夕闇 (氷×主)


夕方、まだ辺りは暗くはなくて
ようやく赤い夕日が色を落ち着けてきたような時間
義人に会いに店の裏口へと回ったの耳に 女の声が聞こえてきた
知らない声
艶のある、独特の

「私は、あなただけを見てるわ」

一言で、それは告白だと悟る
義人の店の始まる前の時間
こんな場所で、こんな言葉を聞くなんて思いもしなかった
ピタリ、と
足が止まった
全身が、硬直する

「俺はね、今つきあってる子がいるんだよ」
「噂の高校生?
 あんなの、遊びなんでしょう?」

風に乗って、義人の煙草のにおいがわずかにした
ドクン、ドクン、
心臓の音が強く響きだす

「誰が遊びって言ったよ?」
「あんたがあんな子供に満足するわけないじゃない
 前の女と別れて、暇だったから、つきあってあげてるだけなんでしょ?」

クク、と
義人が笑った声がわずかにした
また煙草の匂いがする

暇だからね、と
彼は言った
そして、洋平のかわりに側にいてくれると笑った
には、あの女の言葉に傷つく資格はない
それは真実なのだから
そして、あの女の告白に義人がイエスと言っても仕方がない
新しい恋人ができれば、義人は「暇」ではなくなるのだから

「俺はを好きだよ、本気で」

いつもの落ち着いた声が聞こえた
抗議するような女の声
少し高くて、煩いような
どうしてよ、とか
私とつきあって欲しいの、とか
甘えた色になったり、泣き出しそうに震えたり
色々に変化を見せた女に、最後に義人は笑った

「今はしか、見えないんだよ」

立ち尽くした場所は、やがて日がかげり
ようやく暗くなった辺りで、はようやく顔を上げた
本当は心の中で叫んでいた
必死に、懇願していた

お願いだから、とらないで
私から、奪わないで

「私・・・・・」

奪われると感じた
艶のある大人の女の声
どうせ遊びなんでしょ、と言った声
それは真実だったから
義人は暇だったから、につきあってくれた
義人は優しいから、洋平のかわりにを想ってくれた
彼女の言うとおり
義人にとっては遊びみたいなものであるはずだったから、だから

「私、最低・・・・・・・・・・っ」

予想もしなかった義人の言葉
を想ってると言った
しか見えないと言った
未だ、洋平しか見ていない自分なんかを、好きだと言ってくれた

なのに、私から洋平を奪わないでと叫んだ自分
なんてなんて、嫌な奴なんだろう
なんてなんて、最低な人間なんだろう

「・・・・・・・・・・・義人さん・・・・・っ」

こんなにも、苦しいのは あなたが優しいから
こんなにも痛いのは、自分があまりにも勝手で子供だから
ぼろぼろと流れる涙で、視界が曇って
もう何も見えなくなった
どうしてあなたはそんなにも優しくて、
どうして自分はこんなにも、バカなんだろう

義人が、こんな自分を好きだと言ってくれるなんて

「義人さん・・・・っ、ごめんなさい・・・・っ」

制服のスカートのポケットから、壊れてしまったペンダントを引っ張り出した
洋平からのプレゼントだった 大人っぽいペンダント
いつもぬいぐるみばかりくれていた洋平が、たまには、と
選んでくれたもの
嬉しくて、嬉しくて、
毎日つけていた
どんな時もはずさなかった
彼が死んでも、まるでお守りのようにつけていた
このあいだ、義人の腕時計とからまって壊れるまで
そして、壊れてもなお捨てられず こうしてずっと持っていたもの

「ごめんなさい・・・・・っ」

それを、投げ捨てた
ぼうぼうと雑草の茂ったあたりに投げ捨てた
ドクンドクン、と
泣いたせいか、鼓動が耳に煩くて
は、涙をこぼしながら右手を強く握りしめた
ごめんなさい、ごめんなさい
優しいあなたに甘えて、
大人なあなたに愛されて、
なのに、いつまでもいつまでも
自分は洋平ばかりを追い掛けているなんて

それは、あまりにも残酷すぎやしないか
誰より優しいあなたに対して
こんなに想ってくれるあなたに対して

きびすを返して、は駆け出した
洋平を、忘れなくてはいけない
彼との思い出
彼のくれたもの
彼の言葉
彼の笑顔
全部全部、捨てなければならない
義人は洋平ではないとわかっていながら
彼が許すから、いつまでもいつまでも洋平を重ねていた
義人が笑うたび、
義人がと呼ぶたび
心の中で洋平の名を呼んでいた
そんなことは、もう終わりにしなくてはいけない
もうやめなければならない

洋平を忘れなければいけない

夕闇が、おりてくる時間になった
はいつまでも走り続けた
息が上がり呼吸ができなくなるまで
涙が風でちぎれて全て振払われるまで
この想いが、なくなるまで
心の中から、洋平が消えてしまうまで


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