体育祭 (氷×主)


今日は体育祭
は、借り物競争に出場するためスタート地点で順番を待っていた
(うーん、緊張するっ)
運動はさほど嫌いではないのだが、こういう競争となると緊張する
100メートル走やリレーに比べたら、まだお遊び要素の強い競技で、出ている面子も陸上部などはいない
ようするに、でも1位になるチャンスがある
それが、実は微妙なプレッシャーになっていた
ーーーっ、頑張って〜」
応援席でクラスの友達が旗を振ったりポンポンを振ったりの大応援
新しいクラスは賑やかな男子が多く、はじめての行事である体育祭に張り切っているようだった
さんっ、しっかりっ」
手伝いにかり出されている桜弥が、消えてしまった白線を引き直しながら声をかけてきた
「うわーん、緊張するよ〜」
「大丈夫ですよ、頑張ってくださいっ」
にこっと微笑んだ桜弥に、笑顔を作って手を振った
頑張らなければ
最下位なんて取ろうものならクラス中にどやされかねない
総合得点では、競技半分を終えて2位
逆転の可能性は充分にあるのだ
(よしっ、気合いだっ)
合図にスタートラインに立った
「位置について、よーい・・・」

パン、とピストルが鳴った
ダッシュは上々
必死でトラックを走って、丁度応援席の前で指示の書かれた紙を取った
封筒をあけて、中を読む
「ピアノの弾ける人」
瞬間、浮かんだのは音楽の教師だったが、彼女は放送室で音響を担当しているはずだった
間に合わない
そんなところまで迎えに行っている暇はない
「誰かピアノ弾ける人いない?!」
大声で応援席に叫ぶと、誰もがお互いを見回して困った顔をした
「誰かいないのかよっ」
「おいっ、お前弾けたよなっ」
誰かが隣のクラスの男子の腕をひっぱったが、ものすごい勢いで振り払われてしまった
「誰が敵のために力を貸すかっ」
「何ーーーーっっ」
「ウチのクラスで誰かいないのーーー?!」
焦って周りを見た
どうやらと走ったグループの指示はハズレだったらしく、誰もが抽象的な指示におたおたしている
「うわーんっ、ピアノ弾ける子みんな他のクラスだよーーっ」
の思い当たる友達は、皆2年でクラスが別れてしまった
クラスごとに競っているこの体育祭
こんな時には他のクラスは絶対に力を貸してくれない
「他に誰かいないー?」
誰かが係で出ている先輩にも、聞きに走った
その時
「そうだっ、氷室っっ」
男子がさけんだ 
指指す先には、丁度スタートしてきた地点の側の教員用テントで、係の生徒に指示を出している氷室がいた
「あいつ吹奏楽部だろっ」
「そうよっ、氷室先生ピアノ弾けるわっ」
吹奏楽部の子が立ち上がって叫んだ
そういえば、1年の時に音楽の再テストの時 弾いてもらったことがあった
どうしてすぐに思い出さなかったのか、と
思った瞬間 はトラックをつっきって教員用テントに走った
バラバラと、何人かの生徒が自分の目当てのものを取りに走っている
「今回はどうやら外れクジが回ったようですね
 何人かがようやく動き出しました」
主催の体育委員会の、楽しげなアナウンスが流れる
活気づくような音楽と応援の声が頭にがんがん響いた
(うわーん、遠い〜っっ)
やっとテントに辿り着いた
重そうなロープの束を持って生徒と何か話していた氷室が、突然テントに飛び込んできたに驚いたような顔をした
「先生っ、早くっ」
手をのばして、あいている方の氷室の手をつかんだ
おもいきりひっぱって、駆け出す
「な・・・・?! ?! 何を・・・・・・・・・っ」
戸惑ったような氷室の声が後ろできこえる
だがかまわずは走り出した
「何なんだっ、っ」
「いいから走ってっ、借り物なのっっ」
それで、ことを理解したのだろうか
氷室をひっぱる腕の負担がなくなった
全速力で走る
見ると、少し前に別のクラスの子が、ビデオカメラを片手に持ったどこかの保護者と一緒走っていた
(うわーん、追いつけないっ)
タッチの差だった
持てる全てのエネルギーを使って走ったが、一歩遅かった
「はいっ、2位ですねっ」
とたんにドっ、とものすごい音がした
「・・・・先生?」
振り返って、は氷室を見た
膝に手をついて肩でゼーゼーと息をしている
足下には、先程氷室が持っていた 太いロープの束が落ちていた
「先生・・・・もしかしてこれ持ったまま走ってた?」
「・・・・っ」
返事もできぬ程に息をきらしている氷室がおかしくて、は笑う
「なんで置いてこないのよーーっ
 先生、重かったでしょー」
ケタケタと、笑い転げたに、氷室はようやく息をつき、眉を寄せてを見た
「・・・・重かったなんてものではない」
笑われて、むすっとした顔で氷室は大きく息を吐いた
突然で、
あまりに突然すぎて、考える暇がなかった
どうすれば一番効率よくゴールできるかなど、計算する暇がなかったのだ
ただにひっぱられるがままに走ってきたのだから
「まったく・・・・・」
「惜しかったなー2位だぁっ」
係に案内されて2位の旗の前にならびながらは溜め息をついた
「借り物なのに人なのか?」
「はずれが当たったの
 皆、人連れてるでしょ」
1位だったのは、「ビデオカメラを持った同級生の保護者」
3位だったのは「メガネをかけた女の先生」
4位だったのは「そろばんの得意な人」
5位だったのは「試験で赤点が4つある人」
毎年、体育祭委員があそびでこういうものを1つや2つ入れるのだ
今年の遊びは借り物競争だったらしい
「・・・・・それで・・・」
氷室は、まだ自分の手を掴んだままのに、コホンと一つせき払いをした
「それで、君のには何て書いてあったんだ?」
「私のはピアノの弾ける人」
にこっ
が笑って、氷室は眉を寄せた
「どうしてもっと早くに来ない
 君がもっと早くにきていたら1着が取れたものを」
「え?」
「・・・・・・・一度、君に弾いたことがあっただろう」
「そうなんだけど・・・・なんか先生って数学のイメージ強くて・・・」
キョトン、と
驚いたようにこちらを見上げたに、氷室はまたせき払いをした
「・・・まぁ、いい」
相変わらず、の手は氷室の手をにぎっている
氷室としては、すぐに思い出してもらえなかったことがいささかショックだったのだが、しかし
(・・・・・・まぁ、いいか)
いつまでもつながれた手をチラ、と見て 氷室は苦笑した
こういうことを気にするタイプの生徒ではないのだ、
だから平気で手をつなぐし、平気であの思い出も忘れるのだ
「コホン、は他に競技には出るのか?」
「あとは騎馬戦っ」
「そうか、ではこの借りを返しなさい
 氷室学級に敗北の二文字はありえない」
「はいっ」
しっかりとガッツポーズを作って、は笑った
一つうなずいて、氷室は笑みを返した

競技が終わり、ロープの束を持ってテントに戻った氷室は、自分のクラスの応援席を見た
戻ってきたを何人かが囲んで楽しげに何が話している
しばらく見ていると、誰かがこちらを指さし、それからヒューヒューと声が上がった
(・・・・まったく)
ロープを持ったまま走ったなどと、騒いで笑っているのだろうか
あの年頃の生徒達し、皆教師をからかうことが大好きなのだ
いつもテストだ補習だと、痛い目に合わされている教師が相手だとなおさら
氷室は苦笑した
だが今は、それも悪いものではないと感じる
身体を疲労感がじわじわと蝕んでいるが、それも心地よく感じた
片手に、の熱い手の感覚が残っている
手をつないで走っている時に、赤色のハチマキと、明るい髪がふわふわ揺れるのを見ていた
冷静さを欠いていたのは、たぶん突然のことだったからだけではない
でなければ、こんなに驚いたり戸惑ったりはしないだろう
「・・・・・・・・・」
苦笑して、応援席を見た
今は一番前で、次の競技の応援をしているの姿を確認して小さく溜め息をつく
これは錯角に似た感情なのだと思う
自分の生徒を愛しく思ってしまう、ただそれだけのものだと意識しなければならない
けして、それ以外のものではない
は生徒で、自分は教師なのだから
体育祭の喧噪に、氷室の戸惑いを含んだつぶやきは、かき消される
「まったく、私はどうかしている」


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