次に生まれるのは身勝手な独占欲 (氷×主)


外は雨が降っていた
吹奏楽部の練習がおわる時間になってもまだ降り続いており、傘のない生徒3人をまとめて車に乗せた
「先生って優しいですよね」
「みんな怖いって言うけど 私達クラブで他の人より先生を知ってるから優しいってわかってます」
「こんな風に送ってくれるし」
2年生の 可愛い生徒達
練習熱心で、明るくて人なつこい女の子達
先生、先生と慕ってくる様子は可愛いと思わせる
皆 大切な生徒で、こんな冬の冷たい雨の日
傘がないなら送るくらいするだろう、と 言ったら生徒達は嬉しそうに笑った
「だって、先生の車に乗れるなんて嬉しいんです」
「他の子は乗ったことないって言ってました」
「他に乗ったことある人って誰ですか?」
楽しそうな会話
雨の憂鬱を吹き飛ばすように明るい車内
「クラスの生徒は乗せたことがあるな」
答えながら、ふとを想った
雨の印象の少女
雨が降るとを思い出す
身体を濡らし重く心まで締め付けるような雨に、と同じ様に濡れたこともあった
だが時が流れて、は強くなって、前を向きはじめ 雨の中に立たなくなり
氷室は心から安堵した
しとしとと降る雨をみながらどこかぼんやりした様子だった今日の授業中のに、少し心が揺れたけれど

(彼を忘れることはなくても、想いを俺に向けてくれたのだから)

先生を好きだと言ったの言葉は まだ心に残っている
同じだけ求めてしまうから、好きになってはだめなんだと初めて氷室を想って泣いた日
あの日から繋がった二人の想いは その後も静かに熱く育っている
視線が合えば微笑して、
声をかけたら目が揺れる
愛しかった
二人、想い合えただけで幸福だと思っている

だが、人は貪欲で、
一つが叶えば次々と望む生き物なのだということも知っている
が 授業中に雨の降る窓を見つめていたことに心が揺れたから
ああ、自分はまだ死者に嫉妬して
は こんな雨の日にはけして忘れられない存在である彼を思い出すのだろうと痛感した

それが痛くて、
贅沢になってしまった心は、を独占したいと思ってしまった

「先生はクラスの人とどんな話をするんですか?」
助手席の生徒が興味深げに聞いてきた
どんな話?
以外となら、勉強の話やクラブの話をしているだろうか
とは、

「・・・・・覚えていないな」

とは、あまり会話をしていない
そもそも、が車に乗ることなど ほぼ皆無だ
車で送ると言っても あまりいい顔はしないし、
今までそんな機会はあまりなかった
1度か2度、乗せただろうか
その時も窓の外を見て黙っていた
そういえば昔、車に乗るとアレルギーが出るから嫌だと言ったこともあったか

(・・・あの頃のは本当に、わからなかったから)

想いを隠すために 言葉を選ぶだけでなく、あの頃のは嘘も言った
突き放すための嘘
ここから離れるための嘘
一人になるための嘘
人を近付けないための嘘
そして自分を捨てるための嘘
の言葉に翻弄されて、それにいちいち反応して振り回されて どうしようもなかったあの頃
嘘です、と
は よくそう言って背を向けた
こちらが戸惑っている間に逃げていき、捕らえ所のないまま ふわふわとしていた
自分の世界に閉じこもって
こんな自分はいらないと、命を投げ出すかのように

のことを想いながら、氷室はクラブの3人を順番に自宅まで送り届けた
雨はまだ強く降っていて、心はどこかぼんやりとと死者のことを考えていた
だから 戻った学校の校舎の入り口に が立っているのを見つけた時 はっとしてすぐに声が出なかった
足音に、ゆっくりとが視線をこちらへやる
ドクン、と心臓が鳴った
静かな廊下、皆もう帰ったのだろう
ここにいるのは、氷室との二人だけ
、まだ いたのか」
どこかぼんやりとして立っている
もうとっくに下校時間のチャイムが鳴っているはずなのに、こんな所で何をしているのか
まさか自分を待っていたのか

「図書室で寝てしまったんです」
いつもの調子でが言った
これは本当の言葉、今はわかる
「傘はあるのか?」
「いいえ」
これも、本当
わずかに首を降って、は外に目を移した
冷たい風が吹き込んでくる
長くここにいたら凍えるだろう
「止むまで待とうと思ってました」
「まだ止みそうにはないが」
「そうですね・・・」
寒くないのだろうかと、ふと思う
少しうつむいて、はそっと息を吐いた
この仕種、それから声色
今の自分ならわかる
愛しい少女は熱を抑えている
そのために、ここにいる
風に身体をさらして冷ませば 心の熱情も冷めるのだろうか
もしかして、自分がクラブの生徒達を送っていくのを見かけて 嫉妬でもしてくれたのか
また生まれた甘い期待に、沈んでいた心が少しだけ浮上した
こんな雨の日、は死者を思い出しながらも、こうして自分と向き合えば想いを向けてくれるということ
氷室が車に乗せた女生徒に、嫉妬のような感情を持ってくれるということ
それが妙にくすぐったいような、甘いような
そんな風に思って、氷室は微笑した

「良ければ、送っていくが」

うつむいたまま、わずかに間を置いてはひとつ うなずいた
「はい」
顔を上げた時には、目がゆらゆらしていて、
言い様のない 複雑な顔をしていた
妬いたから、嫌いな車にも乗るのだろうか
嫉妬という感情を消そうと、必死になっているのだろうか
ここで一人、冷たい風の中に立って

助手席にを乗せながら 氷室は初めてを車に乗せた時のことを考えていた
あの時と同じように 窓の外を見て一言も口を聞かない
「車は嫌いだと、言っていたな」
「はい」
雨粒が窓を滑っていく
それを目で追うようにして、は僅かだけうなずいた
車は嫌い、アレルギーが出るからと言ったの言葉
そんなもの出ているところは見たことがないと思ったから あれは嘘だと思っていた
だが今もなお この態度なら あの言葉は本当なのか
そして それでも今日こうして車に乗ったのは、氷室の期待した通り嫉妬してくれたからなのか

名前を呼んだ
がこちらに顔を向ける
揺れた目に熱が浮かぶ
愛しい少女
誰よりも想って得た 世界でたった一人の存在
「何を考えている?」
まっすぐに その目を見つめた
確信する
の想いは痛いほどに自分に向いていて、言葉にできない想いを今も隠して抱いているのだと
「何も」
視線が落ちる
意図して言葉を切った、そう思った
は心を隠している
の言葉に散々翻弄されて、散々悩んで、散々その意味を考えてきたこの3年間
これほどにを想う自分だからこそ、わかることがある
心が繋がった今、の想いを知った今
の言葉やしぐさや目の動きに、読み取れる意志がある
本当の言葉は甘く、
黙っている 時は熱を抑えている時で、
だが こんな風に一言、突き放すように言葉を切った時には何か、
隠した本音があるということ
今の自分には、わかる

「隠し事をされるのは本望ではない」

そう言ったら、は氷室から視線を外して また窓の外を見た
黙っている
嫉妬したんだと、の甘い本音が聞きたいと思う自分は贅沢なのだろうか
これは自分一人のエゴなのだろうか
他の生徒を車に乗せるなと、の言葉で言ってほしい
こんな雨の日に、死者を思い出すこの日に
あんな風に 一人冷たい風にさらされながら立っていた理由を聞きたい
生まれた期待を、肯定してほしい
そう思い、こんな風に問うのは大人気ないだろうか

自分はこんな雨の日だからこそ、死者に醜い嫉妬をし、
だからこそ、の口から その嫉妬をかき消す言葉を聞きたいのだ

そっと溜め息を吐いた
は相変わらず無言で窓の外を見ている
こんなに側にいるのに、切なかった
以前なら、こんな風な気持ちにはならなかっただろう
の態度に翻弄され、無言の意味を憶測し、だが答えをだせず苦笑するだけ
君はわからない、と つぶやくだけ
だが今は違う
その想いを知っているからこそ、貪欲になる
好きだと言ってくれるなら、誰より想っていると言ってくれるなら
求める想いに応えてほしい
本音を、言ってほしい

、君は何を、考えている・・・」

責めるような色が、ほんの僅か声に含まれたかもしれない
は、ぴくん、と反応して それからこちらを見もせずに、言った
「先生じゃない人のことです」

残酷な言葉
雨の日の嫉妬をかきたてる言葉
そして、期待を裏切る行為
それは、本音ではないだろうとわかっていても、相手が悪い
今日は雨が降っていて、
はこんな日に最愛の人を失くし、
朝からどことなく、ぼんやりした様子を見せていて、
教室で、授業中にも、そんな様子に心が揺れたから
ああ、死者の影は一生 の中から消えはしないのだと痛感していた
忘れなくていいと言った言葉は本音だけれど、
だからこそ、失ったものの大きさと美しさに 生きている自分は永遠にかなうことはないのだと知る

赤信号で停止した車内
衝動に、窓の外を向いたままのの腕を掴んだ
そのまま、強く引き寄せる
加減ができなかったから、の身体は簡単にこちらへと引き寄せられた
驚いたような、怯えたような色が その目に浮かぶ
そのまま、助手席のシートにその身体を押し付けるようにして くちづけた
嫉妬と、の言葉に 身体の中が熱くて 本当に加減なんかできなかった
思い知ればいいと思った
この行為に、
この熱に、
自分の言った言葉の痛さを、思い知ればいい

君は残酷だ

長く強くくちづけて、身体を離した時 は震えているようだった
まだ熱が引かない
触れたら、ますます痛みが強くなった
腹の底から込み上げてくるような黒くて熱い想いに、自分がどうにかなりそうになる
怒りに似た嫉妬、
いや 痛みに似た熱情
わけがわからなくなる程に、
繋がった想いに満たされているはずの心を締め付けるこの苦しさ
身を灼く激しい想い
どうしようもなかった
なんて大人気ない
まるで子供のような独占欲にかられて、力の加減もできずに奪ったなんて

「・・・君の言葉は残酷だ」

吐き出した言葉に、は俯いただけだった
やはり震えている頼り無い肩
このまま全てを奪って壊してしまいたいと、本気で思った
醜い独占欲と、嫉妬に 平静を失う自分がいる

車内は無言で、
雨の音だけが聞こえる
は黙って車を降りてゆき、暗闇に消えたその背中に 氷室は大きく溜め息をついた
想いを伝えあったら、その後は全てを求めて、奪って、壊すのか
身勝手な独占欲に、相手を窒息させたとしても 奪うことをやめないだろう
今の自分は の切ない嘘を抱きしめて受け止める余裕がない
二人 こんなに似ているのだから
想いは同じだと、わかってやらなければならないのに
求めるばかりで与えてやれない自分に 氷室は苦笑して目を閉じた
雨など降っていなければ良かったのに


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