進路 (氷×主)


3年の担任というのは忙しい
4月からいきなり生徒達の進路指導があり、それが5月の連休明けくらいまで続く
それが終わると体育祭
その後、試験
そして、その成績によって、進路の最終調整と決定を行い必要があれば懇談もする
そうしているうちに、文化祭があり試験があり、あっという間に冬がくる
そうなれば、受験が始まり進路がボチボチ決まってくる生徒も出る
そして冬休みが来たかと思えば、もう卒業式だ
本当にあっという間で、
担任は、この1年 息をつく間もないといった感じである

そんな多望な中、氷室には悩みが2つあった
1つは、のこと
1年の時からずっと担任を持っている彼女は、成績も良く常に氷室学級のエースとして存在していた
そんな彼女が、今 進路を決める段階で 一流大学に進むか音楽の道を進むかで迷っている
この成績なら一流大学に合格できるだろう、と思う
同時に、ずっと吹奏楽部で頑張ってきた彼女が音楽の道に進みたいと思っているのも理解できた
は毎日のように 氷室に相談を持ちかけてきては落ち込んだり泣いたりで大変で
氷室は教師として彼女と一緒に悩んでいた
そして、
もう一つはのこと
最近、の様子がおかしい
何がどうということではないのだが、なんとなくそう感じる
毎日毎日、ばかり見ているからか いつものような元気がないように思えるし
どこか疲れているのか悩んでいるのか、
辛そうな顔をすることが多くなった
授業中も、どこかうわの空だったり
かといって、成績が落ちているわけでもなく、この間の数学の小テストでもいい点を取っていたのだが
まどかや奈津実とも いつものように話して遊んでいるし、
何もないのか、とも思うのだが
「どうかしたのか?」
いつか聞いたことがあった
その問いに、驚いたような顔では首を横に振って笑った
「なんでもないです」
その顔は、いつもの明るいなのだが

さっき、が置いていった進路希望の紙を見て、氷室は溜め息をついた
の希望は音楽の道へ進むこと
でも、彼女の両親は一流大学へ行くようにと強く彼女に強要しているのだという
本人も、そのつもりで勉強を頑張ってきていたのだが、
この高校生活で音楽の楽しさを知ってしまったは、どうしても音楽をやりたいのだと今日も目に涙をためていた
溜め息をついて、氷室はそれを置いた
本人の希望と親の希望が一致しないということが、やはり毎年ある
夢を追う高校生に、堅実な道を望む両親
どちらの気持ちもわかるからこそ、氷室は毎日熱心にの話を聞いていたのだ
どちらの道に進むにしても、最終的に決めるのはだから
悔いのないように、よく考えなさいと
氷室には、結局それしか言えないのだけれど

また、溜め息をついた
進路懇談もクラスの半分程が終わった
明日はが懇談する番だ
だが、はまだ希望の用紙を出していない
毎日毎日「忘れた」と
結局 懇談当日に持ってこさせることになったのだが
(まったく・・・)
1年の時から忘れ物は多かったが、
こんな紙一枚、すぐに書いて出しそうなものなのに
同じく出していないまどかを思い 氷室は苦笑する
二人して、悪い方に影響しあっているのではないか
溜め息は、つきない

「それで、持ってきたのか?」
「はい」
次の日の放課後、と氷室は誰もいない教室で向かい合っていた
ピラ、と
鞄の中から紙を出して は机の上に置いた
「白紙じやないか」
「うん・・・・・・・・」
何も書かれていないその用紙に、氷室は面喰らってを見た
てっきり、一流大学を目指すものだと思っていた
いつか、そう言っていたから
あの冗談みたいな話を、氷室は信じて疑っていなかったのだが
「・・・・どうした、何か悩んでいるのか?」
も、のように他にやりたいことがあるのだろうか
今の成績だったら、このまま頑張れば一流大学に合格できるのに
「私ね、バイトはじめたんだ」
突然、が言った
「バイト?
 こんな時期からか?!」
「うん」
雑貨屋さんなの、と
の言葉に、氷室はまじまじとその顔を見つめた
いつものハツラツとした表情ではない、どこか何か含みのある顔をしている
らしくない、と
思って、黙って見つめた
それで、居心地悪そうに はうつむいた
「春休みにバイト募集がきてて、楽しそうだったから行ってみたらすごく楽しくて
 だから、私 雑貨屋さんになろうかなぁって・・・」
小さな声だったが、氷室にはちゃんと聞こえていた
「それは、たしかに君はあの時 雑貨屋になりたいと言っていたが・・・
 私は君は、てっきり一流大学を目指すものだと思っていた」
言って、氷室はひどく落ち込んだ気分になった
が一流大学を目指して、合格したら、あの自分の過ごしたキャンパスでが過ごすことになる
それを想像して、楽しみにしていた
勝手に、そんな風に考えていた
だから余計に、がっかりした
「私は、反対だ
 君が本当に大学進学をやめて就職するというのなら仕方がないが・・・
 もう少し、考えてみなさい
 一生を決めるわけではないが、大きな分かれ道だ
 もっと慎重に考えても悪くないと思うが」
自然と、厳しい口調になったのは どこか裏切られた気持ちでいるから
急に、を遠くに感じた
まるで、1年の最初の頃のように
と自分の間に壁を感じた
「だって私、勉強あんまり好きじゃないし・・・」
・・・」
が顔を上げた
あの、取り繕ったような笑顔を浮かべている
さんみたいに頭良くないしっ」
へへ、と
今にも泣き出しそうに思えたのは気のせいだろうか
ガタン、と
急に席を立ち、は鞄をつかんだ
「先生、ごめんねっ
 今日もバイトなんだ、もぉ行くねっ」
つとめて明るく、
は笑うと、氷室が何かを言う前に勝手に教室を出ていってしまった
ポカン、と
残されて、氷室は溜め息をつく
相変わらず、勝手な生徒だ
そして、どれだけこちらを振り回したら気がすむのか
雑貨屋に就職?
進路懇談を途中で勝手に切り上げて、バイトに行ってしまった
進路希望の紙は、白紙のままで
(君がわからない)
本気で、わからない
だからこそ、こんなにも戸惑っている自分がいる
が本当に雑貨屋になりたいと思っているのなら、仕方がない
自分のエゴで、無理に進学させるなどできはしない
でも、
(あの時、君も本気だと思っていた)
あの進路の話をしていた時に、
笑って まるで冗談みたいに話していただけだったけれど
それでも、
(私だけか・・・・)
そうなればいい、と
温かい気持ちで思ったのは自分だけだったのか
苦い想いに、氷室は苦笑した

バイト先への道を歩きながら、は何度も溜め息をついた
春休みの間も、桜弥と毎日のように勉強をした
もし3年になって氷室のクラスになれたら 今度こそ氷室学級のエースになりたい、と
ほんとうに毎日毎日勉強したのだ
そして、疲れてしまった
どれだけやっても、結局にはかなわない気がして
どんなに頑張っても、思うように結果が出なくて
そんな時に、雑貨屋のバイト募集のメールが来て、興味で行ってみた
そしたら、思っていたより楽しくて、楽しくて
オーナーとも気が合った
面接に行ったその日から働き始めて、仕入れに連れていってもらったり
作ったものを店に置いてもらったりした
勉強ばっかりで息がつまってたのが、スッキリしたような とてもいい気分になったのだ
今は、バイトが楽しくて仕方がない
そして、
その一方で、焦燥感にやはり毎日勉強する
ただ、負けたくなくて
どうしても、に負けたくなくて、一番になりたくて
それで、どうしようもなくなってしまった
バイトしながらも、帰ってする勉強のことで焦ってしまったり
かと思えば、授業中にバイトのことを考えて身が入らなくなってしまったり
は今、自分でもどうしようもないところにいる
という存在が、余計にそうさせているんだとわかっていて
それでも、にはどうしようもない
大好きな氷室が、毎日のようにと進路の話をしているのを見ても
用事がある時にも、二人でいるのを見かけて声がかけられなかったりしても
それは氷室のせいではないし、
には、どうすることもできない
は氷室学級のエースだから、進路に関して氷室も真剣なのだろう
そして、
そんな彼女に比べたら、自分なんてどうでもいい気がしてくるのだ
氷室にとって、一番は
自分はどうあがいても 今まで1番にはなれなかった

どうしたいのかわからないまま、
どうしようもないまま、
はやれることを必死にやるしかできなかった
勉強も、楽しくて仕方がないバイトも
進路なんて、本当はどうでもいい
今はただ、氷室に認められたいだけ
彼のクラスの、名誉ある1番になりたいだけ

溜め息をついた
行く先は、誰にもわからない


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理