諦めて、また期待、そして溜め息 (氷×主)


目の前に立っているのは、自分のクラスの生徒だった
試験は1位
クラスの誰からも慕われていて、誰にも分け隔てなく優しく
落ち着いた頭の良さを感じさせる印象の言葉遣いで話し
このあいだの吹奏楽のコンクールでも クラブを受賞に導いた
そんな生徒
教師受けも良く、氷室もそんな彼女が自分のクラスにいることを誇りに思っていた

彼女が今、自分を好きだと告げた

「君は、私の生徒で、私は教師だ」
言葉は、それしか出てこなかった
まさか、彼女がこんな風な気持ちを抱いているとは知らず、
彼女が何かにつけて話し掛けてきたり、特別な想いのこもった目で見上げてきたりするのも
教師である自分を尊敬してくれていての、行為だと思っていた
いつか、クラブの時に言っていたから
「先生のような人を 私は尊敬します」と
そして、その言葉が 教師としてとても嬉しかったから

「君は、勘違いをしているんだと思う」
尊敬や憧れは、恋ではない
彼女のように落ち着いている少女には、同じ年の男の子は子供っぽく見えるのだろう
年上で、教師として接する自分に憧れのようなものを抱いたか
もしくは、敬愛を、恋にすりかえているのか
「私はもう子供じゃありません」
彼女の言葉に、苦笑がもれた
自分には、彼女が今までにどんな風な経験をして、何を感じてきて、ここにいるのかわからない
子供と大人の差は、何だろうと思いながら
自分が子供だったせいで、大切な恋人を失ったを思い遣った
冷たい雨の記憶を乗り越えて、澄んだ朝に花を供えて
は、少し大人になった
その横顔を見て思う
強くなりたいと、逃げなかったを想った
そうしたら、胸が熱くなった

「君はまだ 高校生だろう」

一体いくつの恋をして、この恋を本物と言うのだろう
自分を大人だと言うのだろう
10人を好きになって、自分が11人目だとしても
もしくは初めて人を好きになって、彼女にとって もう氷室以外が見えないのだとしても

「君は生徒で、私は教師だ
 それだけだ」
それだけだった
誇らしい できた生徒
慕ってくる様子は可愛かった
でも、それだけ
この、思い出しただけで心が熱くなるのような想いは生まれない
子供である自分を恥じ、泣いて、取り返しのつかないことに悔いていた
子供であることは 恥ずべきことではない
犯した過ちに、想いの深さで償って
忘れないと、痛い心で誓ったのだから
はもう子供ではない
そして、その痛みを知る横顔に比べたら、ここで落ち着いたようにこちらを見上げている彼女を
とても幼く感じた
浅く水をはっただけの水面は、安定していると思う
揺らしたって ほんの少しの波紋しか起きない
彼女はそれだ、今もまだ落ち着いたような顔をして立っている
そして、はその正反対
深いがゆえに、不安定で 少しの揺れに大きな波が生まれて溢れていく
泣きもすれば、笑いもし、時に理解不明な眼差しを向けてくる
が、良かった
目の前にいる彼女では、ダメだった
「君の想いには応えられない」
なるべく、傷つけたくなくて
を想っているんだという この心を隠さなくてはならなくて
氷室は他に言葉を思い付かなかった
ただ、繰り返す
それに、彼女が辛そうな、悲しそうな顔をした

「わかりました
 先生は、私を好きになってはくれないんですね」

がいる限り
を想う限り
「すまない」
本当は、教師だからとか、生徒だからとか、そんなのは関係ない
彼女の言う通り、好きになるのにそんなのは関係ない
相手の、心の何かに魅かれてしまうから
立場や建て前や理屈の届かない場所で、人は人を好きになる
自分はに魅かれてやまない

彼女は、泣かなかった
強い子だと思って、心が痛んだ
好きだと思ったその気持ちを、相手に伝えようとする強さ
沈黙している自分にはないもの
それをうらやましいと思い、去っていく彼女の後ろ姿に苦笑がもれた
自分にも その強さと覚悟があれば こんな風に身を灼く思いに窒息しそうなこともないだろうに

それからすぐに、足音が聞こえた
はっとして顔を上げると 本棚の向こう側からが歩いてくる
ああ、ここにいたのか
もう皆帰ったと思っていた
淡々とした仕種で、無言で本をカウンターに置いた様子に、苦笑しかできなかった
今の会話を、聞いたのだろう
いつもより攻撃的な目を は自分に向けている

「先生は卑怯です」
その言葉は、真実だと思って それから誰のせいで、と苦笑した
こんな風に を特別だと想わなければ もっと他の答え方もできたものを
彼女と同じ生徒であるに強く魅かれ、
だけどは自分など見ないとわかっているからこそ
「生徒と教師」という立場だから、想いはとげられないと自分に言い聞かせた
そうでもしなければ、悲しすぎてやってられない
は死者を忘れないだろうし
死者への想いには、生きているものはかなわない
失ってしまったものは、二度と手に入らないからこそ 欲しくて恋しくて切なくて愛しい
「あの人が先生を好きなのは、先生のせいなのに」
では、自分がを想っているのは のせいだ
の横顔が、言葉が、声が、しぐさが、微笑が、自分を捕らえて放さない
他人を想い哭くのを見ても
義人を想い泣いたのを見ても
愛しさは増すばかりだった
どうしようもないところまで来てしまっている
なのに、けしてかなわないであろう 虚しい感情
行き場のないものは、自分を誤魔化して消してしまう他ないのに
そうできない、この近さ
が卒業して、会わなくなったら消えるだろうかと
悲しい期待まで、するようになった

「こんなに好きにさせておいて」

だから、がそう言った時 一瞬耳を疑った
見つめると、目の中の光がゆらゆらと揺れた
こんなに好きにさせておいて、
それは、こっちの台詞だと思った
そしてまた、切ない期待が胸に広がる
こんなに好きにさせておいて、
それはまるで、も氷室を想っているかのような台詞ではないか

言葉は何ひとつ返せなかった
は、それでも気にする風でなく 一人で話し続け
言いたいことを言って去っていった
最後の一言

「あんな風に言われたら、私ならきっと泣いてしまいます」

泣いてくれればいいと思った
が、自分のことで泣くのを見たことがない
いつも違う誰かのために哭いて、泣いて
その心も涙も、他人のものだった
自分の言葉にが泣くなら、それはその心が少しは自分を向いているということだと思う

が出ていった後、氷室は大きな溜め息を吐いた
思いは何一つ言葉にならない
それでも確実に増してゆき、いつか自分を押しつぶす そんな気がする
さっきの生徒の想いを殺したように、自分の想いも言葉一つで殺せればいいのに


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