夏の小旅行 (氷×主)


氷室は今、クラスの有志を率いて 高原へ来ていた
2泊3日の小旅行
お祭り好きのまどか、奈津実、そしてのいるこのクラスは、氷室の予想通り 今や学年一賑やかなクラスとなっている
当然のごとく、彼らは常に 何か遊びを考えていて
この夏休み、有志での小旅行を企画した
「先生が引率してくれたら親も行っていいって言うんです」
そう奈津実に言われて、今に至る
急きょ、参加者全員に親の参加承諾書をもらってこさせ、学校にそれを提出し許可を取って出発した
今日はその、最初の日

「そのプリントが終わったら自由時間だ」
出発したのが朝の9時
この静かな高原についたのが、昼過ぎ
それから自由時間として散々遊びまわり、夕方には自炊で食事
そして、夜の2時間を勉強会として 今 生徒達は夏休みの宿題プリントの問題を問いている
「これがなかったら最高やねんけどなー」
問題に頭を抱えながら、まどかがうなる
その隣で、奈津実がしょうがないでしょ、と言い放ち、さらにその隣でが笑った
「受験生なんだから勉強しなくちゃねー」
「せやねんけどなー
 オレ別に受験せーへんしさー」
「いいじゃん、宿題終わらせられるんだしさ〜」
遊びの小旅行
高校生活最後の夏休みだから、何か想い出が欲しい、と
まどか達は主張して、
旅行の間中、毎日決まった時間だけ勉強をするなら、と
そういう条件付きで氷室は引率することを許可したのだ
今回の旅行では、午前と夜に2時間ずつの勉強の時間が設けられている
ほとんどの者が宿題をもってきてやっているだけなのだが
それでも、勉強は苦手といった面子がこうしておとなしく並んで宿題をする姿は微笑ましい、と
氷室はまんざらでもない様子で皆を見渡した
参加者は10名
どれもこれもクラスでは目立っている者達ばかりで、もちろん中にもいた
「先生、これわかりません」
「・・・・教科書を持ってきている者はいないのか?
 このあいだやった公式を使って解ける問題だが」
何人かが、鞄から教科書を取り出して、ぱらぱらとめくった
、ここは?」
「それはねー、この基本問題と一緒なんだな」
「え?! じゃあオレの間違ってる?」
「間違っているな、やり直し」
いつのまにか、と氷室が先生役で、まるで授業みたいになっていき
2時間はあっという間に過ぎていった
「お疲れさんっ、オレ風呂はいってこよっと」
2時間きっかりで勉強を切り上げ、まどかをはじめ男子達は風呂へと行き
女子も早々に、教科書類を片付けて席をたった
、あとでね」
「うん」
パチン、と
奈津実がにウインクする
今回の旅行を企画した時に、奈津実が言ったのだ
「ヒムロッチが来たらあんた嬉しいでしょ?」
そして、本当に氷室が参加するようしむけてくれた
いわばこの場は、奈津実にセッティングされた「氷室と旅行気分を味わう場」なのだ
「先生、疲れた?」
誰もいなくなった部屋で、は氷室の顔を覗き込んだ
「いや、修学旅行に比べたら楽なものだ
 全員に目が届くし、君達ももう子供ではないだろう」
が、使った机をふきんで拭くのを見ながら 氷室はその短い髪から覗いた首筋を見つめた
長く伸ばしていた髪が、今は短くなっている
どこか違和感があって、
長い髪が好きだった氷室は、少しだけ残念に思ったのだ
が髪を切ったのを見た時に
「切ったんだな・・・・・」
「え?」
「髪を・・・・・・」
ふ、と
の視線とマトモに視線がぶつかった
「うん、切ったの
 夏だし、私 短いのも似合うでしょ?」
にこっと、
一瞬の躊躇の後、が笑った
「先生、長いのが好きだった?」
「・・・いや」
コホン、と
心を読まれたのか、と 氷室は急に恥ずかしくなってせき払いした
長い髪が好きだというのは、ただの自分の好みにすぎない
がどんな髪型をしようと、の勝手だし
生徒の髪型を、いちいち気にするのはどこかやましい気がして恥ずかしかった
活発なには、たしかに短いのも似合っている
今もまた、
サラリと髪が流れて、白い首筋がのぞいた
視線を反らして、氷室は苦笑する
どうして切ったのか、と
それは言葉にはしなかった

次の日も、朝から女子が食事を担当して、朝に2時間勉強をした後は めいっぱい遊んだ
夕飯は外で食べよう、と
テーブルや何やと運びだし、女子お手製の料理が並ぶ
は料理上手やな〜」
「まどかだって上手いよね」
「いやぁ、にはかなわんなぁ」
たしかに、と
氷室は思いつつ箸を運ぶ
朝も昼も、が作っているのを見た
なんでもないように手早く料理していく様子を見て感心したものだ
見た目と印象からは想像できないほどに、家庭的なんだな、と
そう言ったら怒ったようにふくれていた
「花嫁修行してるんだもん」
それは冗談か、本気か
ここに並んだ料理は、どれも簡単ではあるが こういう場にはもってこいのものばかりである
「食べたら、勉強
 その後 花火やで
 今日が最後の夜やからなぁ」
まどかが大量に持ってきた花火を指差した
「楽しみ〜!!!」
「夏といえば花火でしょ」
盛り上がる生徒達に苦笑しながら、氷室は満たされた気持ちになっていく
生徒達が笑うのが心地いい
が楽しそうなのが、嬉しい
突然同行することになった生徒達のこの旅行も、氷室に取って悪いものではなかった
いい想い出になりそうだ、と
そうひとりごちた
夜は更けていく

食事の後、外に出したテーブルを片付けながら 氷室はが一人で食器洗いをしているのに気付いた
男子は片付けをしているし、女子は風呂の準備に行っている
食器は大量にあるから大変だろう、と
手伝いに台所へ向かった
そして、そこで足を止めた

「オレな、が好きやねん」

思いがけず聞こえてきた言葉
ぴくり、と氷室は反応して、その場に立ちすくんだ

「だからオレとつきあってくれへんか?」
グラリ、と
気分が滅入っていくのを感じた
まどかがを好きなのであろうことは容易に想像がついたし、
見ていてそれはよくわかった
そして、
もそうではないかと周りが思う程に、二人は仲がいい
自分にはけして言うことができない言葉を、今 まどかが口にしている
に、想いを伝えている
それは想像以上に、氷室にショックを与えた
そう、自分も同じ気持ちなのだ
まどかがを想うように、自分もを想っている
いくつも年下の、生徒であるを、想っているのだ
こんなにも

「ごめん、まどか」

不安定な、声が返事をした
氷室は顔を上げて、視線を彷徨わせ それから溜め息をついた
自分は、ずるい人間だと思う
こんなにも動揺したのが、今のの言葉で少し落ち着いた
グラグラとした意識が、現実に戻ってきた
ごめん、と
は今、そう言った
それはまどかの想いに、答えられないという意味だ
苦笑して、氷室はその場を後にした
自分には手の届かない存在であるを好きだということ
それを今ので、完全に自覚してしまった
はっきりと、それはもうごまかせないものとして 氷室の中に根を下ろした
自分の想いに溺れそうな感覚にとらわれる
どうしようもない
ごまかし続けて、否定し続けて、何とかなると思っていたものが結局これだ
こんな風に、思い知らされるなんて
自嘲した笑みが浮かんだ
それでも、どうしようもないのだけれど
への想いは、きっと受け入れられるものではない

「私、好きな人いるんだ」

は、突然のまどかの言葉に どうしようもなくそう告げた
食器洗いの最中、急に言い出したまどかに 一瞬驚いてその顔を凝視した
いつになく真剣で、それが冗談でないと知って、
同時に、どうしようもなく悲しくなってしまった
自分が好きなのは、氷室だから まどかの想いには答えられない

「好きな人って、氷室か?」
「・・・・・・・・うん」

苦々しいまどかの顔に、もまた苦笑した
「内緒にしててね、片思いだから」
「しゃくやから、誰にも言わへん」
切ない想いが胸にしみた
まどかを好きになっていれば、こんな風な気持ちにはならなかっただろうに
そして、
まどかもこんな顔はしなくてすんだ
あの不敵に明るい彼が、
今は苦笑しかできずに、そこにいる
「まいったなぁ
 あんなんがええんや、は」
「うん」
あーあ、と
まどかが盛大に溜め息をついた
それから、いつもみたいに笑ってくれた
「しゃーないな
 でもまぁ、オレは諦めへんからな」
オレの方がエエ男なんをわからしたる、と
まどかの言葉に は少しだけ笑った
心は晴れなかったが、それでも少しだけ救われた
(ごめんね)
そして、それでも
自分はどうしようもなく、氷室が好きなのだ
けしてこんな風に、言ってくれる相手ではなくても

それから、2時間勉強をして、夜は皆で花火をした
「きゃーーーーーー、きれーいっ」
っ、打ち上げやんでーーっ」
「点火〜」
パーン、と
大きな音をさせて、花火が夜空に上がった
「もう一発〜」
「点火〜!!!」
と、まどかはいつもと同じようにはしゃいで一緒に笑っていて
その様子に、氷室は溜め息をついた
こんなにも、もんもんとした気分の自分と比べてあの二人はどうだ
きっと気まずいだろうに、
そんなそぶりも見せずに、ああして笑っている
まどかも、
あんな場面に合わなかったら、氷室は何も気付かなかっただろう
それほどに、今の二人は完璧に
いつも通りを演じている
ただ時々、痛い目でまどかがを見る以外は

その夜、氷室は眠れなかった
明けたら、帰りの電車にのって、この旅行は終わりになる
最後の夜に、告白をしたまどかと、
ごめんと言った
二人の言葉が頭から離れずに、氷室はどうしようもなく部屋を出た
散歩でもしようか
夜の風にあたれば、少しは落ち着くだろうか

外に面した廊下に、がいた
・・・・」
おどろいて声をかけると、がこちらを振り向いた
「先生もお散歩?」
にこっと笑って言ったに、ぎゅっと氷室の心が痛んだ
痛い目をしている
花火の時にまどかが見せたような、深く沈んだ色の目だ
「どうした、眠れないのか?」
「うん」
の、隣に座って氷室はその横顔に視線をやった
空を見上げて、ただ黙っている
「うん、眠れなくて」
そう言って、はまた口を閉じた
静かな空気が、辺りに漂い
それで氷室も空を見上げた
何を見ているのだろう
そんなにも、切ないような顔をして
花火をしていた時とは、まるで別人みたいだ
こんなにも、今は素顔で空を見ている
・・・」
やりきれなくなって、氷室はの顔を見た
「君の進路は、決まったのか?」
え? と
が、突然の問いに氷室を見つめた
進路?
そういえば、まだちゃんと決めていなかった
夏休みが終わったら 最終進路懇談があるんだったっけ
「私は君には一流大学を受けてもらいたいと思っている
 君が何をしたいのか具体的に決まっていないというのならなおさら
 大学でそれを見つければいいと思う
 あそこは、いいところだと思うからこそ・・・」
自分は卑怯だ、と
自嘲しながら、氷室は言った
今、こんな話をするのは それ以外にここにいる術がないからだ
あんな会話を聞いてしまって、
自分はそれでも笑っていたやまどかのように、意識をコントロールすることができないでいる
だから教師としての仮面を被って、全く関係ない進路の話をして
ようやくここに、存在していられる
あの時、痛みをそれぞれに抑えていた二人を見て思ったのだ
高校生の方が、大人だと
こんな自分なんかよりも、数段大人なんだな、と

「うん、ちゃんと考えるよ」

ポツ、と
言っては笑った
氷室の顔を見て、無理にではあるが、それでも笑った
「懇談までにはちゃんと答えを出すから」
それで、氷室は一つ無言でうなずいた
あとはまた、二人無言で ただ座っていた

1時間程たった頃、ことり、とがもたれ掛かってきた
「・・・・?」
いつからか、眠ってしまったようで
は自分の肩に頭をあずけて小さく寝息を立てていた
ふ・・・、と
微笑して、それから起こさないように抱き寄せた
愛おしさが溢れて、どうにかなってしまいそうになる
それ程に、を想っている
そしてそれは、にはきっと受け入れられない想いなのだ
告げてはならない想いなのだ

夏の夜、想いはすれ違ったまま
小旅行は終わる
誰もが皆、切なさに胸を痛めている
それならいっそ、このまま夜が終わらなければいいのに、と
叶わぬ願いをつぶやいた
氷室はもう、偽れない


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