証 (氷×主)


放課後、どうしても立ち上がる気にならなかったから ずっと席に座ってた
誰かが開けた窓から、冷たい風が入ってくる
外はもう暗い
秋は急にやってきて、
きっと知らない間に冬になるんだろう
ぼんやりとしている間に、季節はそうやって過ぎていく
を置いて

「・・・、まだいたのか」

さっき、下校時間のチャイムが鳴った
見回りに、氷室がやってきて そう言った
映画を見てるみたいに見える、景色が
チャラ、と
氷室の手にある鍵の束が鳴る

「いや・・・、いいんだ、探して、いた」

規則正しい足音、近付いてくる
ゆっくりと顔を上げた
早く動くのがあまりにおっくうで
心の中の器にたまった水が、こぼれてしまいそうで

・・・」

先生の声、落ち着いていて好き
席の側まできて、氷室は立ち止まり言葉を探す風にした
やっぱり全部が映画みたい、よそでの出来事みたい

辺りは静かで、
多分校舎には もう誰もいない
、と
もう一度名前を呼んで 氷室は何かを机の上に置いた
は、氷室の唇を見ていた
ためらいがちに、言葉をつむぐ

「これは、君が持っていなさい」

ゆっくりと視線を落とした先に、あったもの
びくん、と
途端に、映画が終わった
はっとして我にかえる
洋平が照れながら差し出したラッピングされた箱
開けたら、はじめて手にするような大人っぽいペンダントが入っていた
細いチェーン、くすぐったかった
泣いたら、
お前は大袈裟だと言って、笑い
ありがとうと言ったら、どういたしましてと照れた

大好きな洋平との思い出がいっぱいの、大切な大切なもの

「どうして・・・・」
震える声、見上げた氷室の目は揺れていた
「大切なものなのだろう」
一言一言、確かめるように言葉にする
どうして先生がこれを持っていて、どうして大切なものなのだろう、なんて言うの
これは捨てたのに
もう二度と手許に戻ってこないよ、と
義人に言われてなお、いらないと言ったものなのに

「どうして・・・先生がもってるんですか・・・」

毎日毎日つけていた
校則が厳しかったから、学校にいる間は制服の中に隠すようにして
私服に着替えたら、嬉しくてまるで自慢するみたいに服の上に
飽きないのか、と聞かれたことがある
洋平がくれたもので、洋平が選んでくれたもので
洋平の想いみたいなものに、飽きたりするはずないじゃない

「捨てるべきではないと、私は思うからだ」

小さく、氷室が息を吐いた
私の決意を、苦しかった選択を、台なしにするの?
洋平を忘れて、優しい義人に想いを返せるように
必死なのに
洋平のことを、心から消そうと必死なのに

どうして邪魔をするの?

「君が誰を想って、何を見ていてもかまわない
 誰かを忘れなければ、別の誰かを想えないなど、ありはしない」

静かな声
心がグラグラと揺れて、どうしようもないくらいに痛かった
わからないから、こうしているのに
洋平を好きなまま、義人も好きになるなんてできなくて
心に洋平がいるかぎり、義人を洋平に重ねてしまうから
あの人の優しさに応えたいと
こうやって、必死に足掻いているのに
もがいているのに

冷たい風が頬にあたったのに、は自分が泣いているのに気付いた
音もなく滑っていく雫
何を想っての涙かも もうわからない
ただ自分が辛くて、逃げているだけなのだろうか
誰かを好きになることに
洋平を想うことに
苦しみと痛みしかもたらさないこの想いから、自分は逃げようとしているのだろうか

「洋平はひまわりが好きだったんです・・・
 だから私も好きになった、あんな風に笑うと可愛いって、言ってくれたから」
ぽつり、ぽつり
誰へともなく話しはじめる
「洋平は大人のくせに勉強がきらいで・・・夏休みの宿題なんか全然手伝ってくれなくて
 大人は夏休みの宿題がないからいいって、笑ってた
 ・・・私ははやく大人になりたかった・・・」
うつむいて、銀の鎖を見つめながら
「大好きだったんです・・・はじめてあんなに人を好きになって
 私は世界が洋平だけになってしまった
 ・・・好きだと何度も言って、何度も言ってもらって、それでも、不安で眠れなくなった」
まだ中学生だった自分
大人だった洋平
相手の想いが本当かどうか確かめる術はないのかと、そのことばかりを考えていた
「好きだよって、その言葉・・・・どうしたら本当だとわかるんですか?」
見上げた先で、氷室は黙っている
何か言いたげな目をして、こちらを見つめている
「ねぇ先生
 私はばかなんです
 何回好きって言ってもらっても、何回本当だよって笑ってもらっても
 不安は消えなかった、本当かどうかなんて、わからなかった」
恋はなんて辛いんだろうと思った
こんなに好きにさせた洋平を酷いと思った
そして、こんな風なのは自分だけだと思って
どうしようもなくなった
だって不安なのは自分だけで、洋平はいつも笑っていたから

「恋人同志はセックスするでしょう?
 私は・・・洋平にそうしてほしかった、でも、してくれなかった」
震え出す、の肩
机の上で手はぎゅっと握られて、涙はぼろぼろとこぼれて
「中学生は子供だから、相手にしてもらえなかった
 大人になったらねって、いつも言われて
 私はその度に、愛されてないんだと悲しくなった」
だって、愛があったら抱いてくれるでしょう?
本当に愛してくれているのなら
「いつ、大人になるんですか?
 そういうこと経験してたら・・・大人なんですか?」
バカだった自分
そう答えを出してしまった子供だった自分
「私は・・・大人になったら洋平が抱いてくれると思って・・・
 そういうことをしてる友達と、セックスしたんです
 私は・・・バカだったから・・・・っ」

車の中、
笑ってた年上の友達
平気平気、慣れるから
やりたいって言ったの、あんたでしょ

今でも あの時のことを忘れられない
みんな笑ってて、私だけ泣いてた
大好きだった人にあげたかった身体を、自分で汚して
好きでもない友達とセックスして、それで大人になれると思っていた

「そうしたら、洋平が抱いてくれると思ってた・・・っ」

悲しくて、悲しくて
痛くて痛くて、苦しくて苦しくて
雨が降ってるのに車を飛び出して、走った
どうしようもなくて、吐きそうだった
あんな行為に何の意味があって、
自分が何をしたかったのかなんて、もうわからなくなっていた

ただ洋平に、会いたかった

「あの朝・・・私が電話で呼ばなければ洋平は死ななかった・・・っ」
は 吐き出すように言って、咽から嗚咽が漏れたのを飲み込んだ
机の上にしずくがいっぱい落ちている
自分が子供だってこと
バカだったってこと
嫌というほどわかってる
充分すぎるほど理解した
だからどうか、どうか神様

洋平を返して

そっ、と
氷室の手が震えているの手に重なった
冷たい、体温の低い手
包み込むように大きなその手の上にも、の涙は落ちていった
ぼろぼろ、ぼろぼろ
どうしてこんなことを、氷室に話しているのかわからない
心にたまっているものが、全部流れていってしまう
全てを吐露して許されたいのだろうか
もう、わからない

、と
落ち着いた声がふってきた
顔は上げられない
しゃくりあげるように、はただ肩を震わせただけだった
、君はいつか言っていた
 翼があったら・・・と、
 君はどこへ、行きたいんだ」
氷室の声、淡々としている
そんなこと、わかりきっている
何度何度、願っただろう
祈っただろう
あの日から、
洋平を失ったあの日からずっとずっと戻りたかったのは、

あの雨の朝、あなたを失ったその時に

「私は・・・ただ震えて泣いて・・・いただけだった
 何も言えなかった・・・ごめんなさいも、大好きも・・・何も言えないまま、」
別れてしまった
もう二度と会えない場所へと洋平はいってしまった
伝えられなかった想いはやり場もなく、ずっとずっと心の中で暴れている
言わせて、あの日に帰して
幸せだった頃に戻してなんて言わないから
犯した罪を、洋平を裏切ったことを許してなんて言わないから
だから、どうかどうか

「ごめんなさいって言いたかった・・・・っ」

今にも、崩れそうだった身体を、強い力が支えてくれた
氷室の腕、それから声
「私が聞こう
 私が、君の側にいる・・・っ」
その言葉は、もうどうしようもないくらいにの心を揺さぶって
震えながら、震えながら、

は泣いた
その腕に抱かれて、子供のように泣いた

いつのまにか、風の冷たさを感じなくなっていた
氷室の腕の中は温かくて、
抱き締めてくれる強さは、心を安心させた
何も言わず、ただ優しく存在してくれる氷室は やがて囁くように言葉をくれた

「彼への想いも、彼との思い出も、全て憶えておきなさい」

それは、君が彼を愛した証だから
彼という存在が、たしかに君を愛していた証だから

は目を閉じた
洋平を亡くしてから、色んな人が慰めてくれた
友達、先生、クラスメイト
みんな 早く忘れた方がいいと言った
忘れるなと言ってくれたのは、氷室だけだった

それが二人の想いの証なのだから、と

そんな風に言ってくれたのは、先生だけ
落ち着いた声で、
痛みを知る目で、
泣くのを黙って許してくれて、
こんな私を軽蔑することなく、ここに、いてくれる

側にいてくれる

目を閉じて、想った
洋平のこと、義人のこと、そして氷室のこと
心がぎゅっとなった
でも、逃げるよりも強くなりたいという、願いが心に生まれた


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