KISS ME (氷×主)


今、氷室は大ピンチだった
助手席に座ってこちらを見ている生徒、
とにもかくにもこの心の動揺を悟られてはいけないと必死だったし、
それよりも 今彼女が言った難題に、どう答えたらいいのか
氷室の頭はパニックに近い状態だった

いつもの帰り道
クラブを終えたといつものように職員室の側で会って、そのまま一緒に帰ってきた
最近を車に乗せる回数が増えた
特に意識しているわけではないのだが、
との車内での会話が好きだから、が一緒に帰ろうというと言ってしまうのだ
「送っていこう」

そして、
そして、今 車を走らせながら氷室はの視線を感じていた
「・・・・ねっ、先生ってば」
答えない氷室に、じれたようにが身を乗り出す
「先生はキスしたことある?」

何を突然、と
聞いた時には、氷室は思わずブレーキだかアクセルだかを踏み込みそうになった
それをかろうじて思いとどまり、平静を装って運転を続けている
今、何と言った?
キス?
「そぉっ
 先生って今までに何人くらいとつきあった?
 キスってどんな風にするの?」
興味しんしんのの顔はどこか輝いていて、それが氷室には悪魔の微笑みに見えた
の話では、最近女の子の間でもちきりの話題なのだそうだ
修学旅行で仲良くなって、つきあいだしたカップルがキスしただのしないだの、
そういうことで、盛り上がっているとかいないとか
「・・・・くだらない」
「くだらなくないもんっ
 だって高校2年にもなったらキスくらいしてみたいって思うもん〜」
「しなくてよろしい、そんなもの」
「何よ〜〜〜っっ」
氷室は、なるべくを見ないようにしながら、とにかく表情をキープした
高校2年といえば、そういうことに興味のある年
わかってはいるが、いざの口からこんなことを聞くと動揺する
そして、
してみたい、と
の言葉に、氷室は内心安心したような妙な気持ちになっていた
そう言うということは、はまだなのだ
まだキスもしたことがないのだ

「友達がこないだのデートでしたんだって
 なんか、うらやましい・・・・」
はぁ、と溜め息をついては天井を見上げた
「私も彼氏、作ろっかなぁ」
それでチクリと、劣等感に似た感情が沸き起こる
なら、すぐに彼氏くらい作れるだろう
生徒達がはもてると言うのをよく聞くし、実際
吹奏楽部にも、に想いを寄せている男子生徒は多いらしい
それでなくても の側には常にまどかや桜弥がウロウロしているというのに
そして、
自分はそういう想いを持つことができない立場にいる
に対して、そういう気持ちを見せてはいけない
自分は教師なのだから
「彼氏作ったらキスできるよね」
「・・・・そんなものでいいのか
 相手は誰でもかまわないわけか?」
「そんなことないけど・・・
 だって、好きな人となんか・・・・・・・・」
ごにょごにょ、とはうつむいた
の性格からして、キスへの興味だけで明日にでも 告白してきた男と付き合いだしそうだ
感じたままに、中身がてんで子供なのに苦笑しながら 氷室はチラ、とを見た
「そういうことは、本当に好きな相手としなさい」
「じゃあ、先生は好きな人とどーやってキスするの?
 あっ、ねぇ、先生 今つきあってる人いるの?」
また、興味しんしんの目がみつめる
耐えかねて、氷室は声を荒げた
「君には関係ないだろうっ
 だいたいどうして私の話になるんだっ」
それで、がにやっと笑った
勝ち誇ったような目
ああ、かなわないと痛感する
この年頃の女の子に、こういう話ではきっとかなわないのだろう
「だって先生のこと、気になるんだもん
 ねぇ、恋人いるの?
 ねっ、教えてくれたら他は何もきかないからっ」
今までより、断然押しが強かった
「ねぇっ、今つきあってる人どんな人?」
質問責めに、窒息しそうな雰囲気になり、氷室はどうしようもなく答えた
「つきあっている人などいない」
以前つきあっていたのは、同じ年の優しい女だった
優しすぎて、自分とはつりあわなかった
そういう相手
「え?! 何で別れたの?!」
「質問は以上だな」
「ええーーーーーーーーーっっ」
隣で、不満大の声が上がり、頬を膨らませてが何か文句を言っている
その様子に、氷室はようやく落ち着きを取り戻した
今は、この隣にいる少女のことばかりで、恋人どころの話ではない

の家の前に車がついて、氷室はようやくほっとした
今日は疲れた
こういう話題は、なるべく触れたくないものだ
どう答えていいのかわからないし、
自分にはどうしようもないのだから
「ついたぞ」
「・・・・・・・うん」
いつもは元気に下りていくが動かない
「どうかしたのか?」
「ねぇ・・・先生」
が、こちらを見上げた
見たことのないような、何か複雑な表情にドキとした

「キスして」

ああもう、一体今 この少女は何といった?
聞き間違いか?
それとも、からかっているのか
動揺なんてものではなかった
今、無表情を作れているかどうか自分ではさっぱりわからない
ただ必死に、どうすべきか考えようとしていた
の、顔を見つめながら

(・・・・・どうしろというんだ・・・・)
今さっき、本当に好きな相手としろと言ったばかりなのに
聞いていなかったのか
何を考えてるんだ
相手が教師だとわかっていて言っているのか
「だって先生 今恋人いないんだよねっ
 だったら怒る人もいないじゃない
 ・・・して・・・・みたいんだもん・・・・・」
ようするに興味なのか
それならわざわざ自分に言わなくても、と
思う反面、別の男に同じ台詞を言われなくて良かったと思ったり
ものすごいことをさらりと言って、
それで少しだけ照れたに、氷室はどうしようもなくグラグラした
ダメだ
多分、根本的に考え方が違うのだ
そして、
自分が思っている程に、は自分と、ということに重きを置いていない
友達がした、と盛り上がっているキスをしてみたい
そういう、子供っぽい願望みたいな、興味みたいなものなのだ
(・・・・・・まったく)
特大の溜め息をついて、氷室はなんとか動揺を抑えた
とんでもないことを言い出すこの少女に、
一体どこまで振り回されてしまうのだろう
それでも超えられない一線があるのを、自分は知っているのに

「では目を閉じなさい」
「え・・・・・・っ、は・・はい・・・・」
コホン、と
氷室はせき払いして、ぱたと目を閉じたの顔を見下ろした
大丈夫
これくらいなら、大丈夫なはずだ
ただの興味本位の子供の相手をしてやっただけ
ス・・・・、と
こころなしかピンクに紅潮したその頬に そっと触れるだけのキスをした
ピク、と
の肩が震えて それで彼女がおそるおそる目を開ける
「・・・・・・・・・・っ」
今さら赤くなって、は何か言いたげに氷室を見上げ
それでようやくいつもの調子を回復させて、氷室は教師用の声で言った
「君のような子供にはそれで充分」
「ひ、ひどーーーいっ」
また不満大の声が車内に響いたが、とりあえず氷室は、落ち着いた
に触れた瞬間、
他の誰にするよりも緊張したのを、悟られずにすんだ

「バカなことを考えていないで早く寝なさい」
「はぁーいっ」
まだ不満そうではあったが、は車を下りて家へと戻っていった
それを見届けて、氷室は大きく溜め息をつく
良かった
あれ位なら、なんとでも言い訳ができる
動揺しきっていた自分自身に
苦笑しながら車を走らせた
できれば、こんな帰り道は二度とないことを願う


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