嘘つき (氷×主)


「氷室先生、私、先生のことがずっと好きでした」

朝一番に、吹奏楽部で氷室学級のエースであるから聞かされたのは思いもかけない告白の言葉だった
彼女は同時にバレンタインのチョコレートを持ってきており、
それを差し出して、頬を染めて言ったのだ

「私、ずっと先生のことが好きでした」

まさか、がそんなことを考えているとは知らずに、
ただの一生徒として接してきた氷室は、困って相手を見つめた
毎年、こういうことを言ってくる生徒は何人かいる
たいていは、年上の教師に対する憧れのようなもので それは本気の恋ではない
氷室はそう思って、きっぱりと断るのだが それに心が痛まないわけではない
今も、そう思っている
は、今にも泣き出しそうな決意の色をその目に浮かべてこちらを見ている
1年も2年も担任をしてきて、おまけに吹奏楽部でも一緒にいるが、しっかりとした子だというのは知っている
頭も良くて、こちらの言うことをよく理解してくれる
いい生徒だった
だからこそ、傷つけたくないと思った
同時に、いつもいつも自分を支配しているのことも想った
そう、
ここにいるも、自分の生徒であってそれ以上ではありえない
それ以上であってはいけない
「君の気持ちは嬉しいが、
 君は私の生徒で、私は教師だ
 君の想いには答えてやれない、すまない」
みるみるまに、の目に涙がたまって、それが頬を滑りおちていくのを氷室は黙ってみていた
仕方がない
こういう風に言うしか、自分には道がない
それを今さらながらに自覚して、氷室は溜め息をついた
そう、
も例外ではない

その日は一日、男子も女子もふわふわした浮ついた気分で過ごしていた
休み時間も放課後も、いろんな所でチョコを渡したり、女の子同志できゃあきゃあ言ったりしているのを聞いたり見たりした
それで余計に氷室の気分は滅入る
何度か、チョコを渡しに来た生徒に、毎年恒例の台詞を言い、
しょんぼりと帰っていく後ろ姿を見た
去年、も渡しに来たっけ
あの時は、断ったチョコレートを投げ捨てて帰っていったのだ
懐かしい、と
氷室は苦笑した
あの頃はまだ、こんなにもの存在が大きくなるとは思っていなかった
そして、まだ止められると思っていた
だが今はどうだ
こんなにも、
こんなにも、生徒と教師であるということに滅入っている
今朝、に告げた言葉に、自分が落ち込んでしまっている
に言った台詞は、そのままを想っている自分に返ってくるのだ
相手は生徒なのだから、これは恋とは呼べない
そう呼んではいけない

放課後、帰り支度を整えて、氷室は職員室を出た
駐車場の、氷室の車の前に誰かいる
はた、と足を止めた
だった

「先生、これ」
は、こちらに気付いて歩いてきた
手にしたラッピングされた袋を差し出している
「これ、バレンタイン」
寒さのせいか、頬が赤い
こんな寒いことろで待っていたのだろうか
いつから?
ただこれを渡すためだけに?
「・・・・・、去年も言ったはずだが・・・・」
ひと呼吸置いて、氷室は口を開いた
「私は生徒からの贈答品は受け取れない
 バレンタインのチョコレートは職員室の箱の中へ入れる決まりだ」
心が痛んだ
また、が怒って帰っていくだろうか、と思った
だが、は力なく差し出していた手を下ろして、それから少し笑った
・・・・・」
「えへへ、やっぱりなぁ・・・
 先生 受け取ってくれないだろうなぁって思ってたんだ」
にこり、
その笑顔は特有の、あの周りの者まで明るくさせてしまうようなものではなく、
切ない、
普段のからは想像もつかないような切ないものだった
ぎし・・・と、
先程の比では無い程に胸が痛んだ
今朝の、の告白に答えた時よりも苦しい
泣いたを見るより、
ここでこうして無理して笑ったの方が痛ましい
思わず、を抱きしめた
氷室は何も、考えられなかった

「せ・・・・・先生・・・・・・・・・・・・」
ドクン、と
強く抱きしめられて、は驚いて身を固くした
氷室の腕は痛い程に自分を強く抱いていて、
突然のことに、は何もできなかったし、何も考えられなかった
ただ、わずかに聞こえる氷室の鼓動を耳にして
それで、目を閉じた
バレンタインのチョコを断られたのに胸が痛んだ、その痛みに耐えながら

どれくらいそうしていたのか、にはわからなかったが、
氷室はしばらくして、を放した
「すまない・・・・・忘れてくれ」
こころなしか、彼の声が震えている気がしたのは気のせいか
うつむいた氷室の顔は、よく見えなかった
「はい・・・・・・・・・忘れます・・・」
どうしていいのか、よくわからなかった
ただ、氷室にはバレンタインのチョコレートは受け取ってもらえないし、
この気持ちもきっと、受け入れてはもらえない
「ごめんなさい、帰ります・・・・・・っ」
大事に持ってきた包みを、抱きしめてはもう一度笑う努力をした
うまくできたかはわからなかったけれど、
もうここにいられそうになかった
そのまま回れ右をして、駆け出した
涙が、こぼれた

大好きな先生へ
去年は受けとってもらえなかったから 今年は受け取ってもらえたらいいなぁ
手作りチョコと、彼に似合う色で編んだマフラー
そこらで売ってるのよりオシャレでいい感じにできたから、自慢の逸品だったんだけれど
彼の好きそうな、彼によく似合う色で編んだから 受け取って欲しかったんだけれど
(やっぱり駄目かぁ・・・)
思った以上に大きい差
遠い距離
先生と生徒
そんなにいけないことなのだろうか
先生を好きになって、同じ想いを求めるということが
(諦めないもんっ)
ごしごしと涙をふいて、は大きく息を吸った
それでもまだ諦めたくはない
この、切なくとも温かい想いを

「・・・・・・・・忘れろ、か・・・・・」
氷室は、その場で立ち尽くして の駆けていった方向を見ていた
溜め息が、何度もこぼれる
どうしてあんなことをしたのか、自分でもわからなかった
ただ、無性に愛しくて
無性に自分が腹立たしくて、
気がついたら を抱きしめていた
この腕に、あんなにも強く

「君は私の生徒だ、
 だから君の想いに答えてやることができない」

それは嘘だと思い知る
という生徒を前に、言えはしない言葉
こんなにも、彼女を求めているのは自分なのに
生徒だ教師だと、
そんな理由で この想いが消せるはずがない
はあんなにも、愛しくて
あんなにも切ない笑みで、こちらを見つめていたのに

氷室は溜め息をついた
いつまで、嘘つきでいられるのか自分でもわからない


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