不安 (氷×主)


「頭の悪い女は好きじゃない」

の数学の成績が悪いのを知って、義人が言った
見上げた先で、いつもみたいに義人は笑った
「テストいつだっけ?
 次の試験、満点とって零一を驚かせてやれよ」

まるで冗談みたいな会話
義人にとっては、何でもない一言
でも、そんな風に言われたら
頭の悪い女は好きじゃない、なんて

「嫌いにならないで・・・」

心がゾク、とする
洋平は、そんな風なきつい言葉は言わなかったのに

もくもく、白い煙
義人の長い指に挟まれた煙草
見てたら、別の指がツン、と頬を突いた
はっとして、顔を上げる
いつもの優しい顔がこっちを見てた

「こら、手が止まってる」
「あ・・・、ごめんなさい・・・」
「勉強嫌い?」
「・・・あんまり好きじゃないです」
「じゃあ何が好き?」
「・・・何も」

目の前に広げられた問題集に目を落とした
高校数学くらいなら教えてやれるよ、って笑った義人と 今日は彼の部屋で勉強会
何がわからないの、って
懐かしいなぁ、なんて言って
義人は、難解な問題をすらすらと解いてみせた
頭がいいんだな、なんて思って
それから また あの言葉を思い出してゾクとした

嫌いにならないで
そんなこと、言わないで
勉強のできる人が好きなら、私、そうなるから

義人の教え方はわかりやすくて、
彼はいつも通り優しくて、
二人の時間は安心できて、心が満たされていく、はずなのに

時々ふと、不安になる
洋平とは、こんな風に勉強したことなんかなかったから
「勉強? 御勘弁」
いつかそう言って 情けないような顔をしたのを覚えてる
大人のくせに、こんなのもわからないのって
夏休みの宿題を押し付けたら、めちゃくちゃな答を書いてよこしてきた
全部消すのに、余計な時間がかかって
それで、彼と一緒になって笑った
勉強なんかしなくたって、大人になれると信じてた

あの頃

「どうして勉強するか知ってる?」
「義務だから」
「高校は義務教育じゃないだろ」
「・・・わかりません・・・?」
コトリ、
目の前に置かれたカップを手に取った
甘いのが好きだと言ったら、ココアを買ってきてくれて
それから、部屋へ来ると出してくれる
甘くて、おいしいから、そのたびに愛されてると思うことができる
今みたいに
「勉強することは、世の中を知ること
 数学の授業では方程式と、氷室零一の性格分析を学ぶわけだ
 歴史なら年表と、通り過ぎていった人たちの想いを
 そうやって、一つのことから色々学んでいって、誰かを思い遣る方法を得ていくんだよ」
わかる?と
言われては首をかしげた
義人の言葉は時々難しい
自分がバカだから理解ができないのだろうか、と
思いながら、何度も何度も繰り返し考える
誰かを思い遣る方法、なんて
学校の授業でそんなのが、知り得るんだろうか
学べるんだろうか

「周りをよく見てごらん
 は、目の前にあるものばかり見ているから」

それだと世界はあまりに狭いよ、と
笑った義人にうなずいた
世界を閉ざした自分、
洋平のことだけ考えて、洋平にだけ想いを向けて
あの日に戻りたいと ずっとずっと願っていた
あの雨の朝、さよならも言えなかった別れの時
ただ震えて泣いてた
泣けば洋平の元へ行けるかもしれないと、思っていたのかもしれない

戻れはしないのに

雨に濡れてみても、
彼の名を、声がかれるまで呼んでみても、
このまま動かなければ、いつか死というものが側へやってくるかと待ってみても、

あの日には戻れなかった、だけど

「でも、あなたを、見つけました・・・」

小さくつぶやいた
席を立って窓を開けた義人には聞こえなかっただろう
追い求めて捕まえた、大好きな人によく似たあなた
錯角した、洋平が帰ってきたと
慟哭した、側にいたいと
ごめんなさいと、愛してるを
何度も何度も繰り返した
洋平に言いたかった言葉、代わりにあなたに言った
笑って聞いてくれたから
好きだよ、とキスをくれるから
そこに洋平がいるんだと、安心して目を閉じた

そして、こんな私をあなたは許した

「頭の悪い女は、人の痛みを知ろうともしない」
そういう女は、いい女とは言えないよ、と
義人は言って 笑った
彼の店に来る綺麗な女性達
あんな風ではない、優しい女になるように、と
そっとキスをくれた
あなたが望むなら、どんな風にだってなるから
だから嫌いにならないで
取り戻したと錯角する、この時間を奪わないで
側にいて

は目を閉じた
くちづけを、2度もらって小さく吐息をつき、彼の胸に頬を寄せた
不安は、今は、姿を隠した


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理