いつか、いつか、いつか (氷×主)


相変わらず、はいつもの様子を崩さずにいて
半ば無理矢理に奪ったキスのことも、あの車での一件も、何もなかったかのようにいた
声をかければ目を揺らしてこちらを見るし、
授業中、廊下で、校舎の外で、どんな時も
会えば 氷室の好きなあの顔で微笑してくれた
熱を抑えた目
感情を出さない様にしている様子は愛しくて、痛ましくて
いっそ、の望むように の全てをこの手に奪ってしまいたいとそう思った

(が望むように・・・?)

放課後、校内の見回りをしながら溜め息をはいた氷室は 自分の考えに首を振った
は、何も求めない
あれだけの熱情をもちながら、求め過ぎて失うことを恐れて何も言わないでいる
その視線、仕種、言葉のそれぞれが訴えるように語っているけれど
は、の望みをあまり口にはしない

望んでもいいと、言ったのに

(そんなに信用できないか・・・? 俺は)

また、溜め息を吐いた
この関係が不満なのではけしてない
想いを伝えあった相手が、側にいる
それだけで幸福だと思えるけれど
のあの目、あの言葉、あの仕種
全てが、語りかけてくる
「もう二度と離れないよう、抱き締めて、揺れないよう、支配して、抱いて」

できるなら、力づくでも押し倒して、自由を奪って、想いのままに全てを奪ってしまいたい
が望むその行為で、支配してやることだって可能だ
抱かれることが、支配だというなら
身体をつなげることで、不安が消えるというなら

溜め息を吐きながら、氷室は頭を振った
恋というものは、そんなに単純ではなく
例え、身体を重ねたって不安は募るし、別れる時は別れるのだ
氷室はそれを知っているし、
そんな行為でという存在が自分に支配され続けるとは思っていない
この先 永久にを手放すつもりなどないのだから
そういう身体の繋がりだけではないものを、氷室は求めている
それを、確かなものにしたいと願っている
だから、がそういう行為を望んでいることを知っていても それに及ばない

だが、あんな風なを見ているのも痛ましい

(まるで抱いてくれと言ってるような目だ)

苦笑して、氷室は立ち止まり一人赤面した
嬉しくないはずはない
愛しい少女が その身も心も差し出すと言っているのだから
言葉にしなくても、見ていれば感じ取れるの熱
たった一人だけに注ぐ 深い想いは今 氷室に全て注がれていて
惜しげもなく、恥ずかし気もなく
はいくらでも、いくらでも愛してくれる
必死の、全霊をかけた愛し方に 驚くほど
は一途で、健気だ
「だが、そんなでは壊れてしまうだろう?」
誰とへもなく、氷室はつぶやいて苦笑した
必死すぎて、辛そうで
愛し過ぎて、痛ましい
他に方法を知らないから、注ぎ続けていつか空っぽになりはしないのか
痛みに麻痺して、自分が壊れていくことに気付きもしないのではないか
それは、氷室の本望ではなく
どこか、壊れてしまいたいと願っているに その危うさを感じている
壊れてなど欲しくない
氷室はに、幸福と笑顔をもたらしたいと願っているから

その夜、久しぶりに義人の店へ行くと 彼は笑ってワインを出してきた
「報告が遅いよ? 零一
 と、うまくいってるんだろ?」
お祝、と 何年ものかのワインをつぐ様子に 氷室は驚いて義人の顔を見た
二人の関係は二人しか知らないのだから 彼の耳に入るとしたらからしかありえない
別れた後も、二人は連絡を取り合っているということだろうか
急に、嫉妬のような感情が身体に溢れた
「あ、疑ってる?
 偶然ね、先週 に会ったんだ
 交差点のとこ・・・あそこ 前の男が死んだ場所なんだってね」
2つのグラスを満たして、義人が笑う
心の内を見すかしたような言葉に 氷室はわずかに赤面してせき払いを一つした
がさ、言ってたよ
 本当に好きな人を見つけましたって」
そして、側にいてもいいと言ってもらえた、と
「いつ報告に来るかと思ってたら 随分遅いじゃないか」
「・・・すまん」
もう一度 せき払いをすると 義人がクスクスと声をたてて笑った
「これはお祝
 のあの笑顔は 俺じゃあ見られなかったからな」
今にも泣き出しそうに幸福な微笑
ああ、この子は本当はこんな顔をするんだと初めて知ったあの朝
自分が癒してあげていた頃見せていたものとは比べ物にならない程に輝いて
幼さを少し浮かべた目の熱に驚いた
そして、こんな顔をさせることができる氷室に少し、妬いた
「ま、もうすぐ卒業だし
 二人に障害は何もなくなるんだし、いいんじゃないの?」
義人の言葉を聞きながらワインを咽に流し込む
かつては を本気で想っていた義人に と別れてくれなんて言って
その後 自分がまんまとをものにして
どこか後ろめたい気持ちで ここになかなか来れずにいたのだけれど
「遠慮しすぎだって、零一は
 あれは賭なんだって、言っただろ?」
義人の明るい言葉
それに救われながら、氷室はそっと苦笑した
ここにいる男は、別れた後もを想っていたような素振りだったけれど
今はもうふっきれているのだろうか
満足気にワインの評価をしている横顔からは、何も読み取れはしない

「そうそう、零一」
レコードを変えて戻ってきた義人が、カウンターから身を乗り出してきた
「なんだ?」
「おまえ、とはもうやった?」
「・・・っ」
思わず、
ワインを咽につまらせて、むせこみそうになりながら かろうじて堪え親友の顔を睨み付ける
「気になったもんでね」
「なぜ・・・気にする」
こちらに身を乗り出したまま、義人が悪戯っぽく笑った
ドクドク、と飲んだワインが逆流してきそうな感覚だ
こんな所で何を言い出すんだと思いつつ、
と義人は、冷静な顔をしてストレートな言葉の選び方なんかがよく似ていると、ふと思った
自分はこういう種類の人間に、弱いのだろうか
、抱いてほしいって言わなかったか?」

その言葉の意味を計りかねた
は義人にも、そう言ったのだろうか
それとも、義人から見てもわかる程に はその行為を求めているのだろうか
の名誉のために言うけど、俺にはそういうことは言わなかったよ
 俺が勝手に推測しただけ」
でも、この手の推測は大抵当たるんだ、と
笑った義人に 氷室は小さく溜め息をついた
「そういうことを、まだする気にはならない」
何をバカ正直に答えているのかと思いながら 言った氷室に義人が怪訝そうな顔をした
「生徒だからか?」
「そうだ」
本当の理由は違うけれど、
身体の繋がりより確かなものがあると、知ってほしいと思っているからだけれど
「ふーん」
どこか含みのある相づちに 氷室はキッと相手を睨み付けた
「じゃあお前、に直接言われたらどうするよ?」
「な・・・」
「生徒だからダメだって言うのか?
 それじゃ通じないだろ、いくらなんでも」
俺は誤魔化されてやるけどな、なんて
言いながら つまみのチェリーを口に放り込んだ義人に氷室は言葉を飲み込んだ
にもし、そう言われたら その時自分はどうするだろうか
いっそ、の望むまま
身体を繋げてしまいたいと思うこの気持ちを、抑えられるのだろうか
に何と言うのか、ということよりも
そっちの方が心配だと、一人 また赤面した
どうしようもなく、
理性とは反対に が欲しいと望んでいる自分がここにいる

次の日、結局 朝の5時まで義人の店で飲んでいた氷室は 一睡もしないまま いつもより早い時間に学校へ行った
誰もいないであろう教室に 1限目で使う教材を運んでおこうと向かうと、何故か電気がついていて
不振に思って覗き込むと、が自分の席に座っていた
・・・? こんな時間にどうした?」
時計は7時を指している
運動部の朝練習ならまだしも、今は3年の卒業間近
誰もこんな時間には来はしない、と
驚いた様子の氷室に は顔を上げて少しだけ笑った
「宿題のプリントを忘れて帰ったんです
 だから、今 やってるとこです」
先生の出した宿題だから難しいです、と
言った言葉に 氷室は苦笑して教材を教師用の机に置いた
そういえば今日提出するように言っておいたプリントがあったっけ
「他人に写させてもらおうとしないとは感心だな」
冗談めかしく言って の前の席の椅子を引いて座ると が少しむっとしたようにまた顔を上げた
「そんなことしたら怒るでしょう?」
「君がしたら怒るな」
クラスの何人かは、自分でやらずに誰かの解答を写して提出する者がいる
自分のためにならないと 毎度言うが本人にはそんな注意は耳に入らないようで
結局 同じことを繰り返している
わからないと思っているのか
誰の答えを写したのか
プリントの書き方、答えの内容を見たら一目瞭然なのに
平気でズルをする生徒が何人もいる
その度にクラスに向けて注意はするも、直す直さないは もう本人の意志にまかせている
高校3年生の、卒業間近
今さら、個人名を上げてさらすことでもないだろうから
「だが、君がしたら怒るだろうな」
「だから こうやって早く来てるんです」
だが、が、そういうことをしたら別だ
それは、自分に対する裏切りだと思うだろう
真摯に授業をしている自分に対して、恋人であるがそんなズルをするなんて、と思うだろう
そういう氷室の性格をよんでいるのか
は 半分ほど埋まったプリントを相手に苦戦している
「もう一度 授業をしてやろうか?」
「いいです、悔しいから」
「だったらヒントをやろうか」
「・・・ください」
授業はいらなくてヒントは欲しいというのは、単に授業をもう一度聞くのが嫌なだけなんじゃないのかと思いつつ
氷室は机の上に転がっているシャーペンを取って プリントにいくつかの数式を書いた
「3つの数式のうち、どれを使うかの見分け方を先週の授業で説明した
 例題の答えを、君にあてて答えさせたが、忘れたか?」
が首をかしげながら、瞬きをして
それから ああ、というような素振りで僅かに笑った
「思い出しました」
「そうか」
なら解いてみなさい、と言って 氷室は席を立った
カリカリ、とシャーペンの音がする
朝の教室は静かで、
久しぶりに こんな風にと二人きりの時間が取れたような気がして、心が満たされていく気がした
こういう時間の繰り返しで、想いの強さを計り
二人の距離を信じたいと、氷室はそう思っている

15分もすると、はプリントから顔を上げて溜め息をついた
「先生」
プリントを机の中にしまいながら 窓際にいる氷室へ視線をよこした
「なんだ?」
「先生は、いつもこんなに早くに来るんですか?」
「いや、今日はたまたま・・・」
義人の店で飲んでいたから、と言いそうになって 慌てて言葉を飲み込んだ氷室に はなんだ、と
つまらなさそうに苦笑した
「早く来たら 先生とこんな風にすごせるわけじゃないんですね」
「・・・それは」
それは、めったに望まないの望みか
やはり、普段 二人きりの時間が取れない二人の関係への不満か
を見つめたら 切ないような視線が返ってきた
「先生、私がもし、今、抱いてくださいって言ったら、抱いてくれますか?」

その言葉は突然のようで、
前々から予測されたもののようで、
だが実際にの言葉として聞くと、ドクンと心臓がなって思考が停止しそうになるほどに氷室の心を揺さぶった
帰り際、義人が言ってたっけ
近い内 絶対 言われるから覚悟しとけよ、なんて
あの予言が 当日に本当になってしまった
なんて奴、と
思いつつ を見つめた
おとなしく、自分の席に座ってこちらを見ている
熱情を秘めた目
愛しい少女
「君は、身体を繋げなければ 愛されていないなどと まだ思っているのか?」
声は冷静だったけれど、言葉は思ったよりきついものになったかもしれなかった
は目をふせて、わずかに首を振った
「私、前ほどバカじゃありません
 だから、ちゃんと、わかってるつもりです」
抱いてくれなければ愛されていないなんて、不安になったあの頃
大人の女性として扱われたくて、必死に背伸びをていた
不安ばかりをつのらせて、求めることばかりを考えていたあの頃
身体の繋がりを、必死に求めていた
「私は、そういう行為が全てではないと思っている
 君を得たいと思う気持ちには、それ以外の部分で繋がっていたいと思うことの方が多い」
伝わるだろうか、と思いながらも
氷室は必死に 熱くなる感情を押し殺していた
こちらは、寝てないのだ
のことだって、欲しいと思っている
いっそ全て奪ってしまって、自分の手にしてしまおうかと考えることだって多い
それを、流されてはいけないと必死で
気を抜けば 今すぐを抱きしめてしまいそうな自分を抑えている
「身体だけ繋がっても仕方がない
 もっと確かなもので、繋がりたいと思うのは私だけか」
言い聞かせるように言った言葉に は顔を上げて苦笑した
「先生のこと、大好きです」
クラ、とするような告白
の言葉はたまらない
このタイミングでそれを言うのも、こういう時 ストレートなのも
「だから先生・・・お願いがあります」
熱い目
どこか大人になったと思わせる表情
痛みを経験して、嘆きを乗り越えて、今必死に前を向いている少女
全て、全てを欲しいと求めている 唯一の少女
「先生のいうこと ちゃんとわかってます
 だからいつか、いつか、いつか」
目が揺れた
泣くかと思ったけれど、は泣かなかった
まっすぐにこちらを見て わずか、わずかに微笑する
「いつか、抱いてください
 私に先生の全部をください」
かわりに、私の全部を先生にあげるから

朝の、誰もいない教室で
氷室は目眩に似た感覚を覚えながら 苦笑した
どこまで、この少女に翻弄されるのだろうと思いつつ
もうそれがむしろ快感に思える程になっている
愛しさは増すばかりで、
熱の隠った目で見つめるにそっと近付いて、今できる最大限の想いを示すために そっと、そっとくちづけした
目を閉じたの頬に指を触れて
潤んだ唇に 角度を変えて何度も何度も
繋げては、漏れる吐息も飲み込むようにして それを繰り返した
の言葉に熱が上がった、この想いを伝えるように


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