まるで罰ゲームみたいなコーヒー (氷×主)


学校で仕事を終えていつもの店に寄ると、珍しく客は誰もいなかった
バイトの店員がひとりカウンターの中にいる
ドアが鳴ったのに顔を上げて いつもの声で「いらっしゃいませ」と言った
ふ、と
瞬間 とても気持ちが落ち着いた
自分はこの場所が、何より好きだ
のいる、この空間が

「今日は客がいないんだな」
閉店真際というわけでもないのに、と
カウンターの席に腰を下しながら言うと、は コーヒーをつくりながら口を開いた
さっきまで団体がいたとかどうとか
それで、少し得した気分になる
その頃来ていたら、こんな風に二人きりで過ごすことはできなかっただろうから
「マスターは?」
「今日も病院です」
は、手元を見たまま言った
氷室がカウンターに座ると、はいつも注文を聞かずにコーヒーを煎れる
それが 何かとても嬉しくて 氷室は最近客の少ない時はいつもカウンターに座っていた
ここだと が近く感じられる
向かいあって視線を合わせて会話ができるし、つぶやきも聞こえる
この距離が 氷室は好きだった
だが、今日はその近さゆえに の様子がいつもと違うことにまで気付いてしまった
少しだけ違和感を感じる
いつもなら、ゆっくりと視線を上げてこちらを見て答えるのに
静かで、音のないの所作とか 淡々とした落ち着いた声とか
そんなのが氷室はとても好きだったから
今では 何かにつけて氷室に笑いかけてくれるが嬉しかったし誇らしかった
色んな話をしてくれるようになったのに、心が温かくなるのを感じて
他の人間ではこうはいかないことを知っているから余計 優越感に似たものが生まれていた
1年の頃からでは 考えられないくらいに が心を開いてくれていると感じる
がこんな風に微笑するのは自分だけだと思う、少なくとも学校内では
そんなが、今日は手許を見たまま会話をする
何か、気に入らないことでもあったのだろうかと 最初にそう思った
怒っているのだろうか
機嫌が悪いのだろうか
特に荒々しく物を扱ったりする子ではないから 動きはいつも通り静かで落ち着いているけれど
伺った顔が、少し曇っているように思える
(・・・どうかしたか)
思った途端、が僅かに溜め息を吐いた

「・・・どうかしたのか」
「どうもしません」

淡々とした返事が返ってきて 氷室はますます戸惑った
今日の授業中やHRの時には こんな風ではなかつたのだが
帰りに2.3言葉を交わしたけれど、いつもみたいに目を見て話してくれていた
(・・・何か、しただろうか・・・)
少し 居心地が悪い
自分が、何かの気に触るようなことをしただろうか
来た時間が遅すぎるというわけでもないし、来てから言った言葉は僅かで それにが怒ったとも考えづらい
(・・・わからん)
苦笑して、そっと息を吐いた
相手は高校生で、女の子で、あのなのだから
自分の思い至らない部分で 何か微妙に浮き沈みがあるのかもしれない
そんな風に思って 氷室は少しから視線を外した
当然のことなのだけれど
は女で自分は男
は生徒で自分は教師
年の差、年令の差、経験の差、立場の差
色んなものが邪魔をして、氷室にはの考えていることが読めない
当たり前で、そんなことどうしようもないのだけれど
それが時々氷室にはもどかしくて仕方がない

「・・・これは・・・?」
ふと、店内に視線を彷徨わせていた氷室の目に 1枚の写真が写った
すぐ側に置いてあるから 手を伸ばせば取れた
見覚えがあって、心当たりのない写真だった
写っているのは自分なのに、これを撮られた記憶がない
(隠し撮り?)
が? と一瞬思ったけれど まさかそんなことはあるまいと思い直した
「それ、先生のファンクラブの子がくれたんです」
モテモテですね、と
少し棘のある言葉が聞こえた
「・・・ああ、あの子達か」
途端 納得がいった
どうやらはばたき学園には氷室ファンクラブがあるらしい
時々 取材だか何だかいって好きな食べ物や好きな音楽などを聞きに来る子がいるし
職員室の入り口からカメラを構えているのを 他の先生に注意されているのを見たこともある
何度、くだらないことはやめなさいと言っても解散しないし
バレンタインには必ず報われないチョコを持ってくる
そんなことをしている暇があったら勉強してテストでいい点を取ってくれと言うのに
それはそれ、これはこれと言ってきかないし
そのせいで、他の先生にからかわれたこともある
モテる先生は大変ですね、なんて
可笑しそうに、人の気も知らないで

「くだらない・・・・」
つぶやいたら、また棘のある言葉が返ってきた
「先生はガードが甘過ぎます
 こんな写真撮られて気付かないなんて」
コトリ、
アイスコーヒーのグラスが置かれた
「・・・それは、」
冷たいグラスを手許に引いてありがとうと言い
それから氷室は苦笑と一緒に言い訳を口にした
本人に気付かれないようにするから隠し撮りで、
それが彼女達は本当に巧く、時々他の先生も手伝って一緒になってやっているから とうてい自分一人では阻止できないのだ
見つけたものについてはカメラを没収したりしているんだと
言ったのを聞いているのか いないのか
は写真に視線を落としている
「・・・・・」
今日のは やはり機嫌が悪いのだろうか
ここに来てから一度も彼女の微笑を見ていないし、今も憂鬱そうにしている
その原因が 全く身に覚えがないのだが どうか自分ではありませんように、と思いつつ 氷室はコーヒーを口に運んだ
途端、口の中に広がる甘い味に 思わず吹き出しそうになる
「ぐ・・・・・」
いつもと同じ色のコーヒー
は自分の好みを知っているから 砂糖もなし、ミルクもなし
なのに今日のこのコーヒーは、まるで砂糖水を飲んでいるような味
どうして、と
思ってその顔を伺ってみても はこちらを見てはおらず ただ読めない表情で話を続けている
「先生の顔が不細工だったらよかったのに」
今度は何を言い出すのかと思いつつ、
このしうちはやはり、自分の何かが原因での機嫌が悪いのかと考えたり
これをこのまま飲まずにおいたら 怒るだろうかと思ったり
どうしようもなく ストローでくるくるとコーヒーをかきまぜながら氷室はの言葉を聞いていた
「ファンクラブの子は、先生の顔が好きなんだって言ってました」
綺麗な顔ですもんね、と
また棘が降る
なんなんだ
何か、この顔が気に入らないのだろうか
自分の顔など普段見えないから気にしたことなどない
ただ あの子達がそうやって騒ぐのを知ってるし からかってくる先生達の言葉から 見れない程悪くはないのたろうと思ったくらいだ
それよりも、そんな外見だけで判断されるのが気に入らなくて
人と接していて結局、顔だの背だのと外側ばかりしか評価されないのかと がっくりする
自分の内面は そんなにつまらないのかと溜め息が出る
「外見で人に判断されるのは好きじゃない」
少々うんざり気味に言ったら は視線をゆっくりと移してきて言った
「先生を好きになる人は可哀想です」
抗議みたいな声
今度は何だと 身構えた
「先生につりあうくらいの美人じゃなきゃいけないでしょう」
その言葉に溜め息が出た
どうしてが、そんなことを言うんだ

「人は顔じゃないだろう」と言ったけれど その言葉は簡単に言い返される
「先生みたいな美形に言われても説得力ありません」
ああ、本当に何に怒っているのだろう
一体 自分が何をしたと言うのだろう
今日のは やけにつっかかってくるし、まともにこちらを見てもくれない
いつもは微笑してくれるのに 今日はそれもない
気が滅入りそうだった
自分は昔から人付き合いだの何だのがあまり巧くないようで
義人がよく笑ってた
お前は不器用だから、嫌われたくない相手には言葉と態度に気をつけろと
そんな自分だから
気付かないうちに の気に触ったのか
だからが こんなにもつっかかってくるのか

どうしようもなくなって、コーヒーを口に運んだ
甘過ぎるコーヒー
これは人の飲むものではない
グラスの半分くらい液糖が入っているんじゃないかというほどに、甘くて苦い
それでも、なんとか半分くらいまでは飲んだ
このしうちへの心当たりはないのだが
それでも が自分にこれを出した以上 何か彼女の気に触ることを自分がしたのだろうから

「私、先生の顔 嫌いです」

が写真を手にして言った
特にどうも思わなかった自分の顔
好きでも嫌いでもなかった
人は外見ではないだろうと いつも思っている
だが、にそう言われると かなりのショックが頭から身体を突き抜けていった
「・・・・・」
ではどんな顔なら好きなんだと、考えた
ほんの一瞬
この顔を に嫌いと言われたら それはとても悲しいことだと思った
それで を見つめた
ゆっくりと視線を合わせ、それから瞬きをひとつしてが言う

「嘘です」

本当は好きと、は笑った
周りの音が全部消えて、色んなものがゆっくりと動いているように感じて
氷室は の口元から目が離せなかった
静かな微笑、でもそれで
ようやく、ようやく 氷室はほっと息をついた

帰る頃には は普段の様子に戻っていた
少し話をして、それから会計を済ませて店を出る
席を立つ時に 視線をやった写真
できれば持って帰りたかった
あんな隠し撮りの写真、の手許に置いておきたくなかったし
明日になったらファンクラブの子達の写真を全部没収しようと思っていた
そう言ったら が笑った
「これは、私が貰ったので私のものです」
ここは学校じゃないから 先生には取り上げる権限はありません、なんて
少し悪戯な目をして言った
色んな 期待の混ざったような感情が生まれそうになる
それは、もしかしたら、自分の写真を持っていたいということか
それとも、やはり
いつもいつも裏切られるよう
そんな理由は一切なく、単なる気紛れでそう言うのか

何にせよ、写真はの手許に残った
氷室は店を出て もう暗くなった空を見上げる
また淡い期待が生まれそうになって あわててそれを否定した
の中で、自分が特別になる日など来ないと知っている
期待は自分を傷つけるだけで、
何度も何度も裏切られているのだから いいかげん自分も学習しなくてはいけないんだと
言い聞かせて 氷室は一人帰路についた


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