春の歌 (氷×主)


シンの音楽会で、に会った
2年振りか
彼女はあの頃のような、長い髪で驚いたように笑った

「久しぶり・・・零一」
彼女とつきあっていたのは2年前まで
1年ともたなかったのは、自分に理由があるのだろう
優しかった彼女は、自分の冷たい態度に苦しんで疲れてしまった
そうして、別れがきた
あの頃、自分は何よりも仕事が大切だったから

「先生・・・?」
ふ、と
意識が飛んだ氷室に、が怪訝そうに声をかけた
は今、中央の舞台から戻ってきたところで
側に見知らぬがいるのに、不思議そうな顔をした
「先生のお友達 ?」
「ああ、大学時代の」
苦笑した
そうだ、今はと来ているんだった
あまりにも突然に、目の前にが現れて
不覚にも意識があの頃へ飛んでしまった
変わらぬを見て、少しだけ心が痛んだ
あの頃には、感じなかったのに
「こんにちわ、
 零一の、生徒さん?」
「はい、 です」
「私は・・・ よ」
にこり、
笑ったに、も微笑した
人なつっこくて、物おじしないは、会う人間に不快感を与えない
今も、ぎこちなかったこの場の雰囲気が少し和んだ
は、また昔のように明るい顔で笑った
「可愛い生徒さんね」
シンに呼ばれて、跳ねるように舞台へと戻っていくに、氷室は苦笑する
一度キャンセルしたシンの音楽会
あれから前もっての約束を二人はしなくなった
今日も当日に、放課後をつかまえて言ったのだ
「君が良ければ」と

「ねーねー、シンさん
 あの綺麗な人、先生の彼女?」
舞台の上で、はシンに囁いた
いつのまにかテーブルにいた女性
明るくて、大人っぽい美人な女性
氷室と同じ大学だと言った
彼女は氷室を「零一」と名前で呼んだ
「ああ、
 あれはもぉ別れてるよ?」
2年くらい前に、と
シンは複雑な顔をして言うと、くしゃっとの髪を撫でた
「気にしないの
 零一は普通の男だから、女とも普通につきあってきてるし、
 それなりに恋愛だって経験してる
 いちいち気にしてたら、ダメだよ」
終わったことなんだから、と
シンは言って笑った
「・・・もしかして私が先生のこと好きなの知ってるの?」
「知ってるよ」
にやり、
自信たっぷりに言われ、は赤面して氷室を見た
どうして氷室の友達は、皆 自分のこの想いに気付いているのだろう
そんなにわかりやすいのだろうか
言動に、出てしまっているのだろうか
氷室が好きだということが
(いやぁ、わかりやすい二人だからねぇ)
クスクスと、シンは笑って 同じように氷室を見た
と何か話している、その様子からは と話す時のような穏やかな表情が見当たらない
昔に比べたら丸くなったものの、
それでも側にがいるのといないのとでは、歴然とした差がでる
昔から、氷室を知っていれば それは手にとるようにわかるのだ
そうして、
はあの様子からすると、まだ氷室を想っているのか
切ない目に、シンは苦笑した
(罪な男だねぇ、零一も)
こんな場所で修羅場はゴメンだよ、と
とりあえず、側にいるの背を軽く叩いた
「大丈夫、君の圧勝だ」

舞台で始まった演奏を聞きながら、は氷室の横顔を見た
2年前に、別れてしまった恋人
仕事が大切だといい、担任を持った生徒が可愛くて仕方がないと、
会える時間が減っていった二人
不満だったけれど、には言えなかった
氷室の教師としての情熱を知っているし、
何より そんなわがままを言って嫌われてしまったらと思うと怖かった

「クリスマスくらい・・・」
「クリスマスは理事長宅でパーティがある
 浮ついた生徒も多い、教師の見回りは必要だ」
「私よりも、仕事が大切なのね・・・」
「子供みたいなことをいわないでくれ
 担任をしている以上、生徒を見守るのは義務だ」

冷たい言葉だと思った
恋人同志なのに、クリスマスも一緒にすごせなくて
なのに氷室は、顔色ひとつ変えなかった
きっと、想っているのは自分だけなんだと、悲しかった
そうして、別れがきてしまった
自分から告げたのに、涙がとまらなくて、
「そうか、仕方がない」
そう返事した氷室は、やはり眉ひとつ動かさなかった
こんなにも好きなのは、自分だけだったのだ
氷室はただ戯れで 自分とつきあっていただけだったのか

演奏を聞いている氷室の横顔に、は溜め息をついた
「今・・・どうしてるの?」
「相変わらずだ」
懐かしい、淡々とした声
「お仕事、楽しい?」
「そうだな・・・やりがいはある」
顔色一つ変えない氷室に、は想いが溢れる気がした
あれから一度だって氷室を忘れたことはない
会いたくて、声が聞きたくて、
忘れようと努力しても、忘れられなかった人
自分が弱かったから、失ってしまった人
少し我慢していれば、今も彼の隣にいられたかもしれないのに

演奏が終わった
舞台からが下りてきて、こちらに走ってきた
だが途中、
何かにつまづいたのかドタっ、と
盛大に転んで 床にへたり込んだ
?!」
ちゃんっ」
氷室とシンが同時に叫んで、
氷室は反射的に立ち上がった
「いたぁい・・・・」
「気をつけなさい、君は・・・・」
へたりこんでいるのを助け起こして、氷室はあきれた顔でを見た
膝をすりむいただけですんだようだが、見ているこちらがヒヤヒヤする
「こんなところで走るんじゃない
 まったく・・・」
眉を寄せて、氷室はいい 席までを連れてきた
「だって〜」
「だってではない
 大怪我をしたらどうするんだ」
「しないもーんっ」
「・・・・
じとっとを睨み付けた氷室に、は悪戯っぽく笑った
それから、氷室の飲んでいたものを取り上げて一気に飲み干すと舞台に顔を向けた
演奏が始まっている
曲はも聞いたことのあるクラシックの曲で、どこか物悲しい曲だった
「ねぇ、先生、この曲なんて曲?」
「ショパンの別れの曲だ」
「別れの曲?!」
驚いた顔で、が氷室を見た
「どうした?」
「なんかやだね、別れなんて」
「・・・・・そうだな」
いい曲で、自分が好きなんだが
たしかにには似合わないか
この曲はむしろ、と自分の今の雰囲気に合う
どこか気まづくて、どこか苦しい
どうでもいい相手ではなかったから、別れを告げられた時に苦々しい想いをした
泣いていた彼女を、どうすることもできなかったから
「でもいい曲」
つぶやいたの横顔を見た
には抱かなかった想いを、今に抱いている
狂おしい程、愛しい
放したくない、とこんなにも願っている
あの日、泣いていたのがなら、自分は迷わず抱きしめただろう
告げられた別れに「そうか」とは、答えられなかっただろう
を失ってしまったら、他の全てに意味がない
こんな想いは、以外に抱いたことはない
それほどに、氷室はを想っている

「ねっ、先生」
曲が終わって、が身を乗り出した
「先生、ピアノ弾いてっ」
「は?!」
突然、何を言い出すのかと
を凝視した氷室は、その目にきらきらした光を見た
「なんか悲しくなっちゃったから、楽しいの弾いてっ」
「どうして私が・・・・
 シンに演奏してもらいなさい」
「いやっ、先生がいいのっ」
「・・・・わがままを言うんじゃない」
「いやーーーーーーっ、先生が弾いてーーーーーーっ」
言い合いを始めた二人に、がクスと笑った
氷室は変わった
ここで偶然に出会って、昔の変わらない氷室だと思ったけれど
が席に戻ってきてから、氷室の表情はくるくる変わる
心配気にしたり、怒ったり、困ったり
それから、先程見せたように 愛し気にの横顔を見つめていたり
(かなわないなぁ・・・・)
目の前にいるは、まだ高校生で
なのに、氷室の意識を捕らえて放さない
自分が言えなかったわがままを、いとも簡単に言ってしまえるのだ
嫌われたくないと、我慢し続けた自分が言えなかったこと
それに氷室は、今まさに振り回されて困った顔をしている
そして
「・・・・1曲だけだぞ」
観念したように、席を立ち、ステージへと向かった
「わぁいっ」
手放しで喜ぶを可愛いと思う
きっと、氷室も今そう思っているんだろう
ステージではにこにこと笑って、事情を察しているシンがピアノをあけた
「珍しいなぁ、零一がピアノ弾いてくれるなんて」
が昔頼んだ時にはくだらない、といって弾かなかったのになぁ、と
その言葉に氷室は苦笑した
他の誰が言っても弾かない
だから、負けてしまうのだ
自分は所詮、の言葉には叶わない

流れるメロディにシンもも微笑した
これは氷室からへ捧ぐメロディか
それとも氷室の心の現れか
「らしくないなぁ、零一」
いつのまにか、テーブルへシンがきてつぶやいた
「どーして?」
優し気な曲
どこか明るい雰囲気で、氷室はちゃんとのリクエストに答えている
「いや、この曲知ってる?」
「ううん、知らない」
だろうね、と
シンはまた笑った
「これは春の歌という曲なの」
側で、も笑った
今は秋
季節外れのこの曲を、なぜ氷室が弾いているのか
わざわざ、この曲にしたのはどうしてか
二人には、わかってしまった
これはをイメージする曲なのだ
メンデルスゾーンの「春の歌」
には、二人の微笑の意味はわからなかったが それでも
氷室の指がはじくこの曲を好きだと思った
そしてその、氷室の優し気な横顔も

それから1時間程して、氷室と、そしては一緒に店を出た
「悪いが送っていけない」
「ええ、わかってるわ」
少し離れたところで、家に携帯で電話を入れているを見ながら氷室が言った
「その席は、彼女の特等席なのね」
の言葉に氷室は苦笑する
確かに、意識しているのか、最近車にはしか乗せていない
他の生徒と帰ることもしなくなった
ここは、この助手席は、の場所だと空けている自分がいる
こんなにも、自分はが全てになってしまっている
「零一、あなた変わったわ
 私じゃダメだった理由が、今ならわかる」
は言って、それからを見た
「いい子ね、彼女」
そうだな、と氷室は微笑した
電話を終えて戻ってきたに車に乗るように促して、を見た
「おやすみ、零一」
「ああ」
自分も運転席に乗り込んで、車を出した
の姿が遠ざかる

車の中で、は複雑な想いで氷室を見ていた
零一、と呼ばれて と返す二人
つきあっていたのだから、氷室は彼女のことが好きだったのだ
どうして別れてしまったのだろう
再会して、想いは復活しないのだろうか
「先生、さんとどんな恋人同志だったの?
 デートとかした?」
「・・・・・」
氷室は、前をむいて表情をキープし、何も答えなかった
「ねっ、どーして別れちゃったの?」
興味シンシンのに負けないように、一つだけせき払いした
「仕事が忙しかったからだ」
「忙しいって?」
「君の担任を持って忙しくなったからだ」
「ええ?! 私のせい?!」
それはひどいよぉ、と
笑っては前を向いた
複雑だったけれど、今 氷室は自分の隣にいる
もぉ終わったことだよ、と
言ったシンの言葉を信じることにしよう
自分と出会う前の氷室のことなんか、気にしていたらきりがないから

車は走る
「先生、あの曲また弾いてね」
「・・・ああ」
二人を乗せて
同じ想いに切なくも、温かい二人を乗せて


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