身を焦がす熱に、灰になってもいいと想う (氷×主)


5日前だった
夕方の6時過ぎ、さして学校でする用事もなかったから そういえば今日はのバイトの日だったかと
あの喫茶店まで足を伸ばした
一人で何かをゆっくり考えたい時とか
何をするでもなく、ぼんやりと気分転換でもしたい時とか
そんな時はふと、あの店を思い出す
元々、お気に入りをたくさん持つ性格ではなかったから、大抵行く店は決まっていて
酒を飲むなら義人の店
そうじゃないならの店だった
その日もなんとなく、足が向いて それでいつもの角をまがった
そこに、あのきらめき高校で教育実習中だという教師のタマゴが、丁度店に入るのを見た

「・・・・・」

途端に、マシンガントークに辟易したのが思い出されて
相手が自分のことを覚えているかどうか、さだかではなかったが
何にせよ、氷室の足はそこで止まった
できるなら、会いたくはない
何をされたというわけでもないが
彼女に何か気に触るところがあるわけでもないが
あのタイプはちょっと苦手で、
そもそもゆっくりしたいと思って来ているのに、またあんな溜め息の出るほど苦痛な時間は過ごしたくないと
苦笑して、その日は逃げ帰ってきた

今日はその、5日後

(・・・・・7時か・・・)
書類をまとめてファイルして、棚に戻したところで、壁の時計の音が耳についた
この季節、まだ外は明るいから、ついつい時間の感覚がずれてしまう
もうこんな時間か、と
人の少なくなった職員室を見回した
今日は何の当番もないし、仕事はたった今 全て綺麗に終わったし
かといって、外の薄明るさが、まっすぐ家に帰る気にさせなかった
7時
この時間なら、まだはバイト中のはずだった
マスターの奥さんの出産が近いんだとかで、最近マスターは夕方はに店をまかせて病院に通っている
それで以前は週に3日しか出ていなかったバイトも、今はほぼ毎日通っているとか
「7時か・・・」
このあいだ、あの教師のタマゴをみかけたのは もっと早い時間だった
まさか彼女があの店に 今日もいるわけがないと思いつつ
なんとなく苦笑して、氷室は車のキーを手にした
今からでは着く頃には、閉店の時間になってしまうかもしれないが、それでも足は店へと向かった

あの角をまがった時、きれいにカールした髪の女性が店を出ていくのが見えた
ギク、として立ち止まる
うちあわせで使ったこの店が、よほど気に入ったのか
それとも ものすごい偶然が重なっているのか
見覚えある横顔が、溜め息を吐いて去っていくのを 何かホッとしたような気持ちで見送った
彼女はきらめき高校の教育実習生で、一度打ち合わせで会ったきり
ただ、その場での彼女の様子が 自分にとってあまり好ましいものではなかったから
何か身体が勝手に拒否反応を示している
店の中ではち合わなくて良かった、と
苦笑して、氷室は店のドアに手をかけた

からん、
心地良い音が響く
カウンターの中に、後ろ姿のが見えた
閉店の15分前だから、客はさっきの彼女で最後だったようで
は背伸びして 棚にカップなんかを片付けているところだった
「すまない・・・こんな時間に」
声をかけると、がゆっくり振り返った
「いらっしゃいませ」
氷室の姿を確認する前に、もう相手がわかっていたかのようなタイミング
微笑して、はいつものようにそう言った
時間もギリギリだし、わざわざテーブル席へ座るのも、と
思い 側のカウンターに腰かけた
何も聞かずに、はコーヒーのカップを並べている
慣れたような手付き
最初にここに来た頃、氷室が好んでコーヒーを飲んでいたのを覚えていたのか
このあいだ、溜め息連発だった氷室にが出してくれたのはコーヒーだった
まだ巧く煎れられないから、と言っていたのはいつだったか
薫りのいい、やわらかな味のコーヒーは、疲れていた氷室の心をすっとあたたかいもので満たしてくれた
そのさりげなさとか、
その行為とか、
特に意味はないのかもしれないけれど
たまたま、コーヒーが巧く煎れられるようになったから あの時出してくれただけなのかもしれないけれど
今も黙って、コーヒーを煎れている姿に、心が熱くなった
こうしてこの店で過ごす時間
たった15分でも、
それは行き場のないこの想いをさらに深いものにしてしまうけれど、だけど
それでも、来てよかったと思わせる

「先生、質問してもいいですか?」
コトン、と
氷室の前にカップをおいたが こちらを真直ぐ見つめて言った
「何だ?」
何を改まって、と
思いカップを手にすると、薫りがすっと流れてくるのがわかった
こういう風に薫りを消さずに煎れるのは難しいだろうと思う
濃すぎず、薄すぎてもダメで
一体どういう風に練習をして、こう煎れられるようになるのかと不思議に感じた
毎日毎日ひたすら煎れ続けるのだろうか
それとも、何かコツのようなものがあるのだろうか
「先生は、恋人いるんですか?」
穏やかな気持ちで、そんなことを考えていたから
「・・・は?」
本当に急で、想像もしなかったの言葉に、氷室は一瞬きょとんと、の顔を見つめた
恋人?
何を急に
「先生は、恋人がいるんですか?」
もう一度繰り替えされた質問に、なぜそんなことを聞くのかと
今度は眉間にしわがよった
「あの人に、聞いておいてって言われたんです」
あの人、と
が言うのは 彼女のことか
吹奏楽の打ち合わせで たった一度会っただけの、あの彼女か
「何度かこの店に来て、先生のことを待ってたんですよ
 今日も、さっきまでいました」
会いたいって言って、と
静かに言うの表情からは、何の意図も読み取れなかった
会いたいと言われても困る
こちらは特に用事はないし、できれば同じテーブルにつきたくはない
どうも苦手なのだ
一方的な女性のお喋りが、自分に向けられると苦痛でしかないと知ってしまった後では
あえて会いたいとは思わない
しかも、この場所では絶対に
との時間を過ごせる この聖域では
「恋人、いるんですか?」
「いると、言っておいてくれ」
顔をしかめた
会いたいと言って、恋人がいるのかと聞いてくるということは、
この自分に対して多少の好意を持ってくれているということなのだろう
たった一度会っただけで、相手の何かわかるというのだろうと不思議になり、
次いで その好意に対して自分は全く応えることができないことを ほんの少しだけ申し訳なく思った
言った言葉に は複雑な顔をしている
「本当は、いないんですか?」
「・・・なぜ、そんなことを聞く」
恋人は、いない
だが、いると言うことで彼女が諦めてくれるなら、いると言っておきたかった
向けられた想いに、返せるだけのものを氷室は持っていない
「恋人、本当はいないなら、あの人とつきあってあげてもいいと思ったからです
 あの人・・・真剣みたいだったし、きれいな人だったから」
は店のドアにクローズの札をかけに行き、
そのままエプロンを外して 氷室の隣のスツールに座った
時々 こちらを見上げるような仕種をする
今、君は何を考えているのか
今、言ってる言葉は全て、本気なのか
「・・・興味がない」
短く、そう答えた
溜め息が漏れる
どうして、つきあえばいいなどと、が言うのだ
他の誰でもなく、
何も知らない顔をして

(・・・知らないのだから、仕方がないが)

この想い
胸に秘めた熱い感情
全て全てに向いている
誰より、何より、特別な少女
生徒としてではなく、唯一の存在として
この身を焦がす程の熱で想っているのは、、君だけなのに

「じゃあ、誰になら興味があるんですか?」
その言葉に、もうの方は見ることができなくなった
じりじりと、焦がれていく
なんて残酷な少女
君がそれを言うのかと、もう一度溜め息をついた
誰に興味があるかって、
君以外に誰がいる
今、そこで
何も知らずにいる、君にだけ
という存在にだけ、魅かれてやまない
もう、ずっと、ずっと

コーヒーを飲み干した
こちらに答える気がないと判断したのだろう
「あの人には、先生には恋人がいるって言っておきます」
そう言って、は空のカップを下げた
無駄な音をたてない仕種
心地いい、声
溜め息をついて、ああ、と答えたら わずかにが笑った
「先生、溜め息ばっかりついてると、幸せが逃げるんですよ」

一体、誰がこんな気持ちにさせているのか、と
思ったが、言葉にはしなかった
この想いは行き場なく、身を焦がしているけれど
いっそ、この熱に灼かれるなら灰になってもいいと
思える程に、君が愛しい
幸せが逃げる、なんて言いながら 笑ったその姿が何より誰より愛おしい
残酷な
君がそこにいるなら、他には何も望まない


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