社会見学 (氷×主)


3学期はじまって、はじめての社会見学を氷室は植物園に決定した
外は寒いが、温室の花はさぞかし元気に咲いていることだろう
丁度、この窓の下で走って下校していくのように

3学期の始業式の日、得意顔でが職員室にやってきた
「どうした?」
「ふふふ、見て驚くなっ」
にまにまと、不敵な笑みを浮かべて彼女が差し出したのは一冊の見覚えある本の表紙
氷室印の数学書である
「これは・・・」
「冬休み明けに提出って言ったよねっ
 見よっ」
受け取って、中をめくったら問題の部分がきちんと解かれてある
「・・・・・これは・・・・・」
驚きと、感動が一度に襲ってきたような感覚だった
まさか本当にやってくるとは思っていなかった
は数学が苦手で、どうも勉強することもあまり好きなようではない
冬休みは2週間と短く、正月が明けたらすぐに三学期がはじまるのだ
そんな中で、まさかこれを提出してくるとは思わなかった
「驚いた?」
その言葉に氷室はを見て満足そうにうなずいた
「素晴らしい
 採点して、後日返却する」
はぁい、と
彼女は満足そうに職員室を出ていった
それが、1週間程前のこと

「・・・・・」
の姿が見えなくなって、氷室は自分の席についた
机の上に乗っている氷室印を取り上げページをめくる
おどろく程に完璧に、解かれた問題達
時々簡単な計算ミスがあるものの、出来としては80点をやりたい程のものである
(・・・素晴らしい)
返却するのが惜しい程に、このことは氷室を驚かせた
(入学したての頃は50点も取れなかったのに・・・)
赤点、補習と、結局去年は全ての補習に名前を列ねていた
が、これほどの意欲を見せたことが何より氷室には嬉しい
担任冥利につきるというものだ
苦手科目を克服すれば、は間違いなく氷室学級のエースになれる
「・・・・楽しみだ」
自分の生徒が、自分の教科をやる気になってくれるのは嬉しいものである

次の日、社会見学の通達をした時に 窓際の席から手が上がった
(!?)
思わず、と視線を合わせた
にこっ、と少し照れたように手を上げた彼女が、社会見学に参加するのは入学以来初めてのことだった
「では植物園前に10時に集合だ、遅れないように」
必要事項をつげながら、氷室の心が踊った
今までそんなものには興味のかけらすら示さなかったが、
何を思ったか自分から参加すると言うなんて
驚きの混じった喜びに、氷室の口元には微笑が浮かんだ

さて、日曜の10時である
植物園前に集まった生徒達は、去年もだいたい社会見学に参加していたメンバーである
そろって氷室のお気に入りの、真面目に勉強に取り組む生徒達
最初の社会見学から、欠かさず参加している生徒も何人かいる
「では国の植物コーナーを見学する
 後日レポートを提出してもらうからそのつもりで」
生徒達はパラパラとそれぞれにコースへと歩き出した
は慣れないことにキヨロキョロしながら入り口付近でもたついている
「どうした、
 中へ入りなさい」
声をかけると、いつもとちがう不安気な顔をしていた
「レポートもあるの〜?」
続いて出たのは情けない声
呆れて、氷室は眉を寄せた
「当然だ
 これは社会見学であって遊びではない
 もちろんレポート提出もある」
はじめて参加するには、驚きだったのだろうか
ただ、皆で見学するだけだと思って気軽に参加したのだろう
今さらうろたえているがおかしくて、氷室はわざと冷たく言った
「言っておくが、中途半端なものは受けとらない」
「ふえ〜」
「そんな顔をするな
 植物は嫌いか? 国には大きくて珍しい色形のものが多く生息している
 君の視点で見て、君らしいレポートを出しなさい」
あまりにおかしくて、氷室はに悟られないよう微笑した
「だって〜・・・
 先生とでかけられると思ったから参加したのに〜」
「?」
まだもたもたしているの背中を軽く押した
「ほら、行きなさい」
「先生のお気に入りになるのって大変だなぁっ」
独り言なのか、は言うと歩き出した
その後ろ姿に、氷室はもう一度微笑した

時間終了の真際、氷室は集まり出した生徒を確認しながらの姿を探した
出口の側で何やら男性と話をしている
あれはここの職員だろうか
まったく、あの人なつこさには感心する
誰かれかまわず話し掛けていくのだから、社交的というか何というか
「では、レポートの期限は一週間後だ
 帰りは寄り道せずにまっすぐ帰るように」
解散後、はまっ先に帰っていった
(・・・まったく・・・・・)
さっきは職員と何を話していたのだろうか
やはりこの社会見学の雰囲気が彼女には合わなかったのか
挨拶もそこそこに帰ってしまったを、氷室は少しだけ物足りなく感じた

さて、一週間後 期限ギリギリになってのレポートが提出された
クラブから戻ったら、職員室の机の上に置いてあったのだ
中には少々いびつな彼女手書きの花の絵や、植物の写真(植物園の職員からもらったのであろう、あの場所に咲いていた種類のものだ)がはられており、国の気候と、生息する花の種類と鳥の関係、大きさや色、匂いに関してまで調べてあった
それらから考察する「植物と環境」が最後にまとめられてある
わかりやすい簡潔な文章で、だがよくまとまっていた
どこか遊び感覚な絵の多いカラフルなレポートだったが、読み終えて氷室は満足した
「上出来だ・・・」
あれから自分で何度か植物園に行ったのだろうか
それ程によく観察されている
あんな短時間では見れないようなところまでしっかりと
の意欲と姿勢に、氷室は顔をほころばせた
嬉しくて仕方がない
教師なのだから当然だと、氷室は思う
自分のクラスの生徒が、こんなにも真剣に取り組んでくれたら、それ以上の喜びはないのだ
教師として、これは当たり前の感情だと氷室は理解している

次の日、氷室は氷室印の数学書と、植物レポートをに返却した
「良く頑張った、大変いい出来だった」
数学の方は、もう少し計算ミスをなくしなさい、と
付け加えた言葉には嬉しそうに破顔した
「一回目っ」
「ん? 何がだ?」
「先生に誉められるのがっ」
数えることにしたのだと、は笑った
「・・・・また君はくだらないことを・・・」
「くだらなくないもん
 先生に誉められるために一生懸命やるんだもんっ」
返された本とレポートを抱きしめ笑う顔が愛しくて、氷室は無意識に微笑した
「では、君が1年の終わりまでに何度私に誉めさせてくれるか、楽しみにしている」
「しててっ」
「ではまずは、その言葉使いをなんとかしなさい
 教師には敬語で、
 他の先生方にもちゃんと敬語で話しなさい」
「はぁいっ」
にこにこと、明るい顔でまったく悪びれないに氷室は苦笑した
いつもいつも、何を考えているのかわからないが、
だがそれでも、この愛しさは変わらない
それどころか、ますます増す一方なのだ
こんなことをいわれれば尚更、可愛くて仕方がない
クラスの、誰よりも
「先生、また明日ねっ」
パタパタと、は去っていく
その後ろ姿を見つめて、氷室はまた微笑した
最近の自分はとても、心が穏やかだ
彼女の、せいだろうか
はっきりとした答えを、氷室は出さずにただ、一人微笑んだ


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