恋のお守り (氷×主)


社会見学の帰り道、
一番最後に出てきたに、氷室が言った
「空模様が妖しくなってきた、家まで送ろう」
それは、今にも雨が降り出しそうな冬の日のこと

「なんか得した気分だなっ」
「他の生徒には口外しないように
 雨が降りそうだったから、だ」
「はーいっ」
氷室の車の助手席に乗って、は上機嫌だった
今日の社会見学も相変わらず、お勉強色が強くてつまらなかったけれど
こんなおまけがついてくるなら、参加したかいがあるというもの
中に忘れ物をして、取りに戻ったおかげでクラスの皆はもう帰った後で、
入り口のことろで 呆れた顔をして待っていた氷室が思い掛けない一言をくれた
(ラッキーだなぁ)
雨が降りそうだから、送っていく
どんな理由でも嬉しい
二人きりでいられるなら
氷室の、隣にいられるなら

スムーズに走る車に、は気持ちよくふわふわした気分でいた
氷室の運転は上手い
乗っていると気持ちがよくて、つい眠ってしまいそうになる
このままずっと家につかなければいいのになぁ、なんて
思っていた
その時、

ガガガガガ・・・・・・・・・・・・・・・ッッ

「ふえっ?!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

突然、妙な音がして車が止まった
「何?! どーしたの?!」
「・・・・私としたことが、エンジントラブルだ」
「へ?」

パタン、と
氷室が車を下りて、外で何やらしていた
それから携帯を取り出してどこかへかけると、の席のドアを開けた
「下りなさい
 雨も降りそうだし、避難する」
「え?! どこに?!」
「私の知り合いの店だ」

それで、車を修理の人に預けて、二人して近くのバーにやってきた
洒落たジャズバーで、店内には落ち着いた曲が流れている
「よっ、零一 いらっしゃい」
この人が氷室の知り合いだろうか
落ち着いた甘い顔の男性が、カウンターの向こうで笑った
「珍しいなぁ、零一が彼女つれてくるなんて〜
 雨でも降るんじゃないか〜」
「彼女ではない、生徒だ」
「あっ、ほら、降ってきた」
「・・・・・・・・聞いているのかっ」
「あはは、聞いてるよ」
氷室が溜め息をついてカウンターの席に座り、にも座るようしぐさで示した
「・・・すごーい、私こんなとこに来るのはじめて〜」
「来たことがあっても困るだろう
 ここは酒を飲むところなんだから」
キョロキョロと店内を見回すに苦笑して、氷室はその男にレモネード、と
注文した
「はいよ、生徒さん、名前はなんてーの?」
「あっ、私  ですっ」
「へぇ、可愛い名前だね〜
 オレは 、よろしくね」
「はいっ」
氷室の友達が、こういうタイプだというのが新鮮だった
このあいだ連れていってもらった音楽会のシンもそうだったが、
どうも氷室のイメージとはてんで逆の友人ばかりだ
「で、今日は二人で何してたの?」
「社会見学だ」
「へぇ、そりゃまた
 その帰りに二人でデート?」
「違うっ
 いいかげんなことを言うな」
「あはは、むきになんなくていいよ、なぁ? ちゃん」
二人の前に、コトリと透明な液体の入ったグラスが置かれた
「いただきます」
こくり、
甘い味が咽を潤して、とても気持ちがよくなる 
「私レモネードってはじめて飲んだ〜」
「そぉ?
 今度はカクテル作ってあげるね」
「はいっ」
にこにこと、笑って話しかけてくれるは接しやすくて会話が弾む
この人と、ここで眉を寄せて黙っている氷室が本当に友達なのだろうかと疑ってしまうくらいに
「先生とさんってずっと前から友達なんですか?」
「そーだよ〜零一の恥ずかしい話なら一杯してあげられるよ〜」
「・・・やめろ」
「弱味握り合ってるからねぇ」
・・・・・」
ギロリ、と
冷たい一瞥をくれた氷室に、がカラカラと笑った
「こわいこわい
 今度零一のいない時にたっぷり話してあげるよ」
「はぁいっ」
「・・・・・・・、乗るんじゃない」
「えへへ
 だって先生のこともっと知りたいんだもん」
「・・・・・・知らなくてよろしい」
氷室は、火照った身体を冷やそうと 一気にレモネードを咽に流しこんだ
まったく、
思った通り、は気が合いそうで
どちらか一人でもそれぞれ充分に手をやかされているのに、
それが二人になると最強だな、と
氷室は苦笑した
この二人相手に、かなう気が全くしない

それからしばらくして、氷室の携帯が鳴った
先程呼んだ車の修理の人からか
携帯を持って氷室は店を出て、だけが残された
「ね、ちゃん」
「はい」
「零一のこと、好き?」
「えぇ?!」
キョトン、と
は驚いてを見た
悪戯な目がこちらを見ている
「君みてたらすぐわかるよ
 よくもまぁ、あんな冷血漢好きになったねぇ」
「先生は冷血漢じゃないもんっ」
「うん、俺もそう思うよ」
また、キョトンとして を見つめた
相変わらず楽し気な顔で、彼はにこにこと笑っている
「嬉しいなぁと思って
 ちゃんみたいな子が零一のこと好きになってくれて」
「どーゆう意味?」
「俺は応援するって意味だよ」
パチン、と
彼がウインクした
ぱあ、との心が晴れる
そう言ってもらえたらすごく嬉しい
この恋を、応援してくれる人がいるということ
認めてくれる人がいるということ
それが嬉しい
間違いじゃないと、
諦めなくていいんだと、言ってくれているようで
「頑張りますっ」
「うん、君たちがカップルになるのを楽しみにしてるよ」
そう言って、はカウンターの上にコトン、と小さな瓶を置いた
「これね、もらいものなんだけど ちゃんにあげるよ」
「これなぁに?」
「香水、
 髪に1回ふるだけで、零一もメロメロ
 それだけでもぉ抱きしめたくなっちゃう」
にこり、
は笑って、シュ・・・と一回 の首元の髪にその瓶をスプレーした
途端にふわっ、と
いい匂いが広がる
「わっ、すごい」
「つけすぎないようにね」
はい、と
その瓶は、に手渡された
透明な液体が半分くらい入った、可愛い瓶
「もらってもいいんですか?」
「いいよ
 知りあいが店にテスターで置いてたのをくれたんだ
 零一は絶対こういう香り、好きだから」
恋のお守りに、と
は、の耳もとでささやいて それから楽しそうに笑った
「君だから応援するんだよ、頑張りな」
「はいっ」

それから、電話を終えて戻ってきた氷室と一緒に店を出た
「またおいで、ちゃん」
「はいっ」
車はすっかり整備され、嫌な音ひとつせずに走り出した
さん、またね〜」
窓からひらひらと手を振りながらは大きく息を吸い込んだ
ここに来れて良かった
彼に会えて良かった
そして、
「先生のお友達って素敵な人ばっかり」
「・・・・・・・そうか、
 君たちはよく気があいそうだな」
また氷室のことを少し知ることができた気がする
いい友達がいるということは、それだけ
その人に、人を魅き付ける何かがあるということ
それはとても嬉しいことだと思う

車を走らせながら、氷室は上機嫌で隣に座っているを盗み見た
先程からわずかに、が動くたびに漂うこの香りは何だろう
が何かしたのか
いい香りがするのだ
から
落ち着いたその香りが心地よくて、氷室は一人微笑した
思い掛けないトラブルで、の店に寄るなんて予想外のことになったが
どうやらを気に入ったようだったし、逆もまたしかりだった
いつのまにかが「さん」と名前で呼んでいたのにチクリ、と
嫉妬のような感情が生まれはしたが、とりあえず
とりあえずは機嫌良く楽し気に話しているし
今日のこれはこれで、楽しい時間が過ごせたと思う
といると、何が起こっても結果オーライ
そんな気がするのは、やはり自分が彼女を特別に思っているからなのか

落ち着いた柔らかい香りの中、氷室はの声を聞きながら時々チラ、とその笑顔を見た
たしかにここにがいる
今はそれが、何より嬉しい


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