ささやかな望み、二人分 (氷×主)


たった一言、想いを伝えただけで世界は変わる
いつもと同じ教室の風景も、いつもと変わらないの表情も それを見る自分の世界が変わっただけで 昨日までとはガラリと色を変えた
ぼんやりと、何を考えているのかわからなかったの表情
喧噪の中に おとなしく座っている様子
時々窓の外を見たり、うつむいたり、
かと思えば ふと顔を上げてこちらを見つめる眼差し
昨日までは、その心の中を計りかねた
ちゃんと話を聞いているのだろうか、とか
今 何を想っているのだろうか、とか
投げかけられた視線は、何を意味しているのだろうか とか

、今日の日直は君だったな」

今は違う
ゆっくりと こちらへ向く視線
はい、と答える淡々とした声
わずかな目の光の揺れや こちらを見る仕種の一つ一つの中に隠された想いを知っているから
どうしようもない程に魅かれて、
どうしようもない程に堕ちていったこの恋
まるで似た二人は、身を焦がすような想いを伝えあって、今 幸福に似た気持ちでここにいる
「すまないが、宿題のプリントを集めて職員室まで持ってきてほしい」
ざわざわと騒がしくなる教室
少しも表情を変えずに は また はい、とうなずいた
伏せられた目が そっとこちらへ戻ってくる
見つめていたら、最後にふ、と笑ってくれた
を、これほどに見ていなければ気付かない仕種
これほどに魅かれていなければ知り得なかったその想い
こんな風に平常を装っていても、その心の中はあれほどに激しく
熱情を、懸命に抑えているのだと知って 愛しさは増した

放課後のチャイムが鳴り響く中、クラス中のプリントを集め出したを横目で見ながら 氷室は声をかけてきた吹奏楽部の生徒と一緒に教室を出た
吹奏楽部は卒業式で 3年生を送る演奏をするから 今はそれの練習が大変で ここのところ毎日練習がある
今日も、クラブの日ではないのに自主練習をする子達が多く、それの指導にあたることになっている
そうでなければ、いつものように仕事を早く切り上げて のいる喫茶店へ行くのだけれど
教室がそうだったように、
想いを伝え合った二人の喫茶店は、世界が変わったように輝いているだろうと思うから
少しでも長く、少しでも多く といたい
その姿を見ていたい
すれ違った生徒が 恋人同士楽し気に帰っていくのを見て そう思った
今はまだ、秘めなければならない関係
言わなくても、もそれはわかっているのだろう
今朝 教室で見たは いつも通りの平常を保っていたし、
休み時間も、授業中も、いつも通りだった
世間の恋人同士のように公にはできない想いや関係を、不満に思う素振りも見せずに

「先生、パート練習からでいいですか?」
「ああ、あとで私も行く」

職員室の前で生徒と別れて、掲示板にはり出されていた紙に目を通した
そうしながらも、心がを想うのを止められず
今日の3時間目の数学の授業中のとか、
帰りのHRでの微笑とかを思い出した
たとえ世間に言えない関係でも、
今はまだ、秘めなければならない事実でも、
それでも氷室は満足している
昨日までとは確実に違うから
いつも通りのの態度、だがその意味を読み取れる
一途な眼差し
時々切なげに揺れる目
声をかけると どうしようもなく愛しいと感じる視線を向けてくる
淡々とした声やしぐさに、熱を必死に隠したような
ゆっくりとした動作に、言葉を選んでいるような
そんな色が見えるから
氷室の世界は の熱情を知り 昨日までとはすっかり変わってしまったから
だから満足している
あの小さな身体に、痛いほどの想いがあって それが自分に向いているのを知っているから

「先生・・・」
いつのまにか、がすぐ側まできていた
「あ、・・・ああ」
あんまりぼんやりしすぎて、掲示板に向かって突っ立ったままだったようで は両手にプリントを抱えて可笑しそうに笑った
「何が書いてあるんですか?」
いつもの、口調
でも心を許して 年相応の幼い目をしている
愛しかった
はい、と差し出されたプリントを受け取りながら苦笑して、何も、と
言いながら その目を見つめた
穏やかな表情
今も、は自分の中の熱情を抑えているのだろうか

「先生は、今日はクラブですか?」
「ああ」
「じゃあ、今日はさよならですね」
私はもう帰ります、と言ったのに 氷室はドクンと心臓が鳴ったのを感じた
の選ぶ言葉は不思議だ
翻弄されて、戸惑って、振り回されて、悩まされて、挙げ句堕ちた媚薬のような言葉
期待を生むのと同時に、残酷に突き放す そんな言葉
選んで口にしているのだろうか
の想いを知った今も、たった一言にこんなにも心が動く

今日はさよなら、だなんて

あっさり言ってくれるんだな、とか
もう少し二人でいたいと思わないのか、とか
さよならという響きが不安にさせる、とか
もしかして、そう言ったこと自体が 二人でいられないことへの不満なのか、とか

たった一言で色々と考えて 氷室はそっと苦笑した
互いの想いを知って世界は変わった
だから痛みはないけれど、変わりに甘い期待が生まれる
「気をつけて帰りなさい」
言ったら、一瞬 の目が揺れて それからは身を返した
ああ、と思う
愛しさが増す
以前なら、その素振りに 期待を裏切られたと思っただろう
どれだけ自分が を想っていても、少しでも長くいたいと望んでも
はこうやって、簡単にさよならと言うし 簡単に背を向けるんだと苦笑しただろう
だが今は違う
そっけない言葉も、こちらに興味を示さない行動にも意味があることを知っている
本当は、抑えているのだと
望まないように、求めないように 必死になっているのだと知っている

・・・」

去ろうとしたの腕を捕まえた
驚いたように 振り返って見上げた目がまた揺れた
、今日はバイトか?」
「はい」
いつもの口調
でも まっすぐにこちらを見ている視線に熱を感じる
自分も同じ様な目をしているのだろうか
二人は同じくらい深く深く堕ちている
この恋に
「クラブが終わったら 君に会いにいく」
そっと告げた
廊下の喧噪
遠くで 生徒達の声がする
今はまだ秘めなければならない二人の関係
それでも、確実に想いは増していき
生徒と教師である前に 一人の人間として魅かれあったのだから
願いは生まれる
本当に本当に、ささやかな願いが

「私・・・、先生に呼ばれるの好きです」

は、笑った
氷室の好きな穏やかな微笑
目に熱を浮かべて、こちらをまっすぐに見ている
「先生に呼ばれるとドキとします」
だからもっと呼んでください、と
言っては もう一度氷室に向き直った
ささやかな願い
少しでも長く を見ていたいと願う氷室と
名前を呼んでくれるだけでいいと言った
手を繋いで一緒に帰れなくても
あの人は私のものですと、世界に言うことができなくても
休日に二人で過ごすことができなくても
「先生の声、好きです」
はこうして笑ってくれるし、氷室の心は満ち足りている
「では、もう一度言う」
少しだけ、の方へ屈んで 氷室は微笑した
教室で抑えた想いも、隠した熱も
向かい合えば 伝えてくれる
媚薬の言葉に生まれた期待を、今のは裏切らない
心を、偽らない

、君に会いにいく」

誰にも聞こえないよう
にしか、聞こえないよう
囁くように言ったら は驚いたように瞬きをした
頬が染まる
突然に呼ばれた名前に、戸惑ったように言葉を失くした
その様子に また満足して
ああ、なんて愛しいと強く強く感じて
氷室はもう一度 微笑した
君に会いに行く
少しでも長く その姿を見ていたいから
のささやかな望みを、叶えたいから


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