告白 (氷×主)


その日、は体育の時間に腕時計をなくした
「おかしいなぁ・・・ちゃんと入れておいたのに」
3学期の授業はバレーボールなため、時計をしたままでは当然授業はできない
つけたままでグラウンドまで来てしまったは、ジャージのポケットに時計を入れておいたのだが
「どっかで落としたかなぁ・・・?」
放課後、クラブの前に探しに行こうと、鞄を机に置いたままグラウンドへ向かった
グラウンド整備のためか今日は運動部の姿も見えず、誰もいないクラウンドの自分がウロウロした辺りを探す
(ないなぁ・・・)
たしか今日はここらで集合して準備体操をした後、こっちのコートで2試合した
その後、片付けて解散
(あ、倉庫かなぁ・・・・・)
そういえば、置いておいたジャージを羽織ってボールの片付けをしに、そのまま倉庫へと入った
中でボール入れを押したり引いたりして入れたからその時にポケットから落ちたのだろうか
(開いてるかな?)
倉庫がしまっていたら鍵をもらいに行かなければならない
その重い扉を、ぐっと横に引いてみた
「開いた・・・」
そのままギギギーーーと、自分が入れる隙間だけ開けて 中を覗く
旧式の倉庫に、もちろん灯りなどなく薄暗い
「やだなぁ・・・・」
上の方にある窓からわずかに光が入っていて、その光では辺りを探した
「うーん・・・」
今日使ったバレーボールの置いてあるあたりに目を凝らす
5分も探した頃に、ギギ、と入り口で音がした
「きゃあっっ」
思わず叫んで振り返ると、あれ、と
聞き覚えのある声がして、相手が笑った
じゃないか、何してる?」
先生・・・」
「オバケかと思った?」
「思わないけどびっくりしました・・・」
にやり、と
が、人の悪い笑みを浮かべた
「暗いのが怖い? こういうのは?」
「え?!」
ギギギギギーーーーーバタン
「えぇーーーーっっ!!! ちょっと先生っっっ」
彼は微笑んだまま、重い扉を閉めた
辺りは先程の比ではない位に暗くなる
「先生、冗談はやめてくださいーーーっ」
「あはは、も女の子だねぇ」
楽しそうに笑う気配がして、は内心びくびくしながらがいるであろう空間を睨み付けた
「もぉ・・・私 探し物してるんですっ」
暗かったら見えないでしょ、と
抗議の声を上げる
さすがに扉を閉めてしまうと、ほとんど見えない
うっすらと影が見えるだけで、かなり、怖い
「探し物? 何か落としたの?
 ドジだなぁ、は」
「時計なくしたんです・・・」
それは大変だ、と
冗談っぽく笑っては今しめた扉に手をかけた
だが扉はビクとも動かない
「あれ?」
「え・・・・?」
ガクン、と
小さく揺れるだけで、その扉はそこから少しも開こうとはしなかった
「えぇっ、なんで?!」
「あれ・・・・おかしいな・・・」
から笑いの色が消えて、本気でドアを開けようとしたけれど、無駄だった
「鍵かかっちゃったとか?」
「それはないよ
 ここの鍵は壊れて使えなくなってたから」
「えーっ
 じゃあ何で開かないの?!」
「・・・・なんでだろう・・・・・」
手探りで、辺りにゴチャゴチャと置いてあるマットやボールをよけながらも扉のところへと来た
思いきり力を入れて扉を引いてみたが開かない
「もしかして・・・・閉じ込められちゃったとか・・・・」
「まいったな・・・」
二人、顔を見合わせた
ゾクっとする
こんなグラウンドのはずれの倉庫に閉じ込められた?
今日は運悪く、運動部もグラウンドを使っていないし、
自分はここに来ることを誰にも言ってきていない
「先生はここに来るって誰かに言ってきました?」
「いや、俺も忘れ物を取りに来ただけだから」
それ、と
もう大分暗いのに慣れて、うっすらと見えてきた視界の先を指さされ、はそこに彼のノートを見付けた
今日の試合の結果や何かをつけているノートだろう
ということは、完全に二人でここで遭難である
「うわーん・・どうしよう・・・
 誰も気づいてくれなかったら 明日の朝までここ?!」
ゾクリ、とした
想像に気が滅入ったからだけではなく、今は冬
実際ここは、寒かった
「・・・・すまない、俺がふざけなかったらこんなことにはならなかったのに」
しゅんとした様子で、がこちらを見ていた
まったくもってその通りだ、と
思いはしたが、今はそんなことを言っていても仕方がない
「大声で叫んだら誰か聞いて助けてくれるかな?」
「・・・・無理だろうな」
「じゃあドアを叩いてみるとか」
「・・・・・・・・・無駄だよ」
を見上げた
彼は苦笑して、それから置いてあるマットに座り、にもそうするよう促した
「先生、なんか落ち着いてますね・・・怖くないんですか?」
しょうがなく、の隣に座り は溜め息をついた
寒い
すぐに戻るつもりだったからコートもマフラーも全部教室に置いてきた
風はないものの、気温は外にいるのと同じくらいに冷えていて、
夕方から夜になろうとしているこの時間、
ここはどんどんと冷えていっていた
「大丈夫だよ
 俺がいるから怖くなんかないよ」
何の根拠もなく、そう言って笑ったは内心苦笑した
確かにこんな状況に一人でなっていたらパニックになっていただろう
誰かが側にいて良かったと思う
その反面、
がいてもどうしようもない
俺がいるから大丈夫、と
そう言ってくれるのが氷室だったらまだしも、
では、いや、
氷室以外の誰であっても、それはが安心する何の要素にもなりはしない
(・・・・先生・・・・・・)
心の中で呼んでみた
冷たいマットの上に座って、膝を抱えた
寒い
ここは暗くて、静かで寒い
今、何時だろう
朝まで、ここにいるしかないのだろうか
この季節に、そんなことをして凍死したりしないのだろうか

は、たわいのない話をしての気を紛らわそうとしてくれていた
元々、明るくて話の上手い先生だから、それは多少はの救いとなる
「俺こないだ女に振られて寂しい一人身なわけだからね、
 ここで凍死しても誰も泣いてくれないわけだよ」
冗談めかしくそんなことを言い、それには笑った
「先生は人気者だから彼女候補がいっぱいますよ」
「そうだなぁ
 先生と生徒ってのも、いいな」
「え・・・・?」
にこり、
思い掛けない言葉に 思わずを見上げた
「先生と生徒の恋っていうのもいいな
 年は離れてるけど、くらいの年の女の子は素敵だと思うよ」
「えぇ!??
 先生みたいな大人の人から見ても、そう思いますか?」
は氷室より年上だから、
がそう思うのなら、氷室の恋人が自分位の年でも違和感はないのだろうか
それとも、ただがそう思うだけだということか
くらいになったら充分大人の女性だよ
 今は先生と生徒でも、達はいずれ卒業するんだから」
いつまでも、この関係のままじゃないさ、と
は笑った
「じゃあ、先生を好きでも変じゃないですか?」
「もちろん、変じゃないよ」
それで少しだけ、の心が明るくなった
そういう考えの人が自分以外でもいて、
それが先生という立場の人だから余計に、は心が踊った
「変じゃない
 先生が、自分の生徒を好きになることだってあるんだから」
その時、をいつになく真剣な目で見ているのに は気付いてまじまじと彼の顔を見つめた
どうしたんだろう、と
こんな風に真面目な顔をするのをあまり見ないの意外さに、はただキョトンと相手を見た
そのの、大きな手がの手を握る
(え?!!)
力強い男っぽい手
ここが寒いからか、冷えきった手は、氷室の冷たい手を思い出させた

 俺は君が好きだよ
 は俺の生徒だけど、好きになるのにそんなのは関係ない」
え?! と
聞き返してしまいそうになるのをかろうじて抑えた
今、何といった?
先生が、私を好きだって?

「・・・・あの・・・・・・・・・」
どうしようもなく、はただを見つめた
相変わらず手は握られていて、
は、見たこともないような顔でこちらを見ている
「あの・・・・・・先生・・・・」
困った
自分はの話を、自分と氷室に置き換えて聞いていたが、どうやら
は自分とのことを話していたのだ
まったく、そんなことに思い至らずに、ただの一般論だと思って心を踊らせていたのに
は俺から見ても とても魅力的な女性だ
 年は離れているけど、この気持ちに偽りはないよ」
「あの・・・・っでも」
寒さと、動揺しているせいで、上手く言葉が出てこなかった
ただ、ちゃんと言わなければと、
それだけが、心を支配した
「私・・・・・・・・っっ」

私は氷室先生が好きなんです

「私・・・・好きな人がいて・・・・」
うつむいた
正面から、の顔が見れなかった
思いもかけない告白に、どうしていいのかわからなかった
同年代の男の子が言ってくれるのとはまた違う気がするのだ
こんなにも大人なが、それでも自分が好きだと言ってくれたのに
「そうか、残念だな」
ガッカリしたような声
それに心が痛くなった
「ごめんなさい・・・・」
が謝ることないよ
 恋愛は、そういうものじゃないだろう?」
「はい・・・・・・・・」

それから、お互い黙ったままで時間が過ぎた
どうしようもなく、落ち込んで
はただ泣きたくなった
寒くて身体はガタガタ震えるし
時間はどんどん過ぎていくし
窓から入る光もなくなって、辺りはほとんど真っ暗なのだ
「寒いだろう、これを着ていなさい・・・・」
「えっ?! いいですっ、先生が風邪ひくからっっ」
「俺は大丈夫だから」
「私も大丈夫ですっ」
の着ていたジャケットを断固拒否して、は無理に笑った
「私寒くないですっ」
身体も丈夫だし、と
先生向けの笑顔を作る
この顔をすると氷室は時々顔をしかめる
他の先生には評判いいのに、と思いながらも
それはそれで嬉しかったりするのだ
ちゃんと、自分のことを見てくれているんだなぁ、と思って
こんな、営業用の顔に騙されたりしないんだなぁなんて思って
「やっぱり朝になっちゃうのかな・・・」
「そうだな」
下校時間を知らせるチャイムが、1時間程前に鳴った
そろそろ学校に人がいなくなる時間か
(氷室先生も帰ったかなぁ・・・)
また、涙が出そうになった
不安で、
寂しくて、
ここにいることが怖くて
(大丈夫、大丈夫
 一人じゃないんだしっ)
一緒にいる相手とは、今とても気まずいけれど
それでもいないよりはマシかと はブンブン頭を振った
その時である
かすかに、、と
呼ぶ声が聞こえた気がした
「え・・・・?」
思わず立ち上がる
キョロキョロと辺りを見回した
っ、いたら返事をしなさいっ」
今度はすぐ近くではっきりと聞こえた
「先生っ」
氷室の声だ
この声だけは、絶対に聞き間違えたりしない
「先生っ」
ドアに駆け寄って呼んだ
どうしてここにいるってわかったんだろう
どうして、探しに来てくれたんだろう
?! ここか・・・・?」
扉の向こうに氷室がいる
ガタンガタン、と何か重い音がして、それからゆっくり扉が開いた
「先生っっ」
ボロボロと涙がこぼれた
氷室の姿が見えた途端、はその身体に抱きついて泣き出した
我慢していた不安に似たものが、どっと溢れてきた
大好きな人の姿に、安心して

「なんだってこんなところに・・・・」
氷室は、だきついてきたの身体を抱きしめて、その冷えきった髪を撫でた
こんなに冷たくなって、いつからここにいたのだろう
手も足も、震えているし、
何よりこんなにも泣いている
こんなところに閉じ込められて、さぞ不安だっただろうに
そして、
「あなたがついていながら、何があったんです」
の後から出てきたに、氷室は容赦なく問いかけた
この倉庫の鍵は大分前に壊れてしまっていた
それが、さびた閂がどうしてだか下りて、このドアに鍵をかけていたのだ
外からこんな風になってしまえば、中からはどうすることもできない
こんな錆びた鍵をいつまでも撤去しなかったのは体育の教師であるの責任だし、
そういう事態を予測せずに、中から完全にドアを閉めてしまうなど何を考えているのか
氷室は、自分の腕の中でわんわん泣いているを抱き上げた
「とにかく、私はを家まで送ります」
そうして、歩き出した
はただ、大好きな人にしがみついて、今までの不安を全部消し去ろうとしていた
氷室は何もいわずに、ただ力強く抱き締めていてくれている

「ね、先生・・・・」
一度、教室に鞄やコートを取りに行って、
氷室の車に戻る頃には はもう泣き止んでいた
「どーして助けにきてくれたの?」
助手席から見上げた氷室は、助けにきてくれた時に見せていた切羽つまった顔はもうしておらず、どこか苦々しく笑ってこちらを見返した
「教室に鍵をかけに行ったら君の荷物が置いてあった」
下校時刻を過ぎてなお、クラブ室にならともかく教室に放置してあるなんておかしい、と
校内の見回りの後、もう一度教室へ戻ったのだ
そして、まだ置いてある鞄やコートに嫌な予感がした
制服のままで、学校内で、どうにかなっているんじゃないのか
どこかで倒れているとか、閉じ込められているとか
「予感は的中したわけだ」
氷室は苦笑した
まずの家に電話をして、まだ帰宅していないのを確かめた
それからクリスマスの日に、奈津実から手渡されて以来 携帯に登録されているの携帯番号を押した
だが圏外
何度かけても圏外だとアナウンスが流れるだけだった
それで、一人でかたっぱしから学校の圏外の場所を捜しまわったのだ
携帯を片手に、
「良かった
 あそこで朝までいなきゃなんないかと思ってたから」
「そんなことをしたら凍死だ
 もっと気をつけなさい」
「はぁい・・・」
本当に、まったく
見つけられたから良かったものの、
探しても探しても見つからないあの時の、自分の動揺を少しでも理解しているのだろうか
あんなに必死になったことなどないかもしれない
氷室は、今は助手席でにこにこしているを見て苦笑した
無事で良かった
同時に、一緒にいたへの怒りがふつふつと湧いてくる
教師ともあろうものが、一緒にいてどうしてこういうことになるんだ
だいたいがこんなに凍えているのに、気づかいもせずに自分はケロリとした顔で出てきたのだ
(何を考えているんだか・・・・)
やはり好きになれない人間だ、と
氷室は溜め息をついた
明日は、彼にこの責任を追求しなければならない

「風邪をひくといけないから、温かくして早く寝なさい」
「はぁい
 先生、ありがとうございましたっ」
は、今はすっかり落ち着いた気分で家へと戻った
冷えていた身体も、氷室が優しく撫でてくれたせいで少しだけ温かくなったし
それに、
(先生の側にいると体温が上がる・・・)
それはいつも感じていることだった
今は、心も温かい

「おやすみ」
氷室は、が家に入っていくのを見届けて車を発進させた
無事でよかったと、心の底から思う
扉の向こうからが出てくるのを見て ほっとした
全身の力が抜けるかと思う位に、安心した
良かった
に何かあったら、と
そればかりが頭を支配して、ただ走り回って探していたのだ
あの時自分は何も考えていなかった
のこと以外は
(偽れないな・・・・・・・・・)
溜め息をつく
どうしようもない程に、ばかりになってしまう自分の意識
止めなければと、思えば思う程に傾いていく
自分ではどうしようもない
生徒であるへの、この想いは消さなければならないものなのに
一人、深く溜め息をついて 氷室は苦笑した
どうしようもないなら、いっそ貫いてしまおうか

次の日、から時計を渡された
「これ・・・・」
「今朝、探してみたんだ
 探してたのはこれだろ?」
「はいっ、ありがとうございます」
「うん、よかった
 昨日はすまなかったな、今朝は朝から氷室先生にこってり叱られたよ
 注意と自覚が足りないってね」
いつも通りのの態度に、正直は救われた
彼の言葉に笑うと、安心したように彼も笑った
「俺はまだ諦めてないよ、
「え?!」
「だから、これからも宜しく」
「え・・・?」
にこり、
彼特有の笑みに、は一瞬キョトンとして、それから笑った
「光栄だなぁ、先生みたいな大人な人がそんなこと言ってくれるなんてっ」
悪戯っぽく言った
彼なりに気を使ってくれているのか、
昨日の暗い気持ちが一気にふっとんだ気がした
(私も頑張ろうっと)
氷室が好きだということを、頑張ろう
が言ったように、先生を好きになることがおかしいことではないなら
たとえ、おかしいことなのだとしても
(大好きなんだもん)
心の中で氷室を想った
いつでも助けてくれる自分にとっての王子は、氷室しかいないと、はもう理解している


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