君に逢える場所 (氷×主)


卒業式の日、氷室は何人かの生徒に告白された
今まで、ずっと好きでした
先生を見ていた3年間、とても幸せでした
ただ、この想いを聞いてほしかっただけです
今まで、ありがとうございました

ある子は手紙で、ある子は言葉にしてその想いを伝えてゆき
卒業の涙と笑顔で去っていった
以前の氷室なら、その想いは教師に対する憧れや恋の錯角だと片付けただろう
だが、今 彼女達の想いを聞くこの心が穏やかなのは、あの日から自分が変わってしまったから
と想いを伝えあい結ばれた日から、たとえ錯角でも
たとえ幻でも、たとえ憧れの延長線上のものだとしても
そこに想いは確かにあるのだし、それに伴う痛みも甘さもあるのだということ
それを知ったから
に触れてをより強く想い
静かで激しい熱情に身を灼く様子を目の当たりにして感じたことがある
女の子というものは、時にひどく淡白で冷静で残酷なくせに
その心の奥には こんなに激しい熱を隠していることがあるのだと

「ありがとう、
 そして、卒業おめでとう」

誰もに、氷室は穏やかな気持ちでそう言うことができた
微笑に、泣き腫らした目をした子も、緊張でこわばった顔をしていた子も 一瞬で笑顔になって頬を染めた
「私、言ってよかったです
 先生への気持ちを諦められなかったから・・・言うだけ言おうって決めたんです」
聞いてくれてありがとうございました、と
そう言って去った吹奏楽部の子の後ろ姿を見送って、氷室はそっと苦笑した
たった一言、ありがとうと
想いを肯定しただけで 彼女達はあんなにも素直に笑ってくれる
多くを求めないのは、彼女達もまた 教師と生徒という立場では この恋愛はかなわないとわかっているからか
高校生は、氷室が思っていたほど子供ではないのだな、と ふと思った
あの頃、
への想いに苦しくて仕方がなかった頃、
告白してきた生徒に それは幻だの、勘違いだのと言った自分が恥ずかしくなる
(・・・俺の方が子供みたいじゃないか・・・)
コホン、と
一人 せき払いをして 氷室はもう大分 人の減った中庭を見渡した
卒業式が終わってそろそろ1時間がたつ
名残りを惜しんでいた生徒達も、父兄も、そろそろ帰途につきはじめている
氷室は、式の前に一度だけ見たの姿を思い出した
いつも通りの顔をして、講堂に入っていく様子に自然に笑みが漏れたっけ
この3年間、に振り回されっぱなしだった自分がおかくして
出会った時とは確実に変わったが嬉しくて
、スカーフがまがっているぞ」
狭い廊下で人とぶつかって曲がりでもしたのだろう
ゆっくりとこちらを向いて わずかに笑ったは 両手でスカーフを直しながら言った
「私、入学式の日にも 同じこと先生に言われましたね」
成長してないな、なんての言葉
そんなことよりも、あの入学式の日
憂いでいっぱいだったにかけた言葉
それをが今も覚えていることが、氷室にとっては驚きで喜びだった
あの頃のはずっと 聞いているのか、聞いていないのかわからないような顔をしていたから
「ちゃんと、聞いていたんだな」
「先生の声はなぜか、私を現実に引き戻してくれたんです」
の言葉
媚薬の言葉
その一言が 氷室にとってどれほどに嬉しいかを はわかっていないのだろう
あんなにも悲しみに沈んでいた頃
世界を閉ざして、死んだっていいと思っていた頃にさえ
氷室の言葉だけは、を現実の世界へ引き戻すことができたなんて
先生の声 好き、と
以前言ったの顔を思い出して、氷室は一人 赤面した
結局 卒業式の日でさえ 氷室はでいっぱいで
に振り回されて、言葉の媚薬に痺れている

人がほとんどいなくなったのを見届けて 氷室はを探しはじめた
特に約束はしていなかったけれど、は校内のどこかにいると そういう気がした
式の後、氷室はクラスの父兄やクラスの生徒や吹奏楽部の生徒達と長い時間 話をしていて を探す余裕がなかった
時計は2時を回っている
校内にはほとんど人はなく、シン、と静まり返っている
(どこに・・・いるだろうか)
静かな空間には 氷室の足音だけが響いていく

教室、出会った頃には憂いだ目で、今は熱を隠した目でがいつも存在した場所
死者の思い出をに返したのもこの場所だったし、抱いてくれとが言ったのもここだった
図書室、暇だからと世界史や地理の本ばかり借りていた頃から 週に2度は通ってきた場所
先生は卑怯だと、きつい目で言われたのも この場所だった
音楽室、たまにピアノが弾きたいと 借りにきては弾いていた
翼をくださいを歌った悲痛な声を忘れない
翼があったら先生はどうしますか? なんて あの雨の日に還りたがっていたを抱きしめてやりたいと思っていた
熱いリスト、想いを込めた溜め息
弾いて この心をさらけ出してしまった場所でもある
屋上、激しさを隠せなかったの告白を聞いた場所
二人は似過ぎていて、相手を想いすぎていて その痛みに押しつぶされそうになっていた
強く抱きしめたの身体が震えていたのを まだ覚えている

どこへ行ってもを思い出した
3年間は長くて、その間に様々な痛みを知り 愛しさを知った
これほどに という生徒の存在が大きくなるとは思いもしなかった
ただひたすらに翻弄されるだけの生徒から、いつしか誰よりも気になる生徒になって
泣いているのを救いたいと思って、君は強くなれるはずだと期待して、いつしか欲しいと思ってしまった
生徒を欲するなんて
いくつも年の離れた少女を求めるなんて
(けしてかなわないと思ったものだが)
想いは繋がり 今 は氷室が驚く程の熱情を教えてくれた

好きになったら同じだけ、求めてしまうんです

悲痛ですらあった の告白
恋はもっと甘いもので、もっと愛しいもので、痛いばかりではないのだと教えてやりたい
思いつめて
求めてはいけないと、
望んではいけないと、
あんな小さな身体で必死に想いを抑える様子は見ていてひどく痛ましい
求めていい
望んでいい
同じだけ 自分も求めるから
欲するから
手を、伸ばすから

・・・」

そっと、溜め息をついて 氷室はもう一度中庭に出てきた
春の日とはいっても 今年はまだ寒く 冷たい風が頬を撫でていく
に会いたかった
今すぐ会って抱きしめたかった

花壇の前、ひまわりが咲かないと泣いたことがあったっけ
あの花のように強くなりたいんだと言ったは その通り前を向いて歩きはじめた
レンガの小道、このまま座っていれば死がやってくるかもしれないと思ったんだと聞いた時には本気で腹が立った
あの頃 何もわからなかったのこと
言葉は嘘ばかりで、行動は不可解で
ただ目が憂いでいるのばかりが気になって仕方なかった
死んだ恋人を追っていたなんて思いもしなかった
こんなにも幼い少女が

(・・・もう帰ってしまったのだろうか)
時計を見て、それからのバイト先のことを思った
結局 は卒業後はバイト先で働くんだと言っていたから 今日も式の後で行くのだろう
マスターがお祝をしてくれるんだと嬉しそうに言ってたっけ
マスターの奥さんと赤ちゃんも来るから 先生も来ますか? なんて
言ってたのは 一昨日だったか

校舎の入り口、はじめてが義人を捕まえた場所
慟哭したに驚きと痛みを感じた
恋人を探し疲れて、似ている義人に代わりを求めた その場所
義人が笑って の名を呼んだ時から これではダメだと強く思っていた
心が痛かった この場所
嫉妬した雨の日、が熱を冷ますように立っていたのもここだったか
送った車の中で まるで優しくもないキスをしてしまったのは 今も氷室の心に傷を残している

溜め息をついた
まだどこかにいると思うのに、見つけられない
こんなに歩き回っているのに はいない
会いたいのに、会えない

そのまま、普段行かない校舎の裏へと歩いていった
この奥には確か 今は使われていない教会があったはずだ
そういえば側には桜の木があって見事な花が咲くんだと 一部の教師や生徒のお気に入りの場所だったか
「・・・」
まだ桜は咲いていなかったけれど、かわりに氷室の心をざわめかせるものが聞こえてきた
教会から、ピアノの音が流れてくる
ざざ、と木の葉を揺らす風に乗って 柔らかく響いてくる

「・・・

ギ、ときしむ扉をあけたら 音はピタと止んだ
暗い教会の中 飾り窓だけが明るく浮き上がるように見えた
「先生、遅かったですね」
の声は、少し奥から聞こえた
この教会にピアノなんてあったのだろうか
もう使われなくなったものが 物置きに入れられるようにここに置かれているのかもしれない

先生、と
が呼んだのに ほっとした
ようやく見つけたと思ったら、身体が熱くなった
学校中 探してしまった
まさかこんなところにいるとは思わなかったから
氷室の予想では、教室か音楽室だろうと思っていたから
「随分・・・探したんだが・・・」
相変わらず こちらの予想を裏切る行動をしてくれるな、と苦笑しながら、わずかに慣れてきた目での姿を捕らえた
昼間なのにうすぐらい教会の中
電気はないのだろうかと思った時 突然 の側の窓から陽が射した
「・・・2時間くらい待ちました」
光の中 が笑った
時々 暗くなったりするから 雲が流れて陽を遮ると少し暗くなるのだろう
陽がさすと 古びたピアノの側だけは 窓から入る光で明るくなった
穏やかな顔をして、は笑っている
「私を、見つけてくれてありがとうございます」
の言葉にドクン、と心臓がなった
「私、先生と会えて本当に良かった
 ・・・先生は私の世界を変えてくれた人です
 私、本当に感謝しています」
真直ぐにこちらを見る目
それから視線を外せずに 氷室は体温が上がるのを感じながら苦笑した
「何を改まって・・・」
こんな時 自分は不器用だと思う
巧く言葉を選べない
この心が揺さぶられる程に愛しいと感じていることも
探している間中ずっと 抱きしめたくて仕方がなかったことも
今 この瞬間にも 求めて求めて欲しているということも

「私、先生が大好きです
 誰よりも、好きです」

の告白
聞きながら、いつもいつも 先を越されるなと思った
真直ぐで、ストレートに想いを伝えるの言葉にグラグラと意識が揺れる
恋の熱情に どうにかなってしまいそうな自分がいる
「君には・・・いつも・・・、先に言われてしまうな」
こほん、と一つ せき払いをした
身体が熱い
心が熱い
を見つめると まっすぐにこちらを見返してくれた
愛しい少女
世界でたった一人、何にも代えがたいもの
「私も君を愛している
 この世界の中で 私がこれほどに求めるのは君だけだ」
巧く伝わっただろうか
心の中の100分の1でも伝われば、と願う
ほんの少しでも 今に伝わればと そっとの方へ屈み込んだ
また少し、陽が陰って教会の中は暗くなる
目を閉じたには、見えなかっただろう
唇にくちづけて、吐息を飲み込んで、熱を分け合って
想いを口移すように キスを繰り返した
世界でたった一人の、自分を変えた存在を得て


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