野菜クレープ (氷×主)


夏休み、手芸部では学校で合宿が行われていた
9月にある作品展の、共同作品製作のためだ
2泊3日の短いものだけど、にとって初めての合宿で、学校に泊まるというのは何かと楽しいことだらけだった

「チェックの布もっと増やす? ピンクももう少し買っておこうか
 ボンドと・・・・針もなかったよね、ついでに見てくるね」
夕方、は一人で買い出しに出た
他のみんなは夕食の用意をしていて手が離せない
先に買い出しに出た子を追い掛けるようにも校門を出た
朝から晩まで作業ばかりで、疲れるけれどとても楽しい
ご飯を作って、友達と楽しく食べて
それから夜中までまた作業をしてクタクタになって眠る
手芸部の子達は皆 料理もそれなりで昨日の夕食もおいしかった
今日は何だろう、と
当番の子が今作っているメニューに思いをはせる
明日で合宿は終わりだから今夜が最後の夜だ、と
うきうきした心では歩いた

帰り道、校門の側に氷室がいた
「センセ? 何してるの?」
声をかけると氷室は振り向き、少しだけ眉を寄せた
「教師には敬語を使いなさい」
いつものお決まりのセリフには笑う
「はぁい、センセイは何をしてるんですか?」
覗き込むように顔を見つめると、氷室はせき払いを一つしてまた眉を寄せた
「合宿の最中だったんだが・・・」
いいにくそうにあらぬ方向を見て、それから宙をみつめたままつぶやいた
「食事当番の料理がマズかったのか、暑さで食材がいたんでしまったのか
 ・・・部員に食中毒者が出た
 今、病院まで連れていったところだ」
一瞬ポカン、と
あきれては氷室の顔をみつめた
「え・・・先生は食べなかったんですか?」
「ああ」
忙しくしていて食べる暇がなかった、と
言って氷室はの抱えている荷物に目を向けた
「それは?」
「クラブで使うんです
 私達も合宿中なんで」
手にズシリと重いビニール袋二つ
布が大量に入っているから 店からここまでの道のりで、袋がくいこんで手が真っ赤になっていた
「家庭科室まで持って上がるのか
 ひとつ貸しなさい」
氷室は手を差し出した
一人でこんなに大荷物を?
家庭科室は3階だから そこまで上がるのは大変だろう
「え?! いいよそんな・・・先生忙しいでしょ?」
「いや、合宿は中止になった」
今度は眉ひとつ動かさずに言い、氷室はから袋を一つ受け取った
「ホントにいいの?」
「問題ない」
音楽室も3階だから、ついでなのかな
だから手伝ってくれるんだろうか
何にしても優しいなぁ、と
はひそかに微笑んだ
最近、この怖いだけかと思った先生が、好きだ
無口で厳しくて不愛想だけれど、こういう優しいところもある
それを知って、なんとなく氷室に対しての気持ちが上向きはじめた
(最初が最悪だったから、それ以上は下がりようがないんだけどね)
3階まで、雑談しながら(ほとんどばかりが喋っていたが)上がり、家庭科室の前で荷物を受け取った
「ありがとうございましたっ」
にこり、
笑ったら、氷室も少しだけ微笑した
「君達は大丈夫だとは思うが・・・
 食中毒には気をつけなさい」
「はぁいっ」
去っていく氷室の後ろ姿を見ながらはふと思い当たる
忙しくて昼食を取れなかった上に、この食中毒騒動
もしかして、氷室は朝から何も食べていないのだろうか
(・・・お腹へってるんじゃ・・・)
家庭科室に戻って、夕食のあまりの食材を見た
野菜がくらいしか残っていない
「他になかったっけ?」
「えーどうだったかなぁ?
 あるものは全部使ってもいいけど」
結局、残り物の野菜とツナ缶と卵、それにホットケーキの素しか見つからなかった
「うーん・・・こんなの夕御飯にはならないなぁ」
これで作れるものといったら一つしか浮かばない
「・・・しょーがないかぁ」
ブツブツと、いいながら野菜を洗って切った
荷物を運んでくれたお礼だと言ったら、氷室は食べてくれるだろうか

それからできあがったものを皿に乗せて、は氷室を探した
最初、音楽室を覗いたものの見当たらず 2階の職員室まで下りていく
(もしかしてもぉ帰っちゃったかなぁ)
だったら、これは無駄になってしまうな、と
ガラリとドアをあけた
丁度、氷室が上着を持って立ち上がったところだった
「あっ、先生もー帰るの?」
「そうだが」
パタパタと駆け寄って、皿を渡す
「これは?」
「先生お昼食べてないんでしょ?
 お腹へってない?
 それ余り物で作ったんだけど・・・」
一気に喋って、それから少しだけ恥ずかしくなった
たいしたものは作れていないし、
もう帰るところなのなら、わざわざこんなオヤツみたいなものを食べて帰らなくてもいいかもしれない
「えーと・・・・」
言葉につまったに、氷室が優しい声で言った
が作ったのか・・・」
授業中にはめったに聞けないような声
普段のはまったく違う、穏やかな優しい声
「あ、うんっ
 大丈夫だよ、作りたてだから食中毒とかにはならないからっ」
ふ・・・と、氷室が笑った
(うわぁ・・・)
ドキっとするようなその優しい笑顔に の心臓が跳ねて、頬が自然と紅潮する
さっきの声といい、この微笑みといい
授業以外なら、とっても素敵なのになぁ
「そうか、いただこう」
氷室は言うと席に座り直し、中身の熱が伝って温かくなった皿を机に置いた
ラップをはずして、みどりの野菜のいっぱいつまったクレープを一つ取り上げる
「これは・・・」
「野菜クレープ
 こっちがツナとタマネギとたまご
 こっちがレタスとトマトとツナ!」
まだ胸がドキドキしている
それを押さえては説明した
ホットケーキの素を薄く焼きクレープ状にして、中に野菜を挟んだ
料理とは言えない簡単なものなのだけれど
「どぉ?」
頬張った氷室を覗き込んでは答えをまつ
「ね? おいしい?」
味には自信があるのだが、果たして氷室の口に合うのか
期待の目で見ていると、氷室が眉を寄せて言った
「・・・・そんなに見られては食べにくいだろう」
そうして、わずかに微笑んで おいしい、と言った
それがとても、嬉しかった

それから氷室は、がじっと見守る中 2つの野菜クレープを食べ終えた
「おいしかった? また作ってほしい?」
嬉しくて、は心を踊らせて言う
「ああ、ありがとう」
「えへっ、どういたしまして」
本当に嬉しそうに、頬を染めているに氷室の気分が晴れやかになる
こんなことで、こんなにも喜んで こんなにも笑っているが可愛い
可愛くて、仕方がなかった
「じゃあ、私戻りまーす
 先生は気をつけて帰ってねっ」
「ああ」
パタパタと、上機嫌で職員室を出ていく後ろ姿を見ながら氷室は微笑し、
それから小さくつぶやいた
「ちょっと甘かったが・・・」
まるでの笑顔のような、ほのかに甘いクレープ
甘いものが得意ではないのに、おいしいと感じたのはやはりが作ったものだからなのか
が、自分のためにわざわざ作ってきてくれたものだったからか
氷室はもう一度、の笑顔を思い出して満足気に微笑した
意外に家庭的なんだな、と それから一人つぶやいた
彼女の料理は甘くて、温かい
まるで本人のように


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