冷たい手 (氷×主)


文化祭がせまってきた
発表のある演劇部や吹奏楽部もさることながら、各クラスも最後の追い上げに気合いが入ってきている
本番まで、あと一週間

「委員長〜木材が足りない〜」
、花の配置どーする?」
「テーブルクロスの布が足りないよー」
ここ一週間、午後からの授業がカットとなり 生徒達は文化祭の準備に明け暮れている
クラブの時間になればチラホラと抜けていく者がいるものの、達のクラスは1年にしてはそこそこの結束を見せていた
「ミシンが壊れたーーー!!!
 、直してーーーーーーっっ」
ガラリと教室に入ってきた女の子達が雑然とした教室にミシンを運び込み、
それでは男子数人としていた作業を一旦中止した
「ちょっと休憩〜オレ何か買ってくるわ」
木屑まみれの男子が数人、飲み物を買いに出ていく
木材が教室の隅に並べられ、電子ノコギリややすりやカナヅチなどの大工道具があたりに散らばっている
達のクラスは喫茶店をやるのだ
テーブル、イス、テーブルクロス、コースター、飾りの花、
作るものはいっぱいあった
組み立てては教室に置いておけないから、と 後ろの方にテーブルの部品が積み上げられている
「針が折れて縫えなくなった」
女子は隣の教室を借りてテーブルクロスを縫っていたのだ
皆、慣れない作業に奮戦している
「あちゃ、替えの針買ってなかったよねー
 しょーがない、クラブからもらってくるよ」
ついでにミシンももう一台持ってこよう、と
は女の子達を残して、一人被服室へと向かった

途中、まどかに会った
まどかのクラスはお化け屋敷らしく、普段あまり使われていない特別教室を2つ使って、すでに中の設置を始めていた
ちゃん〜どこ行くん?」
両手にダンボールを抱えて、タオルではちまきをしながらまどかが手を振っている
「被服室〜ミシン取ってこなきゃなんないの」
側まで来ては答えた
特別教室の使用は、作りながら組み立てられるからうらやましい
自分達みたいに、教室の隅に置く場所に困りながら積み上げることもないのだし
「別に急いでるわけちゃうんやろ?
 ちょっと入ってかへん?
 結構できあがってきたんやでー」
「えー、でもそしたら当日の楽しみがなくなるー」
「大丈夫やって、当日はもっと怖いからっ」
それで、好奇心が勝って、作りかけのお化け屋敷に入った
「足下気つけてな、ちょっと暗いとこあるから」
外からまどかの声がかかり、返事をしながら中を進んだ
窓に暗幕がかけられて、光がいっさい入らない
足下がぐにゃぐにゃしていたり、角を曲がってすぐのところに鏡がかかっていたり、白い着物の人形が立っていたり(しかも等身大)
(き・・・きもちわるい〜)
壁にすがるとヌルリとした感触が指先に触れて鳥肌がたった
コツン、と足下に何かが触れたと思ってみると人形の首だけが転がっていく
(いやーーーーーっ)
嫌な感じに怖い
作りかけでこんななんだから、当日はもっと凝ったものができるのだろう
見ると天井から糸が何本も釣られているから、上から何かが落ちてきたりするのだろうか
男の子のパワーがないと、できない出し物だなぁ、と
思った時、ガタドタン、とすぐ側でものすごい音がした
「どうかした?」
何か壊れたのだろうか
驚いて、わずかに光のさしこむ目の前のドアを開けた
「あっ、開けたらあかんっ」
「え?!」
途端に視界いっぱいの机、イス、机
「危ないっ、離れぇっ」
だが、遅かった
ドアのすぐ側でくずれないように支えていたまどかと、
今まさにドアを開けてしまったの上に、イスがいきおいよく降ってきた
「・・・・・・・・・っっ」
声も出なかった
思わず目をつぶって、それだけ
それだけしかできなかった

ガチャーン

耳もとで、ドアのガラスが割れた音がして、
それからまどかの腕に抱かれた
身体が倒れるのを感じて、床にぶつかった鈍い衝撃の後、ものすごい音がした
積み上げられたイスがいくつもいくつも降ってきた

「だ・・・大丈夫か?」
目をあけると、まどかの顔があった
青ざめていて、いつもの不敵なまどからしくなかった
「血が・・・・血出てる
 ちゃん、他痛いとこないか?」
彼が困惑したように頬に触れて、その指先に赤い血がついた
割れたガラスが散って、頬を切ったのだろう
目を閉じていてよかった
もしかしたら目を傷つけていたかもしれない
いや、それよりも
「姫条くんは?!
 私、平気だけど、姫条くん庇ってくれたから・・・」
ああ、自分がドアを開けたからこっち側に倒れてしまったのだ
どうやら向こう側で作業していた子が上から落ちたらしく積んであったものがその子の体重で崩れてしまったらしい
私が開けなければ、こんな大惨事にはならなかったのに
ドアに支えられて、こんなに椅子が降ってくることはなかったのに
「俺は大丈夫や
 なんたって丈夫やからなー
 ちゃん、腕にかすってんな・・・ほんまにごめんな」
しゅん、としてまどかがの腕を取った
半袖からのぞいた腕に何ケ所か、重いもので打ち付けられた痕が残っている
まどかが庇ってくれたけれど、それでも何ケ所かは当たってしまったらしい
言われてみれば少し痛い気がする
でも今はそれよりも、まどかの怪我の方が気になる
「姫条くん、保健室に行った方がいいよ
 背中とか、当たったんじゃない?」
「俺は大丈夫や、それより・・・」
まどかが、ガタガタと、崩れた椅子を片付け出したクラスメイトを見た
そして、そのできた空間に見えた教師の姿に苦笑した
っ?!」
「・・・・・先生・・・」
知らせを聞いてか、何人かの先生が駆け付けてきていた
その中に氷室もいた
「どうしたんだっ、巻き込まれたのかっ?!」
厳しい口調で氷室がまどかを睨み付け、それから椅子がどかされた空間を通ってこちら側まできた
あたりにはガラスの破片が飛び散って、とまどかはその中にへたりこんでいる
「・・・・・・・・・・・血が出ているじゃないか・・・」
の側に膝をついて、その身体を抱き上げて氷室はまどかに視線を移した
冷たい一瞥
だがすぐに、氷室はを連れて保健室へ向かった

が保険医に手当てを受けている間、イライラした様子で氷室は黙って立っていた
「顔の傷は清潔にしておいてね
 この分だと残ることはないと思うから
 腕は痣になるだろうけどそのうち消えるわ
 あんまり痛むようだったらまたいらっしゃい」
保険医は、それだけ言うと救急箱を持って保健室を出た
さっきの現場に戻るのだろう
まどかが怪我をしているし、他にも怪我をした人がいるかもしれない
「あの・・・先生・・・・・」
二人きりになって、はおそるおそる氷室を見た
ここまで抱き上げられて連れてこられた
さっきの事故からここに来るまで、驚きっぱなしで何が何だかわかになかったが、冷静になるとドキドキしだした
(力もちなんだぁ・・・・・)
けして痩せているわけではない私を軽々とここまで運んできた
だが、今、その彼はものすごく怒っている
「先生・・・?」
「どうして、」
低い、声だった
「え?」
「どうしてあんなところにいた?
 どうしてあんなことになった?」
冷たい目で見つめられて、は身がすくんだ
怒っている氷室など久しぶりにみる
小テストで点が取れなかったり、当てられた問題がわからなかったり、
宿題をやらずに行ったり、
そんな時にはよく見る顔
いや、それよりももっと冷たい目
「えっと・・・中を見せてくれるって言われて・・・」
まるで授業中みたいにピリピリした空気の中で、は居心地悪く答えた
「私がドアを開けちゃったから全部崩れちゃったんです」
「違う、椅子や机を組み上げて使う構造にも関わらず固定をしっかりしなかったからだ
 そんな未完成なものに君を誘って中に入れるなど危険すぎる
 そのことに思い至らないとは、姫条は何を考えているんだ」
イライラを、吐き出すかのように一気に言って 氷室はを見た
それから側の椅子に腰掛けて、溜め息をついた
目が、心配そうにこちらを見ている
もう、怒っていないのか
それとも、

「心配させるな
 君は少しうかつすぎやしないか?
 何かあったらどうするんだ、こんな・・・顔に傷を作って・・・」
す・・・・と、
氷室の手が頬に触れて、それで驚いては動きを止めた
触っている
先生が、私の頬に触っている
「・・・・気をつけなさい
 たいしたことがなかったから良かったものの・・・」
「はい・・・・」
ボンヤリ、と
冷たい氷室の手の感触を感じていた
こんな風にされると、ドキドキする
相手は先生で、さっきまで怒られていたのに


その時、

ちゃんっ」
勢い良くドアが開き、まどかが部屋に入ってきた
反射的に氷室は手を引き、きつい目がまどかを睨み付ける
ちゃんっ
 ほんまゴメンなっ、痛くないか?!」
自分こそ、湿布だらけの包帯だらけの姿で、まどかが心配気にの顔を覗き込む
「大丈夫だって
 姫条くんが庇ってくれたから平気!」
「でも顔が・・・」
「これもちょっと切っただけだって、すぐ治るよ」
「ああっ、せっかくの可愛い顔がーーーっ
 ほんまにゴメンやで、傷が残っても俺が嫁にもらったるからなっ」
まどかの手がに伸びて、氷室がしたように その頬に触ろうとした
瞬間ムカ、と
氷室はまどかの手を払い、冷たい目で睨み付けた
「姫条、はお前に貰ってもらう必要など全くない
 傷は残らず回復するが、たとえ残ってもお前などは必要ない」
自分でも驚く程に冷たく言い放ち、氷室は視線で出ていけと示す
「・・・・」
不満気に、
突然のことに驚いた様子で、
だが、騒ぎを起こした本人として、に怪我をさせてしまった者として、
の担任に出ていけと言われたら まどかにはそうするしかなかった
「ごめんな、ちゃん」
「うん、心配しないで」
申し訳無さそうに、まどかはに視線をやり、それから氷室の方をいっさい見ずに出ていった
イライラとした気分が氷室を支配する
何なのだ
に怪我をさせておいて、顔に傷までつけておいて、傷が残ったら貰ってやる?
を何だと思っているのだ
無礼にも程がある
何か、自分の大切なものを汚された気がして氷室は不快な気分に支配された
「先生、姫条くんは悪くないんです・・・庇ってくれたんです、本当に」
「君が一つも怪我をしていなかったら庇ったと言えるが」
溜め息を吐いて、氷室はつぶやいた
どうも、余裕がなさすぎる
どうしたというのだ
たしかに自分のクラスのお気に入りの生徒が、怪我をした
あんなチヤラチャラした問題児のために、
奴がもっと気をつけていれば、こんなことにはならなかったのに
そして、
こんなに気に病んでいるのが自分だけで、当のはケロッとしているのもまたもどかしい
可愛い顔にバンソウコウを貼って、伺うように自分を見ている
気にならないのか
女の子が顔に傷がついてしまったのに
「だってそんなにたいしたものじゃないし、治るって保険の先生言ってたし」
首をかしげて、は言った
それから、少しだけ笑った
(嬉しいな、こんなに心配してくれてるんだ)
悪戯心で言ってみた
「じゃあもし、治らなかったら 先生がお嫁にもらってくれる?」
「?!」
にこり、
答えられなかった氷室に、は笑った
「大丈夫〜
 私、丈夫だからすぐ治りますって」

その日、氷室はを車で送った
作業の途中だと言うのを無理矢理に車に乗せ、とりあえず今日は安静に、と家まで連れて帰ってきた
「ちゃんとみんなに言っといてくださいねっ」
名残惜しそうに言うに半ば呆れながら氷室はうなずいた
「痛むようなら言いなさい」
「はぁい」
先程のは冗談だったのか、いつもの調子ではひらひらと手を振った
冷静を装い、車を発車させる
自分でも理解できない程に、のこととなると揺れる心
心配したり、怒ったり、イライラしたり、動揺したり
(・・・まったく、人騒がせな・・・・)
説明のつかない気持ちの全てを、その一言で片付けて氷室は苦笑した
今は深くは考えてはいけない
 という少女に関してだけ、激しく気持ちが動くのだと
それだけで今は充分だった
氷室は答えを、まだ出さない


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