期待はまだ裏切られていない (氷×主)


放課後、教室に女生徒が一人入ってきて、喚いた
クラスで目立ってる活発な子
氷室ファンクラブで、吹奏楽部で、勉強だって頑張ってる
愛用のデジカメを片手に、仲のいい子の机まで走ってきて、それからまた声を上げた
「ショックー! 氷室先生 結婚するんだってーっ」
ざわ、と
クラブへ行く準備をしていたクラス中の子が その子の方へ集まって行く
口々に、それ本当なのか、とか
相手は誰だとか
誰が言ってたんだとか
どこで聞いたんだとかで盛り上がる
も、窓際の席で外をぼんやり見ていたのに 我に返った
「さっき隠し撮りに行ったらさー
 応接室にけっこう美人の女の人がいてさぁ、教頭と話してて 氷室先生がどうとか言ってたから
 何か氷室先生がらみの情報かなと思って その女の人が行っちゃってから教頭に聞いたの
 今の人 誰ですかって
 そしたら、氷室先生のお見合い相手だって言ったのよっ」
キャー、と
女の子達が悲鳴に似た声を上げた
「写真撮った?」
「後ろ姿だけ」
「見せてーーーっ」
皆がデジカメを奪い合うようにする
恋人はいるのかという問いに、一度だって答えてもらったことがないと いつかファンクラブの子達が言ってたっけ
恋愛がらみの話は一切しないから、あんまりそういうのに興味がないのかもしれないとか
初恋もまだだったりして、なんて言われてた
その氷室がいきなりお見合いだなんて
しかも、情報は確かで、教頭が得意気に言ったのだから
「私が紹介したんだよ
 彼女が氷室先生をとても気に入っていてね」
女が氷室を気に入るのは当たり前だというファンクラブの主張と
あんな男がいいのかよ、なんて嫌そうな顔をする男子一同と
見合いなんて似合わないと可笑しそうに笑う女の子達と、
ショックのあまり泣き出しそうな、吹奏楽部の子達
「氷室ってそんないいかー?」
「私は嫌だけど、顔は格好いいよね」
「大人だし」
「頭いい男の人って格好いいもん」
「でも性格があれだぜ?」
しばらく教室は騒がしくて
だが、チャイムが鳴ると 皆それぞれに 色んな話をしながらクラブへと向かった
そのザワザワを聞きながら はそっと溜め息をつく
心に生まれている熱い想い
嫉妬
呼吸するのを邪魔するような感情
独占欲
求めても、求めても、手に入らない人だから
こんなに好きでも、同じ想いはもらえないから
こんな醜い感情は、こんな激しい想いは なんとかして、なんとかして抑えなければならない
平常を保って、いなければならない

窓の外を見ながら目を伏せて、溜め息をついた彼
ああいう時、誰のことを考えているのだろう
その女の人のことを、考えていたのだろうか

思い出したら、切なくなった
今すぐ会いたいと思って、会ってはますます好きになると思った
いっそ二度と会えないくらい 遠くへ行ってくれたらいいのに
手に、入らないならいなくなってしまったらいい

そのまま、は音楽室へ向かった
今日は吹奏楽部もコーラス部も練習がない日だから、あそこには誰もいないはず
昨日のように、ピアノを弾いて想いを鍵盤にぶつけて
抑えてしまおう
強い音にして、吐き出してしまおう
「・・・・・っ」
ガラ、と
あけたドアの向こうには、知らない女性が立っていた
誰だろう
薄いピンク色のスーツを着ている大人の女性
自分はデジカメの画像を見なかったから この人が氷室の見合い相手なのかどうかは わからなかった
ただ 学校には不似合いな人
そう思った
「あなた、吹奏楽部の人?」
彼女の言葉に いいえ、と答える
「私 氷室さんに会いにきたんだけど、ここにはいらっしゃらなくて」
女性が笑ったのに、ああ、やっぱり彼女なのかと苦しくなった
心が重い
名前も知らない人に嫉妬している
あなたが氷室を好きになるのは勝手だけど、
氷室が この人を好きになるのは嫌だと思った

「今日は吹奏楽部の練習の日じゃないので、ここには来ないと思います」
「あなた、吹奏楽部じゃないのに詳しいのね」
「別に・・・」

彼女は何かを考える風にして、首をかしげた
早く、どこかへ行ってくれないだろうか
ピアノを弾きたいのに
一人になりたいのに
いくら待っても、ここに氷室は来ないのに
「職員室にいるんじゃないですか?」
「そこはさっきもう寄ってみたの、でもいなかったのよ」
「そうですか」
じゃあ図書館かもしれない
カウンターの貸し出し当番に 立っているかもしれない
それとも、数学準備室で授業の教材を用意しているか
教室で何か用事をしているか
校内の見回りの最中に、誰か問題児にお小言でも言っているか
それとも、それとも、もっと別のどこかで、

「困ったわ、氷室先生ならここだと思ったんだけど」

教師だから職員室
吹奏楽部だから音楽室
それだけ、彼女の知る氷室はたったそれだけ
「校内放送で呼べば・・・?」
嫌な気持ちが広がっていく
たったこれだけしか氷室を知らない人に、氷室が奪われてしまう
自分なら、もっと知ってる
氷室がいそうな場所を もっといっぱい捜せる
探して、探して、探して、見つけられる
会いたい衝動が抑えられなくて、見つけてしまう
ここで こんな風に待ってたりしない
(先生は、こんな人のものになってしまうの?)
美人で、大人の女性
嫉妬でいっぱいの子供な自分とは比べ物にならないくらい 氷室とつつり合うだろう
彼女のような人が氷室にはふさわしくて
こんな人を氷室は好きになるのかもしれない
思って、悲しかった
今すぐ氷室を大嫌いになれたらいいのに

さん」
静寂に似た空気を破ったのは、氷室だった
開けっ放しになっていたドアから中を覗き込み 彼女の姿を見るなり その名を呼んだ
「あら、氷室さん
 探してくださったの?」
嬉しそうに笑うに、氷室が苦笑に似た笑みを漏らす
「教頭からこちらへ向かったと聞いたので・・・
 困ります、勝手に校内を歩かれては」
「だって私、氷室さんに会いにきたんですもの」
コツ、とが歩くとハイヒールが床を鳴らした
彼女はピアノへと歩きながら 氷室を見上げて笑う
「ねぇ、氷室さん
 ピアノを弾いてくださらない?」
その視線が、氷室からへと移る
この場に邪魔だと言いたいのだろうか
氷室も、戸惑ったようにを見た
、君は・・・」
「帰ります、通りかかっただけなので」
何か言いたげな氷室の顔
必死に感情を押し殺した
クラスで喚いていた子達みたいに 声を出して言いたい
あんな人、好きにならないで
泣いてた子みたいに、自分も泣きたい
こんなに好きなのに
「用があったんじゃないのか?」
「ピアノ、使うみたいなので」
氷室の顔を見ることはできなかった
目を伏せた
そこに、の声がかかった
「ねぇ、氷室さん
 リストの溜め息、私のために弾いてくださるって言ったでしょう?」
甘い声だった
大人の女性はこんな風に、氷室と恋愛をするんだろうか
私のために弾いて、なんて
にはけして求めることができないこと
あんな風に愛されたいと願ったけれど、叶わないことはちゃんと知っている

ねぇ、先生
昨日弾いてくれたリストの溜め息、あれもこの人を想って弾いたんですか?

「帰ります」
・・・っ」
これ以上ここにいたら叫び出してしまいそうだった
好きって、言ってしまいそうになる
こっちを見てって、言いたい
身体中に溢れて仕方ないこの想いが、本当に自分ではもうどうしようもない

音楽室を駆け出したを追おうと とっさに身を返した氷室の背中に の声が降り掛かった
「まって・・・っ」
そうして、駆け寄ってくる
腕を取られて、潤んだ目で見つめられた
「離してください、を追わなければ」
さっき、職員室に戻ったら 教頭が嬉しそうに近付いてきてが今 学校に来ていると聞かされた
そうですか、と答えたら 君に会いに来たのだからと言われ
あの話は一度会ったその夜に断ったはずだと言ったら、彼は曖昧な顔で笑って言った
「それでもさんは君を気に入ってくれたんだよ
 それで今日も会いに来た
 もう一度 考えなおしてみてほしい」
当の本人はというと、さっきまで応接で待っていたが氷室が一向に戻らないので探しに行くといい
音楽室へ向かったという
何を勝手にウロウロしているんだと思いながら 会議があるからと逃げた教頭の代わりにこうして探しにきた
そして そこで を見つけた

は私の生徒ですから」
「いくら生徒さんだからって 追い掛けていったりしたら過保護だって笑われますわ」
「様子が変だった」
「そんなの、いちいち構っていたらキリがないでしょう?」

の言葉に、氷室は深い溜め息をついた
「すみませんが離してください」
「私を置いていくんですか?」
すがるような目
そんな風に見つめられても 何も動かない
ここでこうしている間に、はどこかへいってしまう
「あなたとは、もうお会いしないと伝えたはずですが」
「でも私、氷室さんを好きになったんです」
「たった一度お会いしただけで、私の何を気に入っていただけたんですか」
自然、口調がきつくなるのをどうしようもなかった
は廊下を走っていった
俯いて、こちらを見なかった
肩が震えているように見えたのは気のせいではないはずだ
昨日 激しいリストを弾きながら 先生のことを考えていたと言った
その時生まれた期待
あれはまだ、裏切られていない
何度も何度も繰り返したとの会話
翻弄されて、戸惑って、いつもいつも淡い期待を裏切られる
想いは叶わないと思い知らされる
それでも、の言葉の魔力にかかって またこうして期待している
先生を想っていた
その言葉がとても、嬉しかった
あんなに激しいものが、の中にあるのかと 妙に感心までしてしまった昨日という日
生まれた期待をまだ、抱いている
「どこを好きかなんて、そんなのは口ではいえませんけど・・・
 私達 まだ出会ったばかりだからこそ、お互いにもっと知り合えると思うんです
 あなたも私の何も知らない
 知ってくださったら、きっと・・・」
の言葉に苦笑した
「あなたを好きになるかもしれないと、言いたいんですか?」
こんなにも、で心がいっぱいなのに
こんなにも、ばかりを追っているのに
一体どこに、これ以上誰かを入れる隙間があるというのか
想いは溢れている
それでも あとからあとから生まれてくる
「私にはあなたに構っている時間がないんです」
腕を掴んでいるの手をはずさせた
走っていってしまったを想う
今から追い掛けて まだ間に合うだろうか
学校のどこかにいてくれるだろうか
一度 こちらを見た時に、きつい目をしていた
最近、よく見る目
一瞬で その強い光は消えて、いつものような何を考えているのかわからない風になるけれど
あの強さは、痛みを思い出させる
何かを隠してるような、そんな色に見える
「お返事はもうしたはずですが、直接言わなければ理解していただけないのでしたら、もう一度言います
 あなたとは もうお会いしません
 このお話はお断りさせていただきます」
強い口調で、そう言った
心はだけに向いていた
一刻も早く、ここから出てを探しに行きたい

校舎の東の非常階段へ向かう廊下で を見つけた
こんな場所 誰も通らない
この上は立ち入り禁止の屋上があるだけで あとは何もない
っ」
駆け寄ったら、驚いたように振り向いて は逃げるように階段へと走った
「待ちなさいっ、・・・っ」
声が響く
走るに手を伸ばした
その腕を掴むと、思ったより強い力でふりほどかれる
「来ないでくださいっ」
拒否の言葉
それでも、身体は止まらなかった
屋上へ続くドアを開けるの動作
遠くで鳴ったチャイム
ふりほどかれてもまた、に手を伸ばした
一体こんな風に追い掛けて、手を伸ばして、捕まえて
何がしたいんだろう
逃げるを、どうしたいんだろう
「来ないで・・・っ」
ビュウ、と
髪を風がさらっていった
一瞬、息ができない程の風に怯んだの腕を、強く強く捕まえる
屋上には 僅かなライトがあるだけで、冬の夕方はもう暗い
冷たい風が体温を奪う
「離してくださいっ」
の声
聞いたことのない程 大きくて荒れた声
まるで叫ぶみたいな
「どうして追い掛けてくるんですかっ」
まるで睨みつけるようなきつい目
腕を取られて逃げられなくなって、は目にいっぱい光をためながら 今にも泣き出しそうに言った
「どうしてこんな風にするんですかっ
 特別じゃないなら放っておいてっ」
はいつでも 淡々と話していた
心地よい響きの声、それがとても好きだった
そんなが、こんな風に声を荒げるなんて
まるで叫ぶように言うなんて、
「特別でも何でもないなら、放っておいてください・・・っ」
「何を、言っているんだ」
言葉がうまく出なかった
冷たい風が吹いていく
「あの人のところへ帰ってください・・・っ」
「彼女は関係ないだろう」
「だったらどこか遠くへ行ってくださいっ
 私の見えないところに行って・・・っ」
掴んだ腕は、まだ力がかかっている
逃れようと、は氷室を睨み付けている
「どうして、そんな風に言うんだ」
言葉の棘と、目の痛みと、苦しそうなの顔が全部一致しなかった
そんな酷い言葉を吐きながら、今にも泣きそうになっている
どうして、と
腕に力を込めたら、ふらつきながらが激しく首を振った
「先生なんか嫌い・・・っ」
嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、好き、大好き

誰よりも

「私、ダメなんです・・・っ」
嫉妬でどうしようもない自分
追い掛けて来て欲しくなかった
あんな二人を見せられて、妬いて、悲しくて、苦しくて、悔しかった
こんなに好きなのに、とまた思った
好きになった分だけ 同じ様に好きになって欲しいと求めてしまいそうでどうしようもなかった
あの頃から、何も変われていない
バカな子供のまま
欲しい欲しいと言って、結局失ってしまったのに
また同じ想いに 押しつぶされそうになっている
「ダメなんですっ、どうしてもっ
 同じだけ求めてしまうんです、同じだけ好きでいてほしいって思うんですっ」
誰が氷室を好きになってもいい
教育実習のあの人も、ファンクラブの子達も、図書室で告白したあの子も、さっきのあの女性も
氷室を好きになるのはかまわない
でも、氷室には誰も好きになってほしくない
自分だけを見ててほしい
それ以外は 見ないで
そうじゃないなら、優しくなんかしないで、突き放して
嫌いにさせて
これ以上、好きにさせないで
「私、バカだから 自分じゃどうしようもないんです・・・っ」
消しても消しても、消えない
嫌いになりたいと思ったって、嫌いになんかなれない
掴まれた腕の痛みに、涙が出そうになった
こんな風な氷室の行動にだって、何の意味もないくせに
特別じゃないなら、こんな風に追い掛けてなんか来ないで

「嫌いになりたい・・・・・っ」

ぼろぼろと、涙がこぼれていくのを 氷室は唖然として見ていた
激しい言葉
初めて氷室のことで泣いた
やはり言葉は出てこなくて、かわりにどうしようもなくただ見つめた
「もう嫌・・・
 先生のこと考えるの、もう嫌です・・・っ」
泣きながら、はこちらを見なかった
俯いたから、コンクリートに涙が落ちていく
腕は震えて、もう力を入れられなくなっているようで 氷室にかかる抵抗はない
それでも無意識に、が逃げてしまわないよう 強く強く腕を掴んでいる
この手を放せない
「先生のことばかり考えてるのも、先生の周りの人に嫉妬するのも もう嫌です
 私ダメなんです、どうしても
 どうしても、同じだけ求めてしまうんです
 好きになったら好きになった分、同じように好きになってもらえないとダメなんです
 私だけを見て欲しくて、私だけを特別に想ってほしくて、私だけを好きでいてほしいって思ってしまうんです
 求めて、求めて、失くしてしまったのに・・・
 また同じように思ってるんです・・・っ」
だから、と
震える声で言ったは 顔を上げずに言葉を続けた
「これ以上 先生のこと好きになるの嫌です
 先生のことばかり考えてるの嫌です
 誰かに妬いたりするのも嫌
 特別じゃないなら、優しくしたりしないでください・・・っ」

身体を冷やす風が吹き付ける中 氷室はを抱き締めた
腕の中にすっかり入ってしまう小さな身体
あんなにも激しい想いをが抱いていたなんて 思いもしなかった
はけして、自分など見ないと思っていた
この気持ちは自分だけのもので、けして受け入れられないものだと思っていたのに
こんな風に、泣きながら
が言うのが信じられなくて
この小さな身体にこれ程の激しさを隠していたなんて、と
氷室は言葉もなく、ただただを抱き締めた
押し殺していたのだろうか、こんなに激しい想いを
この激しさが、本当のの姿なのだろうか
こんなにも強く想ってくれた
それを必死に隠していたのか、抑えていたのか
想った分だけ求めてしまうから、と
泣いたが愛しくて仕方がなかった
同じ想いをずっとずっと、自分も抱えてきたのだから

腕の中にを抱き締めて、氷室はそっと目を閉じた
期待は、ゆっくりと消えて 確信に似た愛しさが残った


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理