reason (氷×主)


閉店後のカウンターで、義人は一人 ぼんやりと座っていた
BGMはお気に入りのシンガーで、ハスキーで控えめな声が売りの、20年程前に流行ったレコード
聞き流しながら、義人は煙草の煙を吐き出した
思考は深く沈む
こういう気持ちは本当に、久しぶりだ

不安定に揺れる

店がはじまる前に、女から電話が入った
つきあいは大学の頃からか
その頃から大人っぽい目をしていて、何かと理由をつけては義人の側にいた
一度、つきあったこともある
どちらからだったから、もう覚えてはいないけれど
2日目にはキスをして、その夜のうちに身体を合わせた
長い髪を毎日巻いて、まつげに毎日マスカラをぬって
赤い落ち着いた色のルージュをひいて、よく笑っていた
その彼女が店に来るようになったのは、ついこの間
久しぶり、と笑って
友達から聞いたの、と
カウンターの席に座った
はじめて来た時は男連れだったのが、2度目には一人になり
3度目には、携帯の番号を教えろと駄々をこねた

「会いたいの」

夕方の5時すぎの電話
もう店にいると言ったら、今から行くと彼女は言い
しばらくして裏口のドアが開いた
好きなの、と聞かされ
終わったろ、と答えた
心は特に動きはしなかった
昔の女とヨリを戻す気はない
新しい女もいらない
今の自分には、がいるから

以前好きだった媚びるような目をして、彼女は何度も好きだと言い
それが可愛いんだ、と義人に何度も言わせた我がままな声で繰り返した
あんな子のどこがいいの?
こんなの、遊びでしょう?
今の私となら、あの頃よりもっと 続く気がするわ

それこそまるでゲームみたいな言葉達
痛みもなければ、憂いもない
恋愛は、実るものだけが全てではないと気付いた義人の心を動かしはしない
たとえ届かなくても
たとえ掴めなくても
たとえ痛みだけしかもたらさなくても
この関係が何かしらを相手にもたらすのならば、それはかけがえのない貴い想いなのだと
知っている義人の、心は少しも動きはしない

「今はしか見えないんだ」

笑っていた自分
最初は遊びだったっけ
彼女の言うように、暇だった
必死の目をして泣きながら自分に手を伸ばした少女
耳の下で切りそろえた短い髪までもが、何故か痛々しく見えた
ああいう儚いものに、魅かれたのかもしれない
危ういものに、男は無性に触れたくなるのだ

確かに最初は遊びだったけれど

「今はしか見えない」
「そんなの信じない・・・」
笑った義人に、女はそれでも色香を漂わせた目をして言った
信じたくなければ信じなくてもいい
だが確実に、この心を支配しているのは あの憂いの横顔の少女
残酷な、

女は帰ってゆき、義人はいつものように店に戻り
7時になって出勤してきたバイトが裏口のドアを開けて入ってくるまで 義人の心はいつも通り平静だった
「マスター、これ落とし物ですかね?」
「なに?」
「外に落ちてましたよ、客ありました?」
「夕方に一人」
煙草をふかしながら、客の相手をしていた義人の前に差し出されたペンダント
「じゃあきっと、その人のですね」
バイトの手の上にのせられた、それ
見覚えがあると、思った
どこで見たのかは、すぐに思い出した

のものだ
が、服の中にまるで隠すように ずっとずっとつけていたものだ

(なぜ、捨てる)

それは、心を動かした
痛い方へ
女の告白にも、言葉にもびくともしなかったものが
のたった一つの行動に、痛む
こういうのは、本望ではない
が泣いたであろうことは、簡単に想像がついた
あんなに大切にしていたものを、捨てるなんて
おまえは何も捨てなくていい
捨てなくていいのに

レコードが終わった
盤に針がすべる音が聞こえてくる
溜め息を吐き、義人はカウンターの上にペンダントを置いた
どうしてやろうか
の決意
の想い
の、涙
泣かせたくはなくて、ただ優しい想いをあげたかった
だから、側にいた
いつしか遊びが本気になっても、この関係を続けたのはそのためだ
洋平ばかりを追っているに、それでも想いを注ぎ続けたのはそのためだ
癒してやりたかった
慰めてやりたかった
誰より何より愛した人を失った、痛ましいあの少女を
ありがとうも、ごめんなさいも言えずに別れたの傷を

自分が癒してやれたらと願った
だから、想い続けた
たとえ叶わなくとも
たとえ愛されなくとも
たとえ実らなくとも恋愛は、何かを相手にもたらすことができれば意味のあることだと
義人はもう知っているから


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理