お気に入り (氷×主)


やっとテストが終わった
ああ、明日から夏休み
テストの答案用紙が集められる中、は大きく伸びをした
(あーん、やっぱり数学はできなかったー)
中学の頃から得意だった国語や英語はなんとかなった
まだそんなに難しくないし、他の教科もなんとか覚えればすむものばかり
だけど数学だけは、あれだけはどうにもならなかった
高校にはいっていきなり難しくなったし、
氷室先生の授業は難解だし、とにかく頭が受け付けない
だいたいあんなものをどうやって勉強したらいいのかもわからなくて
初めての大きなテストだったけれど散々だった
(ああっ、もぉ考えるのやめよう〜)
H.R開始のチャイムと同時に教室に氷室が入ってきたのを見て、はへたっていた机から身を起こした
もしかしたら追試とかがあるんだろうか
小テストで補習があるくらいだから、きっと今回のテストでもあるんだろう
氷室のことだから、夏休みに補習だなんてことを言い出すかもしれない
(もうこれ以上勉強なんかしたくないよー)
今はもう、やっと終わったテストのことなんか忘れて、夏休み明けにあるクラブの作品展のことだけを考えていたい
好きなことだけを考えていたい

「休みだからといって節度を超えた行動はしないこと
 各教科、先生方から出た宿題をきちんとこなすように
 数学に関しては今回のテストで点が悪かった者は夏休み最後の一週間で補習をする
 あとで補習者をはり出しておくから確認しておくように」
思った通りのセリフを吐き、氷室は2.3注意事項を並べてH.Rを終えた
、もしかして補習組?」
「うわーーーんっ、最低ーーーー !!!
 ヒムロッチのバカー!!」
ざわざわと、騒がしい教室の中でもわめく
きっと補習組だ
だって半分も答えをうめられなかったんだから
「何よーーー!!!
 一週間も補習なんかすることないのに!!」
「掲示板見に行く? もしかしたら違うかもよ?」
「・・・・・うん・・・」

仲のいい友達と二人して、クラブに行くついでに職員室の前の掲示板へ向かった
何人かの生徒が集まって見ている
嘆いている者や、胸をなで下ろしている者色々
そんな中背伸びをしても紙を覗き込んだ
「あー・・・、残念
 ちゃあんと名前、載ってるよ」
「やっぱり・・・・・」
友達の指す先には と書いてある
覚悟はしていたけど、やっぱりガックリする
本当は書いたところが全部正解で、ギリギリセーフなんかになってたらいいなぁなんてちょっとだけ期待していたから
「あーあ、やだなぁ・・・・」
自分の他にも50名程の名前が並んでいる
眺めながら、だんだんとあきれてきた
「こんなにたくさん補習するなんてヒムロッチも熱心だなぁ」
先生だって夏休みをさいて出てくるわけだし、
そもそも補習なんかしたってお給料が増えるわけでもないのに
「ほんまや、ほんまや
 こんなにおるんやからオレとちゃんくらいは勘弁してくれてもええやんな」
突然、背後で声がして 振り向いた先でまどかがにっと笑った
「あ、姫条くんも補習なんだ」
ちゃんに会えんのは嬉しいねんけどなー
 夏休みは稼ぎどきやのにかなんわ」
「一週間もなんかひどいよねっ」
「せやせや、アイツちょっと厳しすぎちゃうか
 夏休みに補習する先生なんか他におらんし」
やれやれ、といった様子でまどかが腕を組んで難しい顔をした
「学生の本分は勉強である
 こんな問題もわからんのか、姫条、問3の答えはっ」
それは氷室のものまねなのであろうか
眉をよせて腕を組み、まどかが作り声でいった
「あはは、ちょっと似てるっ」
「やろっ?
 こんなんやでー、あいつオレがアホなん知ってて難しい問題あてよる」
「うんうんっ、当てられて前で問題解くやつ私も嫌い〜
 なんか緊張するし、わかんないし、嫌だよねっ
 っ、昨日授業でやったことを復習していないのかっ」
も、腕をくんで眉を寄せ氷室の声マネをして言った
「あはは、あいつちゃんにもそんなん言うんかー」
腹を抱えて笑ったまどかと一緒になっても笑った
するとその時廊下の向こうから、いつもの無表情で氷室が歩いてくるのが見えた
向こうもコチラに気付き 少しだけ眉を寄せる
「補習の最初の日に今回のテストと同じ問題を配る
 夏休みの間に勉強してくるように」
補習組二人に向かって氷室が溜め息まじりに言った
「えーっ、いきなりテストーーー!??」
「それは鬼やわ、ヒムロッチー!!!」
二人しての抗議に、氷室の顔がさらに険しくなる
「文句ばかり言わずに帰って宿題でもしなさい
 わからないところがあれば、私は学校にきているから質問に来るように
 以上だ、わかったら早く帰りなさい」
ピシャリと言われて、二人は顔を見合わせる
「はぁーい」
ここはさっさと退散した方がいい
このまままた何かを言ったら宿題が増えかねない雰囲気だ
「さよなら、センセ」
「おつかれさん〜」
まどかと並んでは廊下を歩いていった
後ろで、職員室のドアが閉まる音がした

「・・・・・・まったく・・・・何がヒムロッチだ」
職員室はあまり人がいなかった
もう帰った先生も多いし、クラブについている先生も多い
吹奏楽部は今日は練習がなく、氷室は今回提出されたテストの答案用紙(採点済み)を机に積んで溜め息をついた
一週間ほとんど毎日ある数学の授業で、彼は彼なりに丁寧に教えているつもりだった
確実に成績をのばした生徒もいる中、は結局赤点だった
総合的に悪くない点数で、明るくて良い子だと他の先生からも評価は高い
なのにどうして数学だけ
数学だけこんなに悪いのだ
(・・・・私の教え方が悪いのか・・・・?)
氷室は溜め息をついた
言ってみればは氷室にとってお気に入りの生徒だ
優等生というわけではなく、教師の言うことに逆らわないといったタイプでもない
成績は中の中くらい
教師に対して時々友達のように話しかけたりするような なってない一面もあるにはあるが、それがかえって彼女の魅力をひきたたせているように思える
「教師には敬語で話しなさい」
「はぁい、センセ」
彼女の返事はいつもこんなだ
ごく自然に、あどけなく
わかっているのか、わかっていないのか
だが、その親しみの持てるところが他の先生に受けているところでもある
それを氷室は知っているし、実はそんな彼女を可愛いと思っている
クラスで一番成績の良い「氷室学級のエース」である生徒ももちろん可愛い
他にも氷室のお気に入りはいるのだが、その中でも
その中でもが一番 やっかいな気がしている
氷室にとって、未知数な部分が多く、だからこそ気になる生徒
そんな彼女が数学だけがまったくダメなのは、やはり教えている者として、いい気分ではない
(・・・・まったく)
もう一度、氷室は溜め息をついた
の解答に目を落とす
自信なさげな字で半分程答えて、あとは白紙
(この問題なんか、黒板で何度説明したか・・・・)
溜め息は自然にこぼれた
やはりこれは、あの法則か
「嫌いな先生の教科は点数が悪い」
氷室はつぶやいて、天井を仰いだ

帰り道、はふと忘れ物に気付いて教室まで取りに戻った
クラブで使う新しい生地
それをかばんに入れて、それから教壇にスーツの上着を見付けた
(・・・・・忘れ物?)
取り上げるとコロコロ、とボタンが落ちて転がっていった
「え・・・・?」
今、ひっかけてボタンを取ってしまったのだろうか
それとも元から取れていた?
とりあえずボタンを拾い上げて、スーツを広げた
外れているのは腕のボタンだ
取り上げる時に机の端にでもひっかかってしまったんだろう
参ったな、と
はかばんから糸と針を取り出してボタンをぬいつけた
それからまた、スーツを教壇の上に置いた
(さ、かえろっと)
大きく伸びをして、教室を出る
反対側の廊下から、氷室が歩いてきたのには気付かなかった

(・・・・?)
教室に忘れてきたスーツの上着を取りに教室まで戻った氷室は、廊下からが教室を出ていくのを見た
(とっくに帰ったと思っていたが・・・忘れ物か?)
意外にドジで、よく何かしら忘れてくるからな、と
氷室は微笑してその後ろ姿を見ながら教室へと入る
スーツは教壇の上にあり、それを取り上げて おや、と
氷室は床と、教壇の上を確認した
(外れたボタンを置いておいたはずだが・・・・?)
掃除の時間に上着をひっかけてボタンが飛んだのだ
うっとうしくなって上着を脱ぎ、ボタンと一緒に置いておいたのだが
「・・・・?」
不思議に思って上着を見ると、取れたはずのものがしっかりとついている
無事だった方と同じ色の糸で、目立たないようにきれいに
それはまるで最初からそうついていたかのように、自然だった
(・・・・もしかしてが・・・?)
彼女は手芸部だから、これくらい何でもないことだろう
さっき教室から出てきたのを見たから、余計に氷室はそう思った
(・・・・・)
本当は、誰がつけてくれたのかわからなかったが
なんとなくなのだろう、と氷室は納得した
多分、そうであったらいいと 無意識に思っていたから

夏休みが始まる
なんとなく、いい気分で氷室は帰途についた
お気に入りの生徒の、後ろ姿を思い出しながら


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理