微風 (氷×主)


この季節、図書室の窓は開け放たれ、涼し気な風が窓側から廊下へと吹き抜けていく
ぱらぱら、と
ガラスのペンスタンドで押さえられた書類が軽い音をたてて
それには立ち止まった
放課後の、クラブの時間
この場所には今、誰もいない

「先生、今日も当番なんですか?」

氷室と、以外は、誰もいない
静かな午後

「当番の先生に急用ができたのでな・・・」
ぱらぱらぱら、
また風に、書類が音をたてた
氷室の手許の、図書委員の図書だより
氷室はカウンターの中で突っ立って、時々吹いてくる風の方を見ている
背が高い彼の髪を、風が撫でていった
それで氷室はちょっとうっとうしそうに、また窓の方を見ている

「閉めたらいいのに」

はつぶやいて、少し笑った
この季節の風は気持ちいい
だから大抵、ここの窓は開いている
昨日も、その前も開いていた
でも閉めたとて、誰が文句を言うわけでなく
今はと氷室の二人しかいないのだから

ぱらぱらぱら、

の目当ての世界史の棚のところにきても、乾いた音はまだ届いた
足音も響く、静かな空間
心地いいと、今ふとそう思う
氷室のいる空間は、心地いい
何故か、そう思う
彼が、踏み込まないからだろうか
それでいて、どこか優しい目で見守るように、そこにいてくれるからだろうか

(気のせいかな・・・)

一番下の棚からひっぱりだした分厚い本
窓際の席まで持っていった
外から土の匂いがする
園芸部の花壇が側にあるのかもしれない
無意識に窓の外に目を向けたら、真新しい土の花壇が見えた
ああやっぱり、ここに花壇があるんだ
まだ何も咲いてないけれど

「先生、好きな花って何ですか?」
「・・・花?」
「私はひまわりが好きです」
「夏の花だな、去年 園芸部が咲かせていた」
その花壇だ、と
カウンターから出て近付いてくる氷室へ視線を移した
髪がまた、風に揺れてる
風がふくたび、目を細めてる
やっぱり窓は開けたままの方がいいかもしれない
「今年も咲かせるんじゃないか」
窓ぎわまで歩いて、氷室が言った
静かな、落ち着いた声
授業中とは少し違う
「去年・・・咲いてましたか?」
「咲いていた、8月の・・・ああ、夏休みだったな」
「私、咲くのを見てなかった」
去年の夏、ひまわりのまだ咲いてないのを見ていた
あの花が大好きで、
ぱっと大きく咲いて、誇らし気に、まっすぐに
太陽を見上げる姿が好きだった
いつ咲くんだろう、と
待っていた
気付けば、夏が終わっていたけれど

「今年は見れるかな・・・」
「君の入った同好会は夏休みは活動はないのか?」
「あると思います」
「なら、見れるだろう」
氷室が笑った
心に、何かがゆっくりと広がっていった
何かは、わからないけれど

それで、と
氷室の言葉に我に返って、はカウンターに戻っていったその姿を追い掛けた
「その分厚い資料は、借りるのか?」
「はい・・・」
「君は世界史が好きなのか? 君の貸し出しカードには世界史の資料ばかりだな」
「別に・・・」
カウンターへ本を持っていくと、氷室が側の棚からの貸し出しカードを出した
もう10枚程重ねられたカード
1年の頃からよく通っていたから、今や学校中の誰よりも たくさん本を借りただろう
それも社会の教師しか借りないような、こんな資料みたいなものばかり
「君は相変わらずだな」
氷室は、苦笑して貸し出しカードに印を押した
その視線が、世界史の本棚の方へ一度向いて それからの顔に戻ってくる
初めて見るような顔だと、ふと思った
悪戯っぽい目をしている
(先生がそんな顔するの珍しい)
言おうと思った時、氷室の前髪がまたそよいだ
だがかまわずに、彼は言葉を続ける
なんとなく、聞き流すようにしながら綺麗な色の髪を見てた
さらさら、
音が聞こえてくるよう

「君はあの棚の本を端から順に借りているのだろう」

誇らし気な、声
その目を見つめたら、子供みたいな顔で氷室は言った
「ここの本を片っ端から読んでいく気か? とても3年では読み切れないと思うが」
謎を解いた名探偵よろしく
言ってみせた氷室が少しおかしくて、はクスと声を出して笑った
本を読むのは他にすることがないから
冷たい雨の記憶に溺れそうで、何も考えなくていいよう
この時ばかりは呼吸を正常にできるよう、気を紛らわせるために本を読んでた
どの本が好きとか、そんなのはない
だから、図書室の一番はしっこの棚の、一番はしっこに並んでた本を手に取った
次の日はその隣
その次の日は、隣の隣
そうやって、1年間
読み続けた、そこに並んでいた世界史の本ばかり
「次はそっちの棚にしてみなさい
 この本で、あの棚は制覇だろう」
氷室は、すぐ側の棚を指差した
振り返って見遣ると 物語りの棚と書いてある
別に何でもいい、と
うなずいたら、彼は満足そうに笑った
何かわからないけれど、途端に泣きそうになった

そんな風に見ててくれてる、ということ
気のせいではなく

ぱらぱらぱら
軽い、書類の音を聞きながらは図書室を出た
他にすることがないから、通っていた図書室
義人に出会って、コーラス同好会に入って
の生活が変わっても、それでも未だにここに通っているのはもしかしたら
彼が時々当番で、カウンターの中に立っているからかもしれない
落ち着いた声
時々見せる微笑
彼のいる現実の時間、それは痛みとは別の、何かをにもたらしはじめている


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