邪推 (氷×主)


その日、氷室は校庭でと一緒に探し物をしていた
ことのはじまりは、職員室の窓から見えたの姿に氷室が声をかけたこと
外は曇っていて寒いのに、
がコートも着ずに、植え込みのあたりでウロウロしていたのだ
、何をしている?」
そろそろ陽も暮れる
下校時間も迫っているのに、クラブも引退したがこんなところで何をしているのか
「あ、先生〜」
ぴらぴらと手を振って、は笑った
「あのね〜鍵、なくしちゃったの」
困った顔で言った言葉に、氷室は反射的に溜め息をついた
鍵?
家の鍵か、
こんなところで?
いつから探しているのか
もうすぐ暗くなるというのに、まだ見つからないのか

「ごめんね、先生」
「いいから早く探しなさい」

結局、一緒に探すハメになっている自分に苦笑する
どうも、には弱いのだ
こういう風に
やりかけの仕事を放って、鍵探しにつきあうほどに

それから30分程探した頃、冷たい風が吹いて雪がちらつきはじめた
「うわぁっ、雪だぁ」
無邪気に喜んだのはだけで、空を見上げて氷室は眉を寄せた
視界は悪くて、探し物である小さな鍵は見つからない
「本当にここに落としたのか?」
「うん・・・教室のまどから飛んでったからここらへんだと思うんだけど・・・」
途方もない話に溜め息が出た
「先生、もぉいいよ〜?
 寒いでしょ、私一人で探すから・・・」
申し訳無さそうに、言ったが突然小さくくしゃみをする
「ふにゃーっ」
それからさむい〜、と
情けない声を上げたのに、苦笑した
こんな真冬にそんな格好で、長時間外にいれば そりゃあ寒いだろう
下手をしたら風邪をひく
氷室は、スーツの上着を脱いでのその肩にかけた
「えぇ?! いいよぉっ
 先生そんな格好で風邪ひくよーーーっ」
慌てたように上着を返そうとしたのを制して、
「いいから着ていなさい
 下校時間までに見つからなかったら今日は帰るように」
そう言って、その背中をぽん、と叩いた
まったく、
本当に早く探し出さなければ風邪をひく
真冬にシャツ一枚では、バカでもないかぎり誰でもそうなってしまうだろう

それから15分程たった頃か
が嬉しそうな声を上げた
「あったっ」
植え込みの奥の方に、鍵をみつけ 半ば潜り込むようにしてそれを取り出した
(助かった・・・・)
まさに、そういう気分
身体は冷えきっているし、辺りはもう暗いし、
「では戻るぞ」
「はぁいっ」
慌てて二人して、校舎に入った
そしてそこで、生活指導のに会った

「あら・・・・氷室先生」
メガネの奥からジロリ、と
を睨み付けて、それから氷室の顔を見た
「その格好は?
 こんな時間にどうなさったんです?
 もうすぐ下校時間だっていうのに、さん、あなたまだ学校に残っていたの?」
トゲのある言い方に、カチンときてが何か言い返そうとした
いつもいつもこの先生は、や氷室を目の仇のようにして嫌味を言う
今だって、まるで汚いものを見るかのような目で 二人を見てせせら笑った
「探し物をしていたので
 もぅ帰ります
 、行きなさい」
口を開きかけたを制して、氷室が言った
「う・・・ん
 先生、ありがとう」
何か言いたげに、
それでもは、借りていた上着を脱ぐと氷室に渡して
そしてチラとこちらを見上げた
「いいから今日は早く帰りなさい」
「はい」
言われて、は廊下を走っていった
その後ろ姿を見ていた氷室に、ふん、と
の声がかかる
「どうやら氷室先生は一人の生徒をひいきしすぎているようですね」
「は?」
上着を羽織ながら、氷室はの顔を見た
「こんな遅くに女生徒と二人きりで、何をなさっていたのかしら?
 そんな風に上着を貸したりして、
 普通ではありえませんわね」
それで、の言わんとしていることにピンときて、氷室はきつく彼女を睨み付けた
「変なことをいわないでいただきたい
 私はの探し物を手伝っただけのこと
 あなたの言うようなことは何もありません」
人のあらを探すような目でこちらを見ているを不愉快に思い、
イライラとしたものが氷室の中に生まれていく
どうしてだか、彼女は自分に関して何かとつっかかってくる
氷室が担任を持ち出した頃から それはひどくなり 今では何かあるごとに嫌味を聞かされた
普段はさして気にならないのだが
誰が何と言おうと気にするような氷室ではないのだが
こういう風に、とのことを言われると苛立ちを隠しきれなくなる
一体何だと言うんだ
普通じゃない?
生徒が寒がっていて、風邪をひきそうで、
それで上着を貸したのが、普通じゃないというのか
バカらしい
自分は相手がじゃなくても、そうする
多分

「変な誤解を招くようなことはしない方がいいと思いますが?
 氷室先生、あなた よくさんを車に乗せているっていうじゃありませんか」
「は?」
「特定の生徒だけを車に乗せて送ったりしているのはひいきだと言っているんです
 それが女生徒だというからなおさら
 あなた、ご自分の立場を理解していらっしゃいますか?
 こんなことが他の生徒の親御さんに知れたらどう言われるか」
の唇が、嫌な形に笑ったのを 氷室はイライラした気持ちで見た
たしかに、最近自分はしか車に乗せなくなった
以前は他の生徒とも一緒に帰ったりしていたのだが
特にクラブで遅くなったり、会議で遅くなったりした時に
その場にいた生徒達を送って帰るということをしていたが
最近はそれをしない
どこで見ていたのか、はそれを指摘しているのか
それが、ひいきだといっているのか
そして、
そこから全く不愉快な想像をして、こんなことを言っているのか
さんもたいした生徒ね
 教師とはいえ、男の車に乗るなんて
 あの子普段から男に色目を使って 見ていてはしたないったら」
どういう教育を受けているのかしら、と
汚らわしい、と
が笑った
不愉快な声だった
瞬間に、氷室の中に冷たい意識が下りてくる
「失礼ですが」
淡々と、感情なく
氷室は目の前の、同僚を見た
はあなたの言うような生徒ではありません
 それ以上 私の生徒を侮辱しないでいただきたい」
あなたの方がよっぽど下衆だ、と
氷室は言い放ち、冷たく微笑した
「私とが何か関係があるとでもいいたいのですか?
 そういう推測こそ、汚らわしいものですね」
私は、あなたに指摘されるようなやましいことは一切ありません、と
氷室は告げると きびすを返した
不愉快だった
これは明らかに自分の不注意だ
たしかに自分はを特別扱いしているかもしれない
そして、そのせいで がまるで汚らわしいもののように言われた
不愉快極まりなかった
「氷室先生、あなたさんと・・・・」
声が追ってきた
ヒステリーのようなキンキンした声だった
「邪推は結構
 そして、私がをどう思おうと、どう扱おうとあなたには関係ありません」
振り返りもせず、氷室は告げた
こういう指摘をされるのは、不本意で
今以上に気をつけなければ、と思うのだったが
「どうしようと、私の勝手です」
想いは自覚し、偽れず
もはや偽る気もなく、覚悟を決めている
には関係のないことだし、何もやましいことはしていない
を想っていること
それはまだ言えはしないけれど
彼女の言うような、汚らわしい関係でなどないのだから
想いは一方的なものなのだから

次の日、朝からだるいのをおして氷室は授業に出ていた
昼休みには、熱が完全に上がっていたがどうしようもなく
ただぼんやりと席についていた
の顔を見るたびにイライラした気分になるのが余計に身体に悪い
午後からは授業がないから、最悪早退だな、と
そんなことを考えている時 職員室にが入ってきた
「先生〜」
パタパタと駆け寄ってきたは、ぐいっと氷室の身体を自分の方へむかせて その額に手を触れた
「?!」
突然のことに、熱で朦朧とした氷室には対処できず、されるがままになってを見上げる
「あー、やっぱ熱ある〜」
「・・・・」
その声に、側にいたがこちらを見た気がした
「ごめんね、先生
 やっぱ昨日のせいだよね〜」
「いや・・・・」
こんなことをしていたら、また何か言われるだろうな、と
ボンヤリ考えながら 氷室はを見た
は、大丈夫なのか」
「うんっ、私 若いからっ」
「・・・・・・」
その答えには、いささか不満があったがあえて何もいわずにおいた
が風邪をひいていないのなら、よかった
「保健室で寝てる?」
「いや、いい」
「じゃあ、薬飲む?」
「・・・・・・・・そうだな」
それで、が少し笑って、そうしてぱたぱたと走っていった
それと同時に 後ろから声がかかった
「氷室先生、風邪ですか?
 無理はいけませんね、授業がないなら早退なさい」
いつのまに来たのか、側に天之橋が立っている
「はぁ・・・」
「私が送っていってあげましょう」
「え?!」
慌てて、断ろうとした所に が水と薬をもってくる
受け取りながら、今の状況を整理しようとした
「おやおや、優しいね、くんは
 氷室先生はいい生徒を持ちましたね」
「はぁ・・・」
薬を飲みながら、仲よさげな二人に氷室は当惑する
どうして理事長である天之橋がのことを知っているのだろう
「だってクラブの顧問だもんっ」
「そういうこと」
ねー、と
二人やっぱり仲良しなのを 氷室は苦笑して見た
そうなのか
それでは天之橋が自分を送るといっているのも、の差し金なのか

それから10分後には、氷室はに見送られて天之橋の車で帰宅した
「すみません」
「いやいや、いい生徒さんだね」
「はい・・・」
「それに、とてもいい先生だ」
「は・・・?」
にっこりと、微笑みをたたえながら彼は言った
「氷室先生のおかげでくんは風邪をひかなかったわけだからね
 いい先生だと言ったんですよ」
「はぁ・・・」
氷室はチラ、と相手を見た
昨日の事情をどこまで知っているのか
そして、
彼はのように それをひいきだとは言わないのか
「生徒に慕われるのはいい先生の証拠です
 教師と生徒の間には、大きな壁がありますが、
 一線をわきまえ接するなら、人と人とのつきあいにここまでという線はありません
 そんなものを引いてしまったらもったいない
 くんは一人の人間で、氷室先生もまた一人の人間なのだから」
私はそう考えているよ、と
天之橋は笑った
ボンヤリと、
氷室はその言葉を何度か頭で繰り返した

ベッドの中で、眠りに落ちながら氷室はのことを考えていた
たとえ、誰が何といおうと この想いを捨てる気はない
それはの前で昨日言ったとおり
誰にも関係ない、氷室の、心からの想いだから
そして、
そのせいで、が悪くいわれるのは堪え難いと思ったから注意しなくてはと言い聞かせた
自分が注意しなくては、言われのない中傷をが受けることになる
そして、
それでも、側にいたいから
天之橋の言ったように、一線を守る
けして、越えないよう
誰にも、何も文句を言わせないよう
つけいるスキのないよう
教師と生徒である間は

眠りに落ちながら、氷室はの顔を思い出していた
今、失わないために
今、傷つけないために
想いは隠さなければならない
不粋な、観客の前では


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