修学旅行 (氷×主)


修学旅行が始まった
生徒達にとったら、学校生活の一大イベント
教師にとったら、早く終わってほしいの一言につきる神経のすり減る何日間か
今年は京都・奈良の由緒ある歴史を勉強に行くわけだが、
いかんせん、生徒達は遊ぶことで頭がいっぱいだった
一日目から、氷室は頭をかかえている

「何度いったらわかるんだ
 集合時間の5分前には戻ってくるように言ったはずだ
 高校生にもなって時間もマトモに守れないのか」
今日何度目の注意か
氷室は不機嫌に眉を寄せて声を荒げた
班ごとにわかれての見学に、時間になっても戻らない班が2つもあった
さっきの寺では4つの班が遅刻
そもそも出発の時点で遅刻者のせいで20分もバスが止まっていたのだ
「こんなことが続くなら 明日の自由行動はなしにする
 時間はきっちり守るように」
浮かれきった生徒達に、無駄かと思いつつ厳しく注意をし 氷室は解散の後溜め息をついた
とりあえず、一日目は終わった
ホテルに戻って、消灯まで いったいあと何回こういう風に怒らなければならないのだろう
ホテルで、生徒達に食事の時間と風呂の時間の確認をさせた後、氷室は一旦自分に割り当てられた部屋へ戻った
センスの良い和室で、修学旅行中の教師の苦労を労ってか、個室が与えられている
「・・・まったく・・・・・」
昼間怒鳴り過ぎて咽が痛い
苦笑し、お茶で咽を潤して、氷室はまた部屋を出た
とりあえず、これから食事
そして、しばらく風呂などに時間が空いた後消灯
10時の消灯まで何事もなく過ぎるのを祈りつつ、まずは食事の準備をしている宴会場へと様子を見に行った

「あっ、先生っ」
入り口から中をのぞいた氷室に、膳を運んでいたが声をかけた
「ああ、当番なのか、御苦労」
「そーなのーーっ
 ジャンケンで負けたのーー」
情けない声を出し、は言うと持っていた膳を畳の上において大きくのびをした
「これって重いや〜」
本人としては、せっかくの修学旅行
こういうちょっとした自由時間も遊びたくて仕方がないらしく、ジャンケンで負けて食事の手伝いに回されたことがとても嫌らしい
「今日ね、ここの人と友達になったんだっ
 明日案内してくれるんだって〜」
「ここの人?」
「京都に住んでる人〜」
「・・・・学生か?」
「大学生だって言ってたよ」
氷室の側へ来て、楽し気に話すに、氷室は少し眉を寄せた
今日の見学中に、地元の大学生と仲良くなって、明日の自由行動を一緒に回る約束をした、と
今 が言ったのはそういうことなのか
一瞬驚いて、氷室はの顔をみた
いつのまに?
いや、それよりも修学旅行で何を言っているのか
「・・・・感心しないな」
しっかりとを見て、氷室は言った
途端に、の表情に落胆の色が現れた
「・・・・やっぱりダメ?
 先生に聞いていいっていったら案内してもらおうと思ってたんだけど・・・」
「ダメだ」
しゅん、と
は残念そうにして、それから上目遣いに氷室を見た
「だって、せっかく京都にきてるのに どこ見たらいいかわかんないんだもん」
地元の人が一番おもしろいところを知ってるんだもん、と
ごにょごにょと言ったに、氷室は少し声を荒げて言った
「ダメだ」

まったく、と
氷室は食事をするを遠目で見ながら溜め息をついた
相変わらず、どこでもすぐに友達を作るようで
たった1日で、明日案内してもらう、などという約束に似たものまでしてきて
一体何を考えているのか、と
氷室は眉を寄せた
修学旅行は遊びではない
生徒達を無事家に帰すまでは、教師に全ての責任がかかる
そんな地元の誰ともわからないような輩と自由行動を共にし、
何かあったらどうするのだ
相手が大学生だというのならなおさら、
ハメを外した遊びに、無理矢理乗せられてしまうかもしれないのだ
は女の子で、まだ高校生なのに
(まぁ・・・私に聞きに来ただけいい)
が自分に何も言わずに、明日を迎えなくて良かったと思う
一度ホテルを出てしまえば、誰が誰と行動しているかなどと全員を把握するのは難しい
バレなければいい、と
そういう考えをがもたなかったことが、何よりの救いだった
もしそんなことになって、何かが起こってしまったら
それこそ、取りかえしのつかないことになっていたかもしれない
楽し気に何か話しながら食事をするを見て、氷室は苦笑した
まったく、何をしでかすかわからない
こちらの考えもしないことをやらかすな、と
氷室は苦笑した
まだ、1日目だというのに

その夜、消灯時間になると、氷室は消灯のアナウンスを流した後見回りに行った
1階の裏手を通りかかった時に、聞き慣れた声が聞こえ、それでそちらの方へ回る
「ダメだよ、私消灯だから部屋に戻るんだもん」
「消灯って何かの間違いやろ?
 まだ10時やで?」
「だってさっき先生の放送はいったもん」
声の主はである
姿は見えないが、裏の縁側になっているところあたりにいるらしい
(誰だ・・・?)
関西弁にまどかかと思ったが、どうも声がちがう
それに相手は複数いるようだった
「なぁなぁ、抜け出して遊びに行こって
 明日もやけど、今夜もおもろいとこ連れてったるから」
「だからダメなの
 先生がダメって言ったんだもん」
「いいやんそんなん〜
 ホテル出てしまえばわからんやろ」
「わからなくてもダメ〜」
その会話で、氷室は相手を悟った
が夕食の前に話していた地元の大学生だ
こんなところまで来て、を誘っているのか
そして、
消灯が過ぎたというのに、はまだここで話をしている
「・・・、何をしている」
「あ・・・・・っ」
頭がいたくなる
まったく、どういうことだ
この大学生に泊まっているホテルを教えたのか
修学旅行の最中だというのに、家族旅行か何かと思っているのか
、消灯はとっくに過ぎている
 それから、自分の立場をわきまえなさい」
自分でも驚く程にきつい口調だった
ああ、意識しているよりも怒っているらしい
が、怯えた顔をしたのを横目で見て 氷室はそこにいる3人の、いかにもチャラチャラした大学生を一瞥した
「修学旅行の最中だ
 部外者は即刻立ち去ってもらおう」
今はこの小さなホテルは、はばたき学園の貸し切り
そうでなくても、氷室の大嫌いなタイプの学生
「出ていってもらおうか」
声に容赦がなかった
有無を言わせないその氷室の態度に、学生達はお互いに顔を見合わせチラとへ視線をやった
「ああ、言っておくが」
イライラとしたものが、身体にたまっていくのを感じた
は明日は謹慎だ
 君たちとは会わない、以上」
それで、学生達は帰っていき、はうつむいて立ちすくんだ

(まったく・・・・)
溜め息をついて、氷室はうつむいて黙って立っているを見た
先程の会話を聞いていたら、が悪いわけではないのはわかる
消灯の放送を聞いて、部屋へ戻ろうとしていたを あの学生達がこの裏庭から呼び止めたのだろう
彼等の誘いをはちゃんと断っていたし、彼等がここへ来たこと事態も予想外だったような感じだった
だが、それでも
氷室の中に、教師としてか、もっと別の何かか
軽率なを許せないと思う感情があった
謹慎、と
言ったことにはショックを受けているようで、
だがのしたことは、それくらい言ってもいいと思う程に不謹慎だと思うのだ
氷室としては
これは修学旅行で、遊びではないのだし
こちらは生徒に何かあってはと、神経をすり減らして引率しているのだから
「とにかく今夜は部屋に戻りなさい
 明日、君は私の部屋へ来るように」
「・・・・・・・はい・・・」
未だかつて聞いたことのないような、落胆した声だった
は、氷室の言葉に肩を落としてうつむいたまま
氷室と目を合わさずに戻っていった
その後ろ姿に、自然と溜め息が出る
きっとはこんなことになるとは夢にもおもわなかったのだろう
修学旅行を楽しみたいと、地元の人間と仲良くなっただけ
だが、のそういうところが、時としてハメをはずしすぎる行動につながることに氷室は正直ひやひやさせられる
今回は自分がこういう風に止められたから良かったものの
何かあったらどうするのだ
だからこそ、余計に思う
大切な生徒だし、自分から何の警戒もなくやっかいごとに突っ込んでいきそうだし
「・・・・まったく」
苦笑した
まったくヒヤヒヤさせる生徒だ
そして自分は、この目を放したら何をしでかすかわからないに、随分とふりまわされているように思う

次の日、朝から自由行動に出ていった生徒達を送りだして、氷室は自室へ戻った
しばらくすると、がやってくる
昨日同様にひどく落ち込んだ顔をして、入り口でぺこりと頭を下げた
「すみませんでした・・・・」
氷室の顔も見ないで、らしくない声のトーン
そのままうつむいているに、部屋へ入るように言って、氷室は机の上に置いてある原稿用紙を指した
「反省文を書くように」
「はい・・・」
素直に、というよりかは淡々と、は机まできて座った
置いてあったペンを取って、それから原稿用紙を広げた
シン、とした空気の中 ノロノロとは文字をうめていく
向かいでその手許を見ながら、氷室は苦笑した
あたりさわりのない文章を書いている
1時間程ノロノロと、手を動かして、はペンを置いた
やっと顔をあげる
それで、の表情が見えた
沈んだ暗い顔
目がいつものようにイキイキと輝いてはおらず、視線はすぐに机に落ちた

あえて、抑えた説教用の声で呼んだ
の肩が、ぴくりと震える
「はい・・・」
「君がしたことは、軽率だった
 これは修学旅行であって、遊びではない
 この時間は学校の授業の一部で、自由行動も授業と同じだ
 君には守らなければならない規則があるはずだ、そうだろう?」
はい、と
小さく返事が返ってきた
「学校から来ている以上、君の行動に責任を取るのは学校だ
 もし君に何かあった場合、事故やもめ事に巻き込まれた場合、誰が責任を取る?
 君がこの学校の生徒である以上、全ての責任は学校にある」
そして、と
氷室は小刻みに震えるの肩を見つめた
泣かせてしまっただろうか
うつむいたの表情は見えない
「何のために来ているのかを考えて、何をすべきかを理解しなさい
 そうすれば、昨日のような行動は慎むべきだとわかるだろう」
はい、と
僅かに声が聞こえた
それから、ごめんなさい、と
震える声がした
「顔を上げなさい、
やはり、泣かせてしまったようだ
は顔をあげなかったし、制服の袖で目許を何度もぬぐった
、泣かなくていい」
「ごめ・・・ごめんなさい・・・
 私、そんな・・・何も考えてなかっ・・・・・」
「では次からは考えて行動するように
 同じ過ちを繰り返さなければそれでいい」
無理に言葉を話そうとして、しゃくりあげたに、氷室は苦笑してハンカチを差し出した
「君は女の子なんだから、もう少し気をつけなさい
 あの大学生がよってたかって君を襲ったらどうするんだ・・・」
「ふぇ・・・・?」
差し出されたハンカチを受け取って、涙にぬれた目でが氷室を見上げた
「いや・・・・・」
コホン、と
つい口をついた言葉を濁すかのように氷室はせき払いを一つする
少々軽卒に、ハメをはずしすぎたへの罰はこれくらいでいいだろうか
くだらない大学生達は姿を現さなかったし、
はこうして反省したし、
何より問題は何も起きなかったのだし
「さぁ、早く泣き止みなさい」
「・・・・はい」
「泣き止んだら、少し出遅れたが出発する」
「え・・・?」
目をぱちくりさせて、が氷室を見上げた
大きなしずくがこぼれていくのをみながら、氷室はの書いた反省文を取ると、微笑した
「学校生活で修学旅行は大きな意味をもつ
 君の学習する機会を無駄にする気はない
 わかったら早く泣き止んで、支度をしなさい」
それで、
はぱぁっ、と顔を輝かせた
「ほ・・・ほんとに・・・?」
「何度言わせる」
「謹慎は・・・・?」
「終わりだ
 それとも一日中、ここで謹慎していたいのか?」
これには大袈裟に、首をぶんぶん振って答えが返ってきた
「では、支度をしなさい」
「はいっ」
さっきまで泣いてたのはどこへやら、
ぐいっと涙をふくと、は慌てて部屋から出ていった
5分後、顔を洗ってバックを持って、いつもの明るい顔では氷室の部屋に戻ってきた
(まったく・・・あっという間だな)
少し居心地悪そうにしているものの、先程までの暗い影がほんの少しも見当たらない
ゲンキンというか、何というか
まぁいい、と
氷室はを連れてホテルを出た
暗い顔のより、泣いているより こっちの方が大分いい
にこにこと楽しそうに、笑っているのが一番らしい

夕方、京都の見学を終え、ホテルへと戻りながらがぽつっとつぶやいた
「先生、ほんとにごめんなさい」
驚いて、を見ると照れたように少し笑ってこちらを見上げていた
「ちょっと調子乗り過ぎてたよね」
ちゃんと反省してます、と
その言葉に氷室は微笑する
「君は目を放すと何をするかわからない
 ・・・・君を見ているとヒヤヒヤさせられっぱなしだ
 残りの日程も、私の目の届くところにいるように」
これは執行猶予のいうものだ
が心配で仕方がない自分のための
そして、
そんなこちらの気も知らず、ホイホイ他人についていきそうなを繋ぐための
「はい」
気のせいか、嬉しそうな返事が返ってきた
驚いて顔を見た時には、はうつむいて表情を隠していた
「・・・・では帰るぞ」
「はい」
執行猶予付きの修学旅行
が、予測不能だというのなら見張っておく
変な輩が寄ってこないように
大切なが、遠くへ行かないように
氷室は満足気に、今はもう笑っているを見下ろした
二人の、修学旅行は続く


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