帰り道 (氷×主)


朝、いつもより早い時間に学校について、氷室は廊下から窓の外を見ていた
文化祭まであと1週間もない
運動部の朝練に登校してくる生徒の他に、文化祭準備のために早くに登校する生徒が目立った
 もそのうちの一人である
今年のクラスの出し物は喫茶店
女子の圧倒的な主張によりそう決まったわけだが、文化委員のの人徳か男子もよく協力して毎日朝から放課後まで、机や椅子を作っている
当日は自分達の教室を使ってやるため、内装ができるのは前日の一日だけ
その日は授業は全て休みで、まるまる1日文化祭準備にあてられているのだが
それまでのあいだ、と
机は分解されて教室の後ろに、
椅子はいくつも重ねられてベランダに出されている
毎日木材を切ったりしているため、掃除をしても床に木屑が落ちているし、
ゴチャゴチャと、いたる隙間に大工道具が置いてある風景というのはどこか落ち着かない
(・・・早く終わってほしいものだ)
早く登校してくる生徒達のために、教師もいつもより早く登校する
普段使わないようなノコギリ等の道具を使ったり、脚立で高いところにのぼったり
廊下にペンキが置きっぱなしになっていたり、設置してあるものが崩れたり
事故はどんなに注意していても起こる
高校生達には、熱中しすぎて周りが見えていないのである
昨日も、
昨日も事故があった
1年のクラスのお化け屋敷の壁を作っていた机と椅子が崩れ落ちたのだ
上で作業していた男子が一人、落ちて打撲と打ち身
下で落ちてきた椅子にあたった男子が同じ様な怪我を
それに、巻き込まれたが、やはり打ち身と顔に切り傷を作った
(・・・・・・・・・)
思い出して、氷室はイラだたしさに舌打ちした
机と椅子を積み上げて壁を作るというからには、押しても叩いても崩れないようしっかり固定するのは基本中の基本
それをクリアした上で安全のためにまわりをダンボールで覆う
それが、今回の文化祭の「机を使って壁を作る」と企画書を出してきたそのクラスに課された条件だったはずだ
姫条をはじめ、お祭り騒ぎの好きな男子の多いクラスだ
出し物にお化け屋敷を選ぶのも、ああいう事故を出すのも予想はできた
だがそれに、自分のクラスのが、巻き込まれるとは夢にも思わなかった
毎日朝早くに来て、授業のあとは放課後遅くまで残って 皆と作業をしている
明るい性格からクラスの者に慕われて、文化祭では中心になって作業を進めている
少なくとも、担任の目にはそう映る
昨日も、ミシンを取りに行ったきりなかなか戻ってこないを皆が心配していた
彼女を家まで送った後で、それを伝えに行ったらその場の全員が一様に心配気な顔をしていたのだ
たいしたことがなかったから良かったものの
ガラスの破片が目に入っていたらどうするのだ
落ちて来た机や椅子にマトモに当たっていたらどうするのだ
あんなことではすまなかった
なのに本人といえば、何も感じていないのかケロリとしているのだ
こちらが心配するのがバカらしいくらいに
(・・・まったく・・・・・)
チラ、と腕時計を見た
そろそろが登校してくる時間だ
怪我をしたが、いつものように早く来ればの話だが

しばらく校門をくぐる生徒の様子を見ていた
そうして、遠くに
いつもが帰っていく方向に、人影が見えた
見覚えある明るい髪色の少女と、その隣の背の高い男子生徒
その姿を確認して、氷室はまたイライラとした
まどかだ
の鞄と自分の鞄を片手で持って、もう片方はしきりに動かしながら隣のに何やら話している
ここまで声が聞こえてきそうな、明るい顔でが笑う
背の高いまどかを見上げるようにして、
まどかは身体ごとの方へ向けて、楽しげに
二人は仲良く校門をくぐった
(何なんだ・・・・・)
はどうしてだかまどかと仲がいい
クラスも違うし、体育などの合同授業で一緒というわけでもない
共通点といえば、数学の補習の時に二人とも必ずいるということくらいか
好奇心旺盛で、明るいには、まどかのような人間が一緒にいて楽しいのだろうということはわかる
友人を多く持つことはとてもいいことだし、
違うクラスの生徒ともすぐに仲良くなれるの性格を、氷室は高く評価している
だが、
だが、それだけではすまない何かもやもやとした気持ちが氷室の胸を支配していた
気分が良くない
まだ包帯を巻いてはいるが、怪我はそれほど痛まないようで、
元気にぶんぶん振っている
それにはほっとする
だがそれでも、氷室の胸にたまっている重いものは消えなかった
これは多分、まどかを許せないと思う気持ちなのだ
大切な自分の生徒を怪我させたまどかへの怒りなのだ
そして、
何もできない自分への、わけのわからない焦りなのだ

その日の朝のS.H.Rの時間、側での顔を見て氷室はぎくりとした
昨日はってあったバンソウコウをもう取っていたのだが、その傷が思ったよりも深く残っているのだ
(・・・思ったより目立つな・・・・・・)
まわりの男子がチラチラと、の傷を見ている
本人はさして気にしていないようだが、
可愛い顔には、とても違和感のある傷だった
心配気な女子の、視線も時々その傷へ飛ぶ
(治るまで見せなければいいものを・・・・)
何か、がさらされているようで嫌だった
自分はどうしたというのだろう
こんなにもを気にして
まるで自分のことのように
いや、それ以上に
これが他の生徒なら、ここまで自分は思っただろうか

その日の放課後、一番遅くまでは教室に残っていた
「まだ帰らないのか」
クラブの指導を終えて、戻ってきた教室にが一人だったのに 氷室は少しほっとした
何故だかはわからなかったが、これでまた、まどかなんかがいた日には、冷静が保てないような気がするのだ
なんとなく、理由はわからないけれど
「もーちょっとで終わるんです〜」
ガタガタと一人ミシンをかけながら、は言う
さっき、下校を促す放送が入ったのは知っている
でもどうしても今日中に終わらせてしまいたかったのだ
この作業を
そうしたら、明日は内装に使う花のことや、当日の仕事分担なんかの話ができる
そう思って一人でねばっていた
そこに氷室が現れたのだ
「先生、もーちょっとだけ待って〜」
ミシンをかけながらこちらを見もせずにいうに苦笑して、氷室は側の椅子に座った
「いいだろう、終わらせてしまいなさい」
「うわーん、ありがとうヒムロッチ〜」
「・・・・ヒムロッチはやめなさいと言っただろう」
「あっ、つい癖で」
にこっと悪戯っぽく笑って、は白い布にミシンをかけ、机の上に散らかっているレースをたぐりよせて縫い付けていく
その手際のよさに感心するも、氷室にはが何を作っているのかさっぱりわからない
「・・・・それは何だ?」
「これは女の子のウェイトレスのエプロンですっ」
全員の分を作っているのだと、側のダンボールを指さした
中には大量の完成品
そして、今が作っている分で全部だった
「うわーんっ、できたーーーっ」
溜め息と一緒に大きく伸びをして、はその出来たものを腰にくくりつけた
「ほら、可愛い?」
なるほど、喫茶店のウェイトレスがしているようなフリフリのエプロンだ
いささかレースが多すぎるような気がするが、それでも制服によく合っていて悪くない
「疲れた〜!!! でもできて良かった」
「君は本当によく頑張るな・・・」
を見ていると、どうしてだか安らいだような気分になった
朝から非常に機嫌が悪く、その原因もだということに気づいていたが
こんなにも、
こんなにも違うものなのか
誰かとがいるのを見るのと、
二人きりで、といるのと、
「終わったなら帰る支度をしなさい、送っていく」
「え?! 」
「もう遅い、外は暗い
 姫条は帰りはいないのだろう」
ひっかかっていたことが、無意識に出てしまった
はっとして、それから小さく息を吐いた
何を言っているんだろう
明らかに、自分はまどかに嫉妬している
「姫条くん?」
鞄の中に教科書をつめながらがキョトンとしてこちらを見る
「・・・・今朝、一緒に登校していたのを見かけた
 いつも、そうなのか?」
「姫条くん、なんか昨日のことで責任感じちゃって・・・
 私の手が治るまで荷物持ちしてくれるっていって朝、迎えに来てくれたの」
急に困ったような顔になっては言うと、にこっと笑った
「そんなに責任感じることないのにー
 手だって明日は包帯取るんだー」
ブンブンと振り回しては氷室を見た
その顔に、新しい傷が目立つ
「・・・まだバンソウコウは貼っておいた方がいい
 皆が見るだろう? 嫌じゃないのか?」
気遣うように、氷室が言った
この傷を見ると、どうしようもなくイライラするのだ
まどかにも、自分にも
「別に嫌じゃないよ?
 だって自分じゃ見えないもんっ」
痛くないから忘れてるし、と
は鞄を持って立ち上がった
「かしなさい」
「え?!」
手を差し出す氷室にが驚いてその顔をみつめる
「姫条も中途半端なことをする
 迎えに行くなら、帰りもきちんと送るべきだと思うが」
「あっ、でも姫条くんバイトあるから」
「だから中途半端だと言うんだ」
の手から鞄を取って、氷室はドアへと歩き出した
慌てて後を追うに、つぶやいた
「姫条などには送らせないがな・・・」
それはには聞こえなかったが

包帯を巻いた手をぶんぶんふりながら遠ざかっていく姿を、氷室はバックミラーで見ていた
走る車の中で溜め息を落とす
さっきまで助手席に乗っていた少女
いつも教室でそうであるように、何でもないことを楽しそうに話しては笑った
朝の気分はどこへやら
まどかが、
楽しげにしているのもうなずける
は一緒にいる者を明るくさせる何かを持っている
彼女が何より楽しそうだから余計だろうか
を大切に思うからこそ、
そのが楽しげに笑うのを見るのが、何より心が晴れる
まどかも、同じなのだろうか

車は走っていく
もう走り慣れた、の家経由の道を


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