嫉妬 (氷×主)


補習やらクラブやらで毎日学校に来ている気がする、と思いながら は教室に入った
今日から1週間 数学の補習
できた人から提出して帰りなさいというプリントの、嫌味な問題に悩まされながら は時々窓際に立っている氷室を盗み見した
さっきまで黒板で説明していた数式は、なんとなく理解できたものの
問題となるとさっぱりわからなくて、それではプリントにミミズののたくったような数字を書きながら溜め息をついた
もうほとんどの生徒がプリントを提出して帰っていて、最後の一人が今 席を立ったところだった
(・・・外、暑いんだろうな・・・)
氷室の立っている側の窓からは、まぶしい程の光が差し込んでいる
運動部の声が、閉めた窓の向こうから わずかに届いた
教室はとても静かで、今 ここにはと氷室しかいない

、手が止まっているぞ」

外を見ていたのがばれたのか、氷室がそう言って近付いてきた
「先生、こんな嫌味な問題ばかり作ってたら嫌われますよ」
「君たちが成長するためなら、喜んで嫌われものにでもなろう」
どこか嬉しそうに笑いながら言った氷室を はわずかにねめつけた
ひっかけ問題に生徒がひっかかったり、難しい宿題を出したりした時 氷室はこういう顔をする
「意地悪ですよね、先生って」
「君たちのためだ」
見せてみなさい、と
やりかけのプリントを覗き込んだ氷室は、のクタクタの字を見て苦笑した
「ああ、まだ手が治ってないのか」
「シャーペン持つと痛いんです」
バイト先で怪我をしたのは ついこの間で
未だに字などを書くときは痛みが走って ヨレヨレの字しか書けないでいる
おかげでさっきの補習のノートは取れなかったし、
プリントの字はこの有り様だ
「仕方ないな、ノートを貸しなさい」
氷室の目が右手首に落ちるのを感じながら は言われた通りにノートを出した
隣の机をくっつけて、そこに座って
氷室がポケットからボールペンを取りだす
長い指、シンプルな作りの銀色のボールペン
氷室の持ち物は、氷室にどこか似ているなと思いつつ はぼんやりとその様子を見ていた
さっき黒板で説明した補習の内容を、氷室がもう一度説明しはじめる
「このプリントの解答を見るに、君はここを理解していないようだな」
サラサラと、ノートに書き込まれる綺麗な数字
黒板で見るのとは少し印象が違う
「このパターンとは、ここが違う
 君は このあたりを混同しているだろう」
聞きながら、なるほどよくわかると思いつつ
はじめから そう説明してくれればいいのにと不満にも思う
その考えが伝わったのだろうか
苦笑して、氷室は言った
「生憎、授業中には君がどれほど理解しているのか わからないのでな」

のまるっこい字の後にはとても違和感のある氷室の綺麗な字で書かれたノートは たっぷり1時間の補習の後 閉じられた
「明日はノートを取らなくていいようにプリントにしてこよう」
それは のためにか
それとも、コホンというせき払いの後付け加えられた ノートを取らない生徒も多いし、という理由からか
氷室はのプリントを回収して 少し笑った
授業中ではけして見せない顔だと、思った

もしかしたら、自分は他の生徒より 氷室といる時間が長いのかもしれない
そして、だからこそ
こんな風に、氷室を想ってしまったのかもしれない

「先生ー、補習まだ終わらないんですか?」
黒板を消している氷室の後ろ姿をぼんやりと眺めていたは、突然静かな教室に響いた声にはっとして意識を戻した
楽器を片手に持った女生徒が2人、教室を覗き込んでいる
「ああ、今終わった」
「パート練習とっくに終わって、みんな先生を待ってるんですよ
 もう1時間も過ぎてます」
「すまない、すぐ行く」
吹奏楽部の子だというのはすぐにわかった
氷室をせかす様子をみながら、ふと思う
自分のように、氷室を特別に思っている生徒は 他に何人もいるのかもしれないと
この生徒のように、吹奏楽部での氷室を知っていて
コンクールや文化祭に向けて 一緒に練習をしている生徒は 自分の知らない氷室をきっと知っているのだろうと思う
そしてその事実は、を不愉快な気持ちにさせる

(私・・・進歩がないな・・・)

気をつけて帰りなさいと言って、慌てて教室を出ていった氷室の姿が消えると はそっと溜め息をついた
今までは、他人に興味などなかったから気づきもしなかったけれど
閉ざした世界を広げて見てみれば、みんなが誰かに恋をしていて
氷室にも、誰かの想いが向いていることが多かった
それに気付く程、自分はこの現実に目を向けていて
それに嫉妬する程に、氷室に想いを向けている

昔からそうだった
本気で恋愛した最初の相手である洋平にもそうだったように、
向けただけの想いが返ってくるのを期待して、
嫉妬して不安になって、疑って、求めた
洋平は、求めて応えてくれたけれど、氷室はそうはいかないから
彼は先生で、生徒は自分だけではなくて
クラスやクラブで何人も相手にしているたくさんの中の一人でしかないのだから
たとえ この想いを抱くことを洋平が許してくれるとわかっていても
それ以上 どうにかなるというものでもなく
想いはここで止まるしかないのだから
教師相手の想いが、受け入れられるはずはないのだから

この嫉妬は、どうしても隠さなければならない

ふと、机の上のノートを見た
そっと開いて 中を見る
綺麗に整った数字
黒板の授業そのままに、わざわざもう一回書いてくれた
こんな風にしてくれるから、ますます好きになる
捕われていく
この心が

小さく溜め息をついて、は教室を出た
廊下を歩いていると開け放たれた窓から、吹奏楽部の出す音が聞こえてきた
別館の3階の音楽室
今、そこで 氷室と一緒にいる吹奏楽部の生徒達がうらやましいと思った


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