桜の回想 (氷×主)


今日で1年が終わる
終業式を終えて、氷室は1年間使用した教室へと戻った
「春休み中、ハメをはずさないよう心掛けること
 宿題がないからといって、遊んでばかりいないように」
いつもと変わらぬ注意事項を言って、氷室は教室を見回した
窓際の席に座っている少女
こちらを見て話をきいているその顔は明るかった
休みが嬉しくて仕方ないという顔だ
らしい、と氷室はわずかに微笑した
氷室にとって、はこの1年でかけがえのない存在になった
冬くらいから、勉強にまじめに取り組むようになったから余計にそう思うのだが、
だが以前から、どこか目が放せない雰囲気で、何をしでかすかわからない様子は氷室の意識を常にそちらへ向けさせた
思えば入学式の日に、教会の側で出会ってからずっと
(早かったな・・・)
この1年は早かった
を、
今、ここにきて急成長をはじめたをもう少し見ていたかった
2年も担任が持てるとは限らない
今まで毎日彼女の顔を見ていたから、週に4回の授業だけでは物足りないだろう
それほどに、は学力をのばしていた
本人が、やる気になっているのが手にとるようにわかるから一層
それは氷室を喜ばせ、心踊らせた
今までずっと補習組だったのに、3学期の試験はまずまずの点を取った
彼女よりできる生徒はもちろんたくさんいる
だが、こんなに急に伸びて、今もまだ伸びつづけている生徒はが一番だった
(・・・早かった)
本当に1年が早かった
もっとを見て、導いてやりたいと切に思う
「入学式は4月1日だ
 この日はクラブも休みだから間違って登校してこないように」
最後の注意事項を言い、氷室はふと今朝配られたメモを見た
「そうだった、もう一つ
 このクラスから1名、入学式の手伝いにきてくれる者はいないか?」
講堂の椅子の設置、新入生の案内、必要書類の回収と整理、
それから式の後の講堂の掃除
毎年、新2年のクラスから1人ずつ、生徒が手伝いに来ることになっていた
「はいっ、私行きまーすっ」
言うやいなや、窓際から手が上がる
だった
もう聞き慣れた、明るい声
元気よく手を上げては氷室を見ていた
「そうか、やってくれるか、
「はいっ」
「では、4月1日 8時に職員室へ来るように」
こくり、とがうなずいた
新入生を見たいという好奇心か、氷室を手伝ってやろうという親切心か、
どちらにしても嬉しかった
氷室はという生徒が可愛くて仕方がない

3月が終わり、4月になった
入学式の準備に学校は慌ただしく、手伝いの生徒達も表方から裏方から走り回っている
が来る8時前にはもう、仕事のため校内を移動していた氷室は、その日を一度も見かけていなかった
(・・・そろそろ終わりか・・・)
腕時計をチラ、とみて、式がそろそろ終わることを確認する
この後、新入生達は一度教室に入り、担任の挨拶を聞き下校する
その間に教師と手伝いの生徒が、講堂を掃除し終了
だいたい毎年2時くらいには、全てが終わり皆、家路についた
氷室は一度、職員室に戻って、式の終了を待つことにした
手伝いに出てきたを労ってやりたかったが、ここでも見つからない
「ああ、生徒達は今教室に書類届けに行ってるよ」
同僚の言葉に そうか、と
氷室は席についた
そこへ教頭がやってくる
「氷室先生、クラス分けが決まりましたよ」
渡された名簿に心が揺れた
クラス分け
新しく2年になる生徒達の、
いったいどの生徒の担任になるのだろう
は、どのクラスなのか
パラパラと、写真入りの名簿をめくった
一人1枚、写真と成績、それから1年の担任のつけた性格や評価が書かれてある
真ん中ほどに、がいた
「・・・・・」
安堵に似た溜め息が漏れた
今年も、を担任できるのだ
「積極的に学校行事に参加し、大役を果たしてくれた
 クラブも熱心で、授業態度も大変いい」
2行の、自分でつけた評価に苦笑した
誰か、次にの担任をするであろう教師に対しての言葉
発展途上の可能性あふれたを、ここで手放すのが惜しくて半ば投げやりになっている感がある
おかしくて、氷室は一つせき払いをした
(私もまだまだだ・・・)
1年では全てのクラスに数学を教えていたから、どの生徒も顔と名前は知っていた
目をひいたのは、最近と仲のいい守村桜弥と、去年も担任をした藤井奈津実
そして、吹奏楽部の北エリコだった
満足気に、氷室は名簿を机の引き出しに入れて立ち上がった
素直に嬉しいと感じる
あの明るい笑顔を、また1年見守ることができると思うと嬉しかった
教師として、前向きな生徒を導くことが何よりの幸福だと、氷室は感じる

式が終わり、講堂の掃除をしている時にもの姿はみえなかった
生徒の半分ほどは、あいている教室で新入生の出した書類の整理をしているらしい
そっちに回されたのだろう、と
氷室は残りの生徒に指示を出しながら考えた
早くの顔を見たかったが、同時にふと、ある考えが頭を過った
(・・・・・もしかしたら・・・・・)
もしかしたら、このクラス換えを喜んでいるのは自分だけかもしれない
客観的に見て、氷室は今の学年のどの担任よりも厳しく融通がきかない
まどかなどは毛嫌いする程に、規則にうるさい
それが氷室には当然だし、それくらいしなければ、ありあまるパワーを持て余し気味の高校生など相手にできないと思っているのだが、もしかしたら
(・・・は嫌がるかもな)
も、まどかと同じく校則など、というタイプだ
けして優等生ではない
行動も、考え方も、性格も
そんなには自分という担任は窮屈かもしれない
それは1年の前半、よく感じていたことだ
どこか敬遠されている
まぁ、仕方がないといえば仕方がないのだが
それでも担任としてしなければならないことはするし、
それはいくらがお気に入りの生徒でも、譲れない部分なのである
(・・・・・)
苦笑した
最近は、自分から社会見学に参加したり、わからないところを質問にきたりしてくるに慣れてしまっていたが
1年の夏くらいまでは、必要以上は会話しなかった
向こうが寄ってこなかったし、必要性もなかった
自由奔放に、好きなことをして楽しんでいるには、自分のような教師は煩わしいのだろう、と理解し苦笑したものだ
担任として、
「まぁ、いい」
何がどうなってか、今はそうではない
は馴れ馴れしすぎはするけれど、向こうから氷室に寄ってくるようなったし
その様子には当初感じたような、警戒や畏怖がない
むしろ親しみを込めて呼ぶのだ
「先生」と
(・・・そういえばヒムロッチと呼ばなくなったな)
ありがちな、生徒達の間だけでの教師の呼び方
本人の前で堂々と呼び掛けては、彼女は悪戯な顔で笑っていたっけ
聞くたびに、やめなさい、と注意していたものだったが
(いつからだ? そう呼ばなくなったのは・・・)
氷室としては嬉しい
そんなふざけたあだ名で呼ばれるのはどうしても好きになれないから
大体、そういう呼び方は「からかい半分」で生まれたものなのだろうし

それから30分もすると、講堂は片付いた
その場で解散が言い渡され、生徒達は帰っていく
氷室は最後に講堂を出て、鍵をかけて職員室へ向かった

2時
氷室はを探して校舎の裏へと歩いていた
一緒に作業をしていた生徒が、がそちらへ向かったと言ったからだ
(思い出すな・・・・・)
この道は、ちょうど一年前に歩いた道だ
教会へ続く、道
入学式の前に散歩をしていて、そして
「・・・・・・・・・
ここでに出会った
彼女は慌てたように走っていて、角をまがったところでぶつかったのだ
まっさらな制服を着て

ざぁっ、と風が吹いた
まるで桜ふぶき
その中に、がいた
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
きれいだと感じる
1年の頃に比べたら少し伸びた髪が、風になびいている
は桜を見上げて、動かなかった

思わず声をかける
その声に、は振り向いて「先生」と
にっこり笑った
惜し気もなく、見せるその笑顔に心が揺れる
「こんなところにいたのか」
「ゴミ捨ての帰りです〜」
「そうか、今日は御苦労だったな
 ・・・・仕事はこれで終わりだ、皆もう帰った」
「はーい」
また、風が吹いた
が桜を見上げて、つられて氷室も見上げた
空が桃色に染まる
ああ、去年もそう感じた
と出会った後に、その日は一人で見たのだけれど
「私、桜って好きだな〜」
大きくのびをして、が言った
「ここの桜、きれいですよねっ」
「そうだな」
君も、と
いいかけて、氷室は慌てて言葉を飲み込んだ
何を考えているのだ
相手は生徒で、自分は教師だというのに
まるで女を相手にしているようなセリフ
それをつい、口に出しそうになって氷室は自分に苦笑した
(どうかしている・・・)
コホン、とひとつせき払いをした
、遅くなったが昼食を取りにいく
 帰る用意はできているな?」
「えっ?」
「入学式の手伝いに出た生徒には、教師が食事につれていってもいいということになっている」
「ほんとっ? ラッキー!!」
嬉しそうにはしゃいで、は笑った
「先生のおごりってこと?!」
「そうだ、行くぞ」
「はぁーいっ」
側においてあった鞄を取って、が先に歩き出した
その後ろ姿を追い、氷室はその髪に桜の花びらをみつける
「・・・・、まちなさい」
「?」
ああ、思い出す
1年前も、はもうして髪に桜の花びらをつけていた
おかしくなって、氷室は立ち止まって振り返ったの側へ歩を進めた
「髪に花びらがついている、取るからじっとしていなさい」
「・・・・?」
大人しく、立ち止まって氷室を見つめているの髪に触れた
さらり、と明るい色が流れる
ひらひらと、一枚桃色のそれを取り上げて、氷室は微笑した
「知っているか?」
「?」
が無言で見上げてくる
その目を見つめた
好奇心に溢れた、明るい目
それには子供特有のきらきらとした光がいくつも浮かんでいた
「君は入学式の日も、こうして髪に桜の花びらをつけていた」
「え?!」
思い出す、ぶつかった時の慌てたの顔
頬を紅潮させて、ロクに自分の顔も見ずに頭を下げて走っていったのだ
「ここで私とぶつかっただろう、あの時だ」
「え?! あれ先生だったの?!
 私、慌ててたから相手の人のことなんか見てなかったっ」
驚いたように、は言うと目を丸くして氷室を見た
「そうだな、慌てていた
 君ももう2年になるのだから、もう少し落ち着きを持つように
 それがこの1年の君の課題だ」
「ふぁーーい」
情けないような顔で返事をしたに、氷室はくすと笑った
あの日には、取ってやれなかった桃色の花びら
今は氷室の手から、ひらひらと落ちていった
少女は自分のすぐ側にいる
「では、食事に行こう」
「はいっ」
「都合のいい時だけ返事がいいのも直しなさい」
「はぁーーーい」
またが歩き出す
跳ねるように氷室の前を行きながら、小さな声が聞こえた
「2年も先生のクラスだったらいいな」
それは独り言か、
風の音にまぎれて、わずかにしか聞こえなかったが
「・・・・」
氷室の中に、あたたかい風がふいた
あと数日で、との1年がまた始まる


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