれた彼の想いに、こたえられないなんて
「先生・・・・・・」
あんまり悲しくて、涙が止まらなかった
自分で自分が壊れてしまったかのように、
は名前を呼んだ
「先生・・・」
今すぐ会いたい
大好きな人
誰よりも、側にいたいと想っている人
こんなにも、こんなにも好きな人
「せんせ・・・・・・」
しゃくりあげて、言葉ももう出なくなった
胸が、ちぎれそうだった
その、時

・・・?」

ギィ、と扉が開き
よく聴き慣れた声が自分の名前を呼んだ
・・・どうした・・・?」
落ち着いた声
それが今、揺れたように聞こえたのは気のせいか
「先生・・・・?」
「こんなところにいたのか・・・・」
氷室がどうしてこんなところにいるのか、とか
自分がまるで子供みたいに泣いていることとか、
そんなことの一切が、頭から飛んで
はただ、氷室の胸に抱きついた
大好きな人の、温かい胸に

・・・?!」
突然に、抱きついてきたの身体を支えて 氷室は驚いてを凝視した
胸に顔をうずめて、泣いている
一体なぜ?
自分が来る前から泣いていたようで、
それで思わず何かあったのか、とドキリとした
震える肩をそっと抱きしめて、その髪をなでた
愛しさが、溢れ出した

卒業式の後、吹奏楽部の生徒達に囲まれた氷室は を探すことができないでいた
別れを惜しむ生徒達と話をし、保護者にも挨拶をして
解放された時には、半数程の生徒は帰ってしまっていた
残って写真を撮り合っている生徒達の中にも、はいなくて
それで苦笑した
もう帰ってしまったのだろうか、と
そう思った時に 奴が現れたのだ
問題児の、姫条まどかが

「こんなとこで何しとんねん」
「姫条・・・」
後ろからイラだったような声をかけられ、振り返った氷室にまどかが言った
、教会の方に行ったで
 こんなとこでモタモタしてんと、はよ行けや」
いつものまどからしくもなく、いつになく真面目な顔で
その迫力に 氷室は痛いものを感じた
ああ、まどかもが好きだった
夏に告白しているのを聞いてしまってから、それは氷室の中にずっとあった
「アンタがモタモタしてんねやったらオレが行ってもええけどな
 オレはまだ諦めてへんし、オレの方がとは年も近いし挽回のチャンスは充分なんやで
 それをゆずったろーって言ってんねん
 グズグズしとらんと、はよ行けや」
その目はまっすぐで、強かった
うらやましいと思った
同時に、誰にも渡したくない、と
切ない程に痛い思いが溢れた
を、とられたくない
「あーあ、ほんまにアンタさえおらんかったらなぁ・・・
 アンタのせいで何人振られたか知ってるか?
 ・・・もてるんやで」
覚悟して行けよ、と
まどかは苦笑まじりに笑って言った
何もいわず、
何も言えず、
氷室は、まどかに背を向けてその場から去った
知っている
が誰からも好かれているということ
何人もの男が、に想いを告げたこと
そして、
自分も同じくして、を想っているということ
「アンタのためちゃうからなっ
 が泣くんが嫌やから言ったんやっ」
後ろから、まどかの声が追い掛けてきた
苦笑して、氷室は小さくつぶやいた
「わかっている・・・」

教会の中で、は泣いていた
驚いて、その身体を抱きとめて、肩を抱き、
どうしようもなく ただ髪を撫でていた
長いこと、

・・・・どうした・・・?」
「なん・・・でもない」

大分、落ち着いたのかはもぞもぞと身体を放すと、制服のそでで涙をぬぐった
もう片方の手に花を一本持っている
「・・・それは?」
後輩に、卒業の祝いにでももらったのだろうか
その花の名はたしか・・・
「えへへ、守村くんがくれたの
 育てたんだって」
それで、氷室はああ、と
苦笑した
では、その花はへの想いの全てか
「あなたを愛しています」と
まるで花が語っているようだと また胸が痛くなった
「先生、どーしたの? こんなとこに」
「・・・いや」
の顔を、見下ろした
なぜ泣いていたのかなんて、聞く必要もなく
今はその手に握られた たった一本の花でさえ嫉妬する
彼の想いを知ってもなお、まだが持っている そのことに嫉妬する
「君に・・・伝えたいことがあったんだ」
まっすぐにを見て、氷室は口を開いた
失いたくない
奪われたくない
誰にも、取られたくない
を、この腕の中から放したくない

「君を、愛している」

晴れた春の日、
教会から出てきたの顔には笑顔
はしゃいだようなを見下ろす氷室の口許には、優しい微笑
もう生徒ではないけれど、二人の間には新しい恋人の時間が はじまる


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