風とともに (氷×主)


文化祭の準備が始まった
3年生は劇をやる
いわば文化祭の目玉で、高校生活の大きな想い出になる重要な行事
のクラスはかなりの団結っぷりを見せ、張り切っている
もちろんも、そのうちの一人である

「では、多数決で演目は風とともに去りぬに決定しました」
委員が黒板に演目を書き、続いて配役を書き出した
どちらもクラスで目立っている、も仲のいい友達で
には当然のように 舞台衣装製作が回ってきた
「全部頼んでも大丈夫 ?」
「うん、平気
 クラブはもぉ引退したから」
それに、舞台に出る人数が少ない芝居だから、と
は言って、その仕事を引き受けた
最後の文化祭
気合いを入れて、いい想い出にしたいと思った

その日のうちに、監督とキャストの子と遅くまで残って衣装のデザインを決めた
「買い出しに行くならつきあおう」
氷室の言葉に、氷室の車に乗り少し遠くの店まで行く
「先生、今年は手伝ってくれるんだ」
助手席で、は御機嫌だった
いつもなら、吹奏楽部にかかりきりの氷室が、今年はクラスの方にいてくれている
今も、嫌な顔ひとつせずに車を出してくれた
「・・・一応、今迄のことは反省している」
コホン、と
ひとつせきばらいをして、氷室は言った
毎年毎年、クラブにかかりきりでクラスを手伝ってやれなかった
やはり、はそれを不満に思っていたようで、
その言葉に氷室は少しだけ、バツの悪い顔をした
「今年はできるかぎり、協力する」
「嬉しいな、先生が一緒だと」
まったく他意のない顔で、は笑い
それで氷室は少しだけ微笑した
高校生活最後の文化祭
の胸にも、いい想い出が残るといい
それに、自分が少しでも貢献できたら、とそう思うのだ
ここにいるのは、自分のエゴにすぎないが
それでもが喜んでくれるなら、氷室はそれだけで心が晴れる

その日から、毎日毎日、キャストは教室の後ろで練習を
その他の生徒は廊下や教室の空いた場所で大道具製作をやった
氷室は時間の許すかぎりクラスでキャストの練習相手になってくれたし、
買い出しなんかには、必ず車を出してくれた
、衣装は進んでいるのか?
 学校で作業がしにくいのなら帰ってやってもかまわない」
いつも、残って大道具の仕事を手伝っているに、ある日氷室が声をかけた
の仕事は衣装製作
なのに、それを学校ではやらずに 人手の足りない大道具に回っている
では衣装はいつ作るのか
帰ってからやっているのでは、負担になるのではないか
一人で全部やっているのだし
「大丈夫」
だがはにっこりと笑っただけで、作業に戻り
氷室もそれ以上は言わずに、キャストとの練習を続けた
今年はじめてクラスの中で準備を進めて感じること
どの生徒にも負けない頑張りをが見せているということ
今までも、はた目で見てそう感じていたのだが
ここにいたら、その倍も が動いているのがわかる
誰よりも熱心に何でもするし、文句の一つもいわない
楽しそうな顔で作業をする様子は、本当にイキイキとして綺麗だった
みとれてしまうほどに

文化祭まで一週間
が仕上がった衣装をもってきた
「すごーーーいっ
 本物のドレスみたい〜」
「いい出来でしょ! 」
自慢気に、がキャストの子にそれを着せた
高校生が作ったとは思えない程に、しっかりした衣装
素晴らしい、と
その一言しか出てこなかった
毎日遅くまで学校に残って大道具を作っているというのに
いったいいつの間にこんなに立派なものを仕上げてきたのか

それから2日たって、突然クラスに衝撃が走った
主役の子が、足を怪我して入院してしまったのだ
「ええ?! どーするのよーーーっっ」
「今から代役たてるの?!」
順調だったものが、急にバタバタしだした
話し合いの結果、投票で代役が決められることとなり、
開票後、ほとんどの生徒の一致で 代役がになってしまった

「えぇーーーっ、無理だよーーっっ」
「大丈夫、死ぬ気でやれば」
「そんなぁっ」

ギャーギャーとわめくに台本が押し付けられ、
相手役の子が真剣な顔で言った
さんならできる、頼むよ」
それで、もうには何も言えなかった
思いがけず、最後の文化祭で主役
しかも本番まであと1週間もない

「君が代役になったのか・・・
 ・・・それは・・・・大変だな・・・」
その日、氷室と買い出しにでかけた帰り は台本を片手に溜め息をついた
「できるかなぁ・・・
 私、こんなのしたことないよぉ」
「まずは台詞を覚えることだ
 映画も出ているから それを見たら少しは世界観が分かるだろう」
そういえば、と
氷室は急に車の進路をの家から変えた
「・・・どこ行くの?」
「私の記憶が正しければ、今あそこで丁度その映画をやっているはずだ」
昔よく行った古い作品を上映している映画館
このあいだ友人が言っていた
今月は、あの名作「風とともに去りぬ」だよ、と

上映中、は何度もためいきをついた
情熱的なヒロイン
これを自分がやるのか
こんなにも波瀾に生きた女を、どうやって演じたらいいんだろう
悩むと同時に、とてつもなく苦しくなった
誰かを好きだという気持ちは自分も知っている
それを重ねてしまうから
このヒロインのように、自分がもし氷室に別れを告げられたらどんな気持ちになるのだろう
悲しすぎて、涙も出ないかもしれない
隣で見ている氷室を見た
まっすぐに前を向いて、何を思っているのかわからなくて
多分この人には、自分なんか見えていない
彼の人生に、自分はただ通り過ぎていくだけの生徒にすぎない
思うと、切なくて
どうしようもない自分が悲しかった
どうしたら、氷室に見てもらえるんだろう
こちらに、気付いてもらえるんだろう

「・・・・・っ」
「どうした?」
無意識に、氷室のスーツの裾をにぎっていた
それに気付いて、氷室が小声で囁く
ふるふる、と
うつむいたまま は首を横に振って
それでも手は放さなかった
「・・・?」
しばらく、怪訝そうに どこか心配そうにを見ていた氷室も やがては画面に目を戻した
映画は進む
あの別れの名場面へ

「少しは参考になったか?」
「うん・・・・」
帰り道、は台本をぱらぱらとめくってうなずいた
彼女のような人生は想像もつかなくて、自分とは遠いと感じた
ただ一つ、同じだと感じたのは情熱
誰かを想う気持ち
「頑張ります」
「期待している」
優しい声に、見上げると 氷室がわずかに微笑した気がした
頑張ろう
氷室がこちらを見てくれるように

さて、本番
プログラムでは、たちのクラスは午後1 番目の出番で
吹奏楽部は午前最後の出番だった
クラブを終え、教室に戻ると さすがに緊張したキャスト達が衣装を着替えて、それぞれに練習をしている
大道具の生徒達は、すでに運び込みをはじめておりこの場にいなくて、
この教室の中にがいないのに、氷室は首をかしげた
は、まさか大道具の運び込みに行ってるんじゃないだろうな」
まさかとは思うが出番前に、手伝いをしているのか
は屋上で練習するって言ってました」
「ああ、そうか・・・」
誰かの言葉に よかった、と
とりあえず胸をなでおろし、氷室は屋上へと向かった
ここのところ吹奏楽部が最後の追い込みで忙しくて、の出来を見ていない
どんな風に演じるのだろう
あの脆くも情熱的なヒロインを

屋上のドアをあけると、気持ちいい風が吹いていた

「あっ、先生・・・・・」
が一人で立っている
ドレスを着たその姿は、いつもとどこか違う大人っぽさを感じさせた
「いよいよだな」
「緊張するよーーーーっ」
情けない声で、は言い氷室の顔を見上げた
「相手役をしようか?」
「え?! いいの?」
ここで一人で練習していたのだろう
相手役がいれば少しはやりやすいだろうに、わざわざ一人で
それだけ緊張しているのか、
はいつもの大胆さからは想像のつかない程に 頬を紅潮させてソワソワしている
どうやら本当に、舞台に立つなど初めての経験のようで それがこんなにもを緊張させているのだろう
今回はずっとクラスについていたから、氷室はもちろん全員の台詞を覚えている
誰の練習相手にもなれるように、と
やっているうちに自然に覚えたのだ
の相手役はしたことがなかったが、怪我をした生徒とははじめの頃何度も練習をした
その頭に入っている台詞を、口に出した

「お願い、行かないで」
の台詞を聞きながら、うまいものだと感心する
台詞はもちろんしっかり覚えていて間違うこともないし
その演技には、才能を感じる程だ
これなら舞台でも、きっと成功をおさめるに違いない
「やっと気が付いた・・・
 私はあなたを愛しているの!
 だから・・・・・」
こちらをみつめるの目が揺れた
ドキ、とする
「いや、私は君の人生から去ることにする」
台詞をいいながら、氷室はから目が放せなくなった
文化祭の演劇の、練習相手をしながらの演技のチェックをしていたはずだったのに
感情移入などしていなかったはずなのに
「待って・・・あなた・・・・・!!」
今にも涙がこぼれそうなから、目が放せない
から、意識が離れない
「さらばだ・・・」
言って、一歩身を引いた
この後は、の台詞で終わる
頭で、そう考えながら 心が捕われていくのを感じた
「いいえ・・・いいえ」
心無しか、の声が震えているように感じる
「私はめないわ
 たとえ今日 別れても、明日は明日の風が吹くのよ・・・・」
押し殺したような、
悲痛の叫びともとれる声だった
だが強さも感じる
台詞を終え、は一度顔を伏せた
僅かに肩が震えていた

・・・・」
氷室は、自分で自分がわからなかった
どうしたらいいのかも、どうすべきかも
そういうことの一切を考えるのをやめて、ただ 目の前で震えているを抱きしめた
ぎゅ・・・と、
が氷室の背に腕を回す
先生、と
僅かに聞こえた声はやはり震えていて、
それで氷室はただ、もうその腕に力込めた
この腕の中の少女を、放したくない

どれくらい、そうしていたか
辺りに昼休み終了のチャイムが響いた
10分後に、達の舞台が始まる
「・・・行かなきゃ」
自分から離れて、が言った
その顔は、やはりいつもと違ってどこか大人びて見えた
まだ目が涙に濡れているのを、氷室がその指で拭う
「えへ・・・・・」
感情移入しすぎちゃった、と
は照れたように笑った
「私は君の人生から去ることにする」と
台本の通りの台詞を氷室が言った時に、ドキ、とした
まるで今、氷室が自分にそう言ったみたいで
そうしたら、泣けてきたのだ
そう、氷室はいずれ自分のところからいなくなってしまう
いつかは、氷室の元から卒業しなくてはならないのだ
いつまでも、ここにはいられない
いつまでも、氷室の生徒ではいられない

「でも、迫真の演技だったでしょ」
にっこり、は笑った
衣装のせいか、
この雰囲気せいか
それは脆くも激しい あのヒロインを思わせた
「ああ」
舞台を楽しみにしている、と
氷室は微笑した
それが、今できる最大のことだった
それ以上は、あまりに苦しくてできそうもない
氷室もまた、自分の台詞に深く滅入った気分になったから

その日、舞台は大成功
達は晴れやかな顔で、戻ってきた
「明日は明日の風が吹くって格好いいよねっ」
奈津実が言った
「そだね、
 私だって諦めないもん」
「何を?」
「先生のこと」
にこり、
いつもの顔でが笑った
たとえ今日別れても、明日は明日の風が吹く
たとえ、卒業しても
たとえ、彼の元から去らなくてはならない日がきても

誰かを想う情熱は負けない
舞台で演じたヒロインにも
明日は明日の風が吹く


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