予感 (氷×主)


窓から見える空を見ながら はカウンターの上に置いてある写真を指の先で触っていた
夕方になって、うっすらとオレンジ色をした空には ぽつぽつとした雲が浮かんでいる
先程まで この店はいつになく賑わっていた
氷室ファンクラブの女の子達がジュュースを飲みながらカウンターで騒いでいたのだ
どこから仕入れてきたのか この店が氷室の行きつけの店だと聞いたと言い
に、隠し撮りした氷室の写真なんかを見せながら 色んなことを喋っていった
さんは氷室先生のことどう思う?
 もしファンクラブに入りたかったら言って、入れてあげるから」
本当に、呆れる程たくさんの写真がぎっしりとアルバムに入れられて
それを宝物のように 女の子達は鞄にしまった
「氷室先生 ここにはどのくらいよく来るの?」
「週に1回くらい・・・」
「それは要チェック!
 で、何飲むの?」
やたらと、テンションの高い女の子達
一様に目をキラキラさせて 嬉しそうにこちらを見ている
「コーヒーが好きみたい」
砂糖はなし、ミルクもなし
「そうなんだ、プラックで飲むってすごく氷室先生らしいよね」
「何とっても格好いい〜」
まるでアイドルか何かのおっかけみたいに
聞いたことをメモってみたり
どの席に座るのと聞いては、その席に腰掛けてみたり
そのあまりの人気っぷりに は驚きを越えて呆れた
どちらかと言ったら怖い先生だという意見の方がよく聞くから 噂には氷室ファンクラブがあるなんてこと聞いてたけど まさかここまでとは
本当に芸能人相手にしてるような熱狂ぷりに は何か複雑な気持ちになった
「そんなに、いい?」
「あ、やっぱりさんも氷室先生否定派なの?」
「そういうわけじゃないけど」
どこが、好きなんだろう
みんなは、氷室のどういうところが好きなんだろう
このメンバーの中には吹奏楽部の子も何人かいるから もしかしたら
自分の知っている氷室よりも 遥かに素敵な面を 皆は知っているのだろうか
自分の知る氷室など、ほんのほんの一部にすぎないのだろうか
「どこって まず顔でしょ
 それから声でしょ、それから頭いいとこでしょ
 それから背が高くて 冷たそうな目が良くない?
 厳しいのも 私は好きだな」
「教科も数学ってすごく格好いい」
口々に皆が言う
いつかの、氷室に一目惚れしたきらめき高校の教育実習生も言っていたっけ
あの見た目がとてもいいって
そして、期待を裏切らない落ち着いた所作に声
聡明な目とか言葉遣いとかも、たまらないんだとか
女の子達は、客が他にいないのをいいことに さんざん盛り上がった後 に1枚の写真を渡して言った
「無理強いはしないけど、氷室先生が誤解されてると私達悲しいし
 怖いだけの先生じゃないんだから、もっとちゃんと見てみて」
楽しそうで、
嬉しそうで、
どこか誇らし気だった彼女達の顔
見ていて、溜め息が出る程に 滅入った気分になった
自分だって知ってる
皆が言うような怖いだけの先生ではないこと
にとって、今では何より誰より この心を揺らす人
彼女達が言うように 顔が好きだったり
背が高いのがいいと思ったり
数学とか吹奏楽とか、そんなのに魅かれてるんじゃないけど

ただ、彼があんな風な見た目なのに むしろ期待を裏切って熱いのとか
戸惑って どうしようもなく 無言で 急に抱き締めたりするのとか
融通がきかないくせに、何かの拍子に言葉を失くしてただ、立っていることしかできないでいるのとか
たかだか一生徒のために、怒って、心配して、必死になって接してくれるのとか
何も言わずにそこで、見守ってくれているのとか

今までの2年以上の、色んな、色んなことが重なって
今、とても彼を好きだと思うのだけれど

「こんな写真撮られて、」

指で、少しピントのずれている写真をはじいた
すっと滑っていく 彼の真面目な顔
あんなに一杯
あんなに何度も何度も写真を撮られて気付かないなんて
「ガード甘いんですよ、先生」
見た目に反して、意外にどんくさかったり
頭いいくせに、鈍かったり
ただの担任の先生のくせして、あんなに自分に対して必死になったり

「でも先生は私だけの先生じゃ、ないですもんね」

つぶやいて、溜め息をついた
そうしたら、からん、と
入り口のドアが開いて、氷室が姿を現わした

「今日は客がいないんだな」
「さっきまで団体さんがいたんですけど」

氷室は、カウンターへ座った
最近、時々こうして ここに座る
注文も聞かずに、はアイスコーヒーを作りはじめた
氷室の顔を見たら、何か急に腹が立って それで小さく溜め息を吐く
「・・・どうかしたか?」
「どうもしません」
不思議そうに、氷室がを見たが は視線を返さなかった
こうやって氷室が店に来るのにも、
こうやって話し掛けてくれるのにも、
理由はないのだ
自分はただの生徒で、氷室はただの担任
自分は皆の知らない氷室の顔を知っているのかもしれないと思ったけれど
本当はそうじゃないのかもしれない
はあんなにいっぱいの氷室の写真なんか持ってないから
ファンクラブの子達の知る氷室の 半分も彼のことを知らないのかもしれない

「・・・これは・・・・?」
ふと、
黙ってコーヒーを作るに居心地が悪くなったのか、辺りを見回していた氷室は側に置いてあった写真を見つけた
自分が写っている
心当たりのない写真
それに少しピントがずれてる
「ファンクラブの子がくれました
 200枚くらい、持ってましたよ」
さっきまで皆ここにいて、と
はようやく顔を上げた
驚いたように、写真を見つめ
続いて氷室は溜め息を吐いた
「くだらないことを・・・」
「先生ってガードが甘いんですね、200枚も撮られて気付かないなんて」
「それ・・・は・・・」
何か言いたげな氷室の前にアイスコーヒーを置く
それに ありがとうと言って手を伸ばしながら、隠し撮りされていることに気付かない言い訳なんかを一言二言つぶやいて
氷室はコーヒーを一口飲んだ
「ぐ・・・っ」
途端、ぴくっと肩を震わせて動きを止める
横目で見ながら まるで八つ当たりするみたいに
は続けた
氷室への、何の抗議なのかわからないような言葉が止まらない

「先生がそんなに美形じゃなかったら、良かったのに」
「何の話だ」
からん、氷室はどうしようもなくストローでコーヒーをまぜている
「ファンクラブの子達は 先生の顔がいいのとか、背が高いのとか、声がいいのとか、頭がいいのとかが好きなんだって言っていたから」
「そんなことを言われても嬉しくない」
「人気がないより、嬉しいでしょう?」
「外見で人に判断されるのは好きじゃない」
「先生を好きになる人は可哀想ですね」
「・・・なぜだ」
「だって、先生みたいな綺麗な人につりあうくらい美人じゃなくちゃいけないから」
「人は顔じゃないだろう」

もう一口、氷室がコーヒーを口に運ぶのを見ながら は写真を手に取った
綺麗な顔
涼し気な目、整った顔
あの子達が素敵だって言うのはよくわかる
それで背も高くて、自分よりいくつも年上で、落ち着いていて、頭がいい
憧れるんだろう
そんな存在に、恋人の理想像を重ねるんだろうか
氷室がこんなに綺麗な顔をしていなければ、こんなに彼がモテることもないだろうに
(欠点も多い人なのにな)
融通が聞かない、目が冷たい、口調は厳しすぎるし、運動神経はゼロだって聞く
氷室否定派の言うことだって間違ってはいないのだから、氷室にもいいところばかりなはずないのに
この顔のせいで、それを帳消しにして慕ってる子が本当に多い
今日 それを思い知った
(世界には、たくさんの人がいるんだな)
閉ざしていた世界から出てきて周りを見渡して感じる
たくさんの人がいて
氷室を見ているのは自分だけではなくて
氷室は 自分の生徒全員を見ていて、
世界のたくさんの中の、自分は一部にすぎないんだと思い知る
それは、時にとても切ない
「先生がもっと不細工だったらよかったのに」
の言葉に コーヒーに集中していた氷室が顔を上げた
「そしたら、ファンクラブの子もあんなに大騒ぎしないでしょう?」
嫉妬に心が熱い
氷室の顔や背や声を好きになったんじゃない
氷室の顔がこんなに整っていなかったら、世界で氷室を見ているのが自分だけだったかもしれないのに
「私、先生の顔って嫌いです」
「え・・・」
氷室は、戸惑ったような顔をした
自分にはよく見せる顔
何か言いたいのに言う言葉が見つからない、そんな顔
どこがクールで大人だっていうんだろう
皆はまるで氷室が完璧人間みたいに言うけれど
彼だって、言葉につまってどうしようもなく、こんな風にこちらを見てるだけのことも あるのに

「嘘です」

ようやく、心にたまっていた嫌なものが取れた気がして、は僅かに微笑した
この独占欲に悩まされる
氷室は自分だけのものではない
でも、それでも
自分しか知らない氷室がいると信じたいし、この時間が二人だけのものであることは事実
二人で交わした会話は二人だけのものだし、
完璧な氷室しか知らない子達に比べて 自分の方が本当の氷室を知ってると思いたい

本当の氷室を好きになったんだと、思いたい

複雑な顔をしている氷室に もう一度微笑した
増していく想いに、どうしようもなくなる予感がする


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