ドレス (氷×主)


夏休みがおわり、手芸部の展示会が迫っていた
今年はにとって最後の展示会
そして、3年生は、毎年この展示会を終えて引退することになっていた

「これ着て、あの教会に立ちたいなぁ・・・」

は、完成した作品を前につぶやいた
明日から3日間、この会場で行われる展示会
今、設置を終えたところだ
3年生は毎年気合いを入れて、大きな作品を展示している
は、小さい頃から夢だったものを形にした
それは、真っ白に、純潔に、美しくここにある

バイト先のオーナーが貸してくれた美しいマネキンが着ているドレス
満足気に、は見上げた
我ながら、よく頑張ったと思う
お金もいっぱいかかって、バイト代のほとんどをつぎこんだ力作
精一杯の結果
「こーゆうの、着たいなぁ」
記憶に遠い、美しい教会
お姫様が、王子様の迎えを待っていたあの教会
そこで、こういうドレスを着て立ちたい
大好きな人の、隣で

最終日、何人もの人が展示会を見にきてくれた中、氷室も顔を出してくれた
「・・・ウェディングドレスか」
中央に、ライトを浴びて立っている人形
まるでそこだけ空間が違うかのように、異質で
真っ白いドレスはどこか神聖なものを思わせた
「えへへ、力作なんだぁっ」
いつのまにかが側にきて、嬉しそうに言った
「だろうな・・・・素晴らしい出来だ」
裁縫などには縁のない氷室からしたら、こんなものを作ってしまえるが不思議でならない
どうやったら こんな人が着れる形になるのだ、と
感心して眺めた
白い清楚なドレスは、彼女にとてもよく似合うだろうと思った

「これは、この後どうするんだ?」
「えーと・・・・後輩にあげる約束しました」
「人にやってしまうのか」
「だって置いておいても仕方ないし・・・」
「まぁ・・・そうだな」
氷室はまた、それを見上げた
こんな人形ではなく、が着ているのを見たいと思った
きっと、似合うだろうに

氷室が来たのは、最終日の夕方だったので、しばらくすると閉会となり、部員がバタバタと片付け出した
なりゆきに、氷室も手伝いながら ふと、がマネキンからドレスをはずすのが見えた
女の子の夢なんだろうか
真っ白いウェディングドレス
見に来た客も、必ずドレスの前で足を止めて着てみたい、と言っていた
作るだけではなく、着てみたいと
も思うのだろうか

「氷室先生、車で来てますか?」
「ええ」
会場では、氷室と同じくなりゆきで搬出の手伝いをしている教師が何人かいた
その中の一人が、申し訳無さそうに鍵を渡す
「学校の教会にこの椅子を戻していただきたいんです
 理事長が貸してくださったそうなんですが、高価なものらしくて・・・
 早目に返しておきたいので」
「はぁ」
指された椅子は、なんとか車の後部座席に乗りそうなサイズで
見渡せば誰もがバタバタしている
仕方ないな、と
氷室はそれを運び出した
のクラブの展示会だから、こうして見にきたのだが
いつのまにか、こんなにも働かされている

全ての片付けが終わると、皆一様に解散した
「先生、片付け手伝ってくれてありがとうっ」
「いや・・・・」
両手に大きな箱を抱えて言ったに、氷室は苦笑した
見ていた時間より片付けていた時間の方が長かったんだが、
そして今からまた、学校まで戻って言われた椅子を戻さなければならないんだが
は、そんなものを抱えてどうするんだ」
「これ、さっきのドレス
 後輩にあげるから学校にもっていくの」
「なら乗りなさい
 私も今から学校へ行く」
「え?! ほんと?!」
ああ、と
氷室は言って 後部座席を占領している椅子を指した
「あ、それ先生が戻してくれるの?
 友達が絶対それ使いたいって理事長に無理言って借りたんだよぉ」
笑って、は箱を抱えたまま助手席に座った
「まったく、何をしに来たのかわからんな」
「えへへ、ごめんね
 だって男手足りないんだもん」
先生が手伝ってくれて助かった、と
は笑った
その笑顔に微笑して、氷室は車を出す
まぁ、いいのだけれど
がそうして喜ぶならそれで

夜の学校は静かで、閉鎖されている教会のあたりには当然誰もいなかった
まず教会に椅子を置いて、それから部室へ行くつもりで、
は箱を抱えて、氷室の後についていった
ガチャン、と
教会のドアがあく
「真っ暗〜」
「さっきまで月が出ていたのにな」
急にくもったのか、窓からはいる光もなく、教会の中は暗かった
「どこに置いてあったものだ?」
「あっちらへん」
の適当な指示に、氷室は苦笑しながら あたりに目を凝らして同じような椅子が並んでいる場所に その高価であるらしい椅子を置いた
途端にぶわっ、とほこりが舞う
「けほ・・・っ」
まったく、
ちょっと顔を出すつもりが、何なのだ
舞い上がったほこりにむせながら、氷室は顔をしかめた
どうやらここは、相当ながい間使っていないらしい

「せんせ〜大丈夫?」
「・・・・・」
顔をしかめて出てきた氷室に、がおかしそうに笑った
「先生、ほこりまみれ〜」
「けほんっ」
月が出たのか、辺りはぼんやりと明るくなっている
笑ったの顔もはっきり見えて、もちろん自分の様子も良く見えた
どこかに当たったのかスーツはほこりで汚れているし
さっきので咽も目も痛かった
「まったく・・・・」
パンパン、と
ほこりを手で払いながら、氷室は苦笑した
割に合わない気がする
「ごめんねっ
 何かお礼するから、ねっ」
けたけたと笑いながら言ったに、
「・・・・・礼か」
氷室は微笑した
誰もいない、教会で
自分はほこりまみれで、
そぐわないと言えばそうなのだけれど

「では、そのドレスを着て見せてくれ」
「えっ?!」

氷室は微笑した
の作った白いドレス
あんな人形ではなく、が着ているのを見たいと思ったから
この労働の礼をする、と言うのなら

「え・・・・でも・・・・・」
「礼をしてくれるんだろう?」
「う・・・・うん」
は、突然の氷室の要求に 驚いて抱えている箱を見た
そりゃあ、これは夢だったけれど
こーゆうのを着たいと思って作ったから、サイズはもちろん自分に合わせてあるのだけれど
でもまさか、本当に氷室の前で着るなんて
しかもここは、あの場所じゃないにしても、一応教会で
そんなところで着ることになるなんて思いもしなかった
「君が着ているのを見たい
 そのために作ったんじゃないのか?」
「そ・・・・そうだけど・・・・」
なんだかとても、照れくさかった
そして、
氷室がそんなことを言うなんて意外だった
ウェディングドレスになんか、興味なさそうなのに
こんなもの、何とも思っていないかと思っていた
作品を見た時の感想も少なかったから

教会の奥に隠れるようにして、はドレスに着替えた
(な・・・なんか・・・・本気で恥ずかしいよぉっ)
そしてドキドキする
教会で、大好きな人の前で、真っ白のドレスを着るのが夢だったから
だからこれを作ったのだから

月明かりの中、ドレスを着て出てきたは綺麗だった
ドキ、とした
真っ白のドレスが、淡い光にキラキラしている
思った通りだ
に、よく似合う
あんな人形が着るよりも、ずっと似合う
思わず目が放せなくなって、氷室はその姿に魅入ってしまった
清純の色は、目に眩しい程で
の恥ずかし気な表情がまた、一層そそった
どうかしてしまいそうになる程に

「えへへ、なんか夢みたいっ」
は、頬を紅潮させてこちらへ歩いてきた
「よく似合っている」
「ほんと?」
嬉しい、と
は笑った
「私ね、夢だったんだぁ
 教会で、こーやってウェディングドレス着るのが」
「そうなのか?」
「うんっ」
叶っちゃった、と
今度は楽し気にパタパタと辺りを走り出した
「そんなもので走ったら・・・・っ」
慌てて氷室が制するが、
「え?!」
振り向こうとした途端、自分のドレスを踏んずけて、か
パタっとが転んだ
「・・・・・いたーーい」
「き・・・気をつけなさい」
(よく転ぶな、は・・・)
慌てて助け起こしながら、氷室は呆れたようにを見下ろした
ことあるごとに、転んでいないか、と
膝のあたりを摩って立ち上がったを見る
間近で見るとなおさら、
そのドレスに身を包んだは綺麗で、
氷室は思わずに手を伸ばしそうになった
無意識に、抱き寄せてしまいそうになった
その身体を
瞬間、

ゴーーーーン

「きゃあっ? !」
突然、辺りに鐘の音が響いた
教会の鐘か
それは澄んだ音で辺りに広がる
「び・・・びっくりしたぁ〜」
氷室も、我に返った
助かった、というべきか
あのままでは、無意識にを抱き締めているところだった
こんな場所で、こんなドレスを着た
雰囲気に酔ってしまったのか
鐘の音に、やっと意識がはっきりした
「き・・・着替えてくるねっ」
「ああ」
はパタパタと戻っていき、それで氷室は深く息を吐いた
我ながら、どうしようもない
もっとしっかりしなくては、と
苦笑して、己に言い聞かせた
鼓動は、まだ早いまま

それから教会の鍵を閉めて、部室にドレスを置いた頃には 月が隠れてまた暗くなった
「もう遅い、送っていくから乗りなさい」
「はぁいっ」
いつものように、を乗せて氷室は車を運転し、
は楽しそうにクラブでのことを話していた
まだ夢のような心地がするが
あの月明かりの中の、の姿が忘れられないが
平静を装って、氷室は早くなる鼓動を抑えた
抱きしめそこねたのゆめを、見そうな気がした
それに、苦笑した

真っ白のウェディングドレス
夢は大好きな人のお嫁さんになること
氷室はそれを知らない
彼がどうして、そんなことを言ったのかわからなかったけれど
教会で、着ることができて良かった
とてもいい想い出になった
一時だけでも氷室の側にいられたから


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