二人、そこにある想い (氷×主)


試験が終わると、休みになっていたクラブ活動が再開される
時々廊下を駆けていく生徒達の楽し気な声を聞きながら 氷室は生徒達の答案用紙に視線を走らせていた
今回の数学の試験の平均点は62点
氷室のクラスの平均点が65点で、が76点取った
それで、少し驚いている
数学は苦手なんだろうと、からはそういう印象を受けていたから

「どうしてお前はそんな解き方をする」
「別に深い意味はないよ、ただこれで解けそうだと思ったから」

学生時代、いつも隣にいた親友は、授業とはまるで違う方法で教科書の問題を解いてみせた
習った公式を使わなければ意味がないじゃないかと言ったら、そうかも、なんて笑って
それでも奴は、かならず正解に辿り着くのだ
決まりきった数式に値を機械的に入れていくんじゃなくて
彼なりの考えで、彼なりの解き方で

「・・・よく似てる」

氷室は苦笑した
最後の2問は応用問題で、配点は1問10点
正解率、12パーセント
は、2問とも正解していた
義人がやってみせたような、解き方で
それでふと、思い至る
二人は恋人で、一緒に過ごす時間は長く
面倒見のいい義人が、の勉強をみるということも なくはないのだろうと
そしては、彼にこういう考え方を教わったのだろうと
周りをよく見て、自分で考えて、正解を導き出していくやり方
それは彼の生き方によく似ている

ふと、溜め息をついた
職員室は静かで、教師も久しぶりのクラブの指導に出ている者が多い
思考を邪魔するものは何もなかった
沈むのに似た速度で、心が少しずつ重くなる

二人は、これで心安らかなのだろうか
あのお人好しのバカな男は、これでいいと思っているのだろうか

その夜、自然足のむいた義人の店の、
いつもの席に陣取って 氷室は長い間 カウンターに置かれている見慣れないジッポを見つめていた
すぐ側で、義人の笑う声がする
氷室の2つ向こうの席、よく見る女性が座っていた
まだ通っていたのか、なんて
彼女が義人と恋人になりたいと言った夜のことを 氷室はぼんやりと思い出した
ここにはよく、そういう女が来て
義人は遊んだり遊ばなかったり、時に本気になっているのか 本気になどならないのか
いつもの顔で、相手をしている
誰に対しても、

に対しても、そうなのか

「浮かない顔してるなぁ、テスト終わったんだろ」
「平均点は62点だった」
「へぇ、いい方なんじゃないのか?」
「・・・は、76点だった」
「そりゃ快挙だな」
義人の指がカウンターの上のジッポを取る
オイルの匂い、嗅ぎ慣れないと思った
彼がこういうものを使うのを、初めてみたかもしれない
「これ? がくれた」
あんまり見ていたからだろうか
煙草の煙を吐きながら 義人が笑った
「客がくれたジッポがあってね
 それを使ってたら、がこれを持ってきた
 客がくれたやつは、その日のうちにゴミバコ行き」
義人が、まるで世間話のように話している
それが何故か、痛かった
は一途で可愛いね
 見ていて痛々しいのが余計そそる」
の求めているものは、失ってしまった恋人で
義人はそれを承知でこうしている
彼の女に対する感覚が、氷室にはよくわからないし
恋愛に対する価値観も考え方も 氷室と義人ではまるで違うだろう
だけど、今
思うのは、ここにいる誰より何より優しい男のその本心

「おまえは、それで本当にいいのか」

それが気になって仕方がない
痛くて、たまらない
も、義人も、それで本当にいいのか

「俺はかまわないよ、どうせ暇だから」
一度聞いた台詞だと、思った
彼は笑ってる
いつものような顔をして
いつものように、不敵な目をして
「本気には、ならないのか」
「なってるよ」

それでも、これでいい と
義人は、白い煙を吐き出した
音もなく回る換気扇に、それが吸い寄せられていく
痛い言葉だと思った

に本気になっても、これでいい」

それは、すでに彼はを想っていて
店にくる女や、今までつきあってきた女達とは違う感情をに向けていて
なのにが求めているのは義人ではなく
もういない誰かで、それは義人によく似ていて
だからここにいるのだとしても、それでも

「それでもいいってこと」

悪戯な目を、義人はしてみせた
「恋愛は報われるだけが全てじゃないんだよ、零一
 映画やドラマみたいなハッピーエンドだけが本当の幸福ってわけでもない」
わかるよな、なんて
言われても、氷室はうなずけはしなかった
こんな風に、この男に言わせるがせめて、せめて
代わりにと求めた義人の側で、いつしか彼を見てくれたらと
こんな風に、を愛する義人がこれ以上痛みを感じないよう も彼を好きになってくれたらと

祈る

そうすれば、この優しい男も幸福になれるだろうに
「零一、お前はスタート地点で待っててやれ」
カラン、
義人がグラスに入れた氷が音をたてた
顔を上げると 奴は昔と変わらない顔で笑ってる
「俺はを、そこまで連れていくから」
注がれる透明な液体
差し出され、無言で受け取った
いつもよりハイペースでグラスを空けている氷室には、義人の言葉の意味はよくわからなかった
熱いのは、酒のせいだ
そして、思考がまとまらないことを知っている氷室は、小さく息を吐いて目を閉じた
考えることを、やめようと思う
それでも想いは変わらないということ、それさえ知っていればそれでいい


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