吐息 (氷×主)


店には落ち着いたジャズがかかっている
もう通い慣れた場所
義人のバーは、今夜は予約でいっぱいだった
「毎年イヴは忙しいよ」
そう言った彼に、手伝うと言ったら笑ってた
がそうしたいなら」
それで、今夜はここにいる

11時ちょうど、氷室が店に入ってきた
「いらっしゃい」
カツカツ、と規則正しい足音がして、彼は迷わずカウンターの一番端の席へと向かった
座るなり、溜め息を漏らして頬杖をつく
「お疲れさん、どうだった ? パーティは」
「どうもこうも・・・」
はぁ、
もう一度溜め息、それからようやくへ視線をやって、彼は驚いたように瞬きをした
「・・・こんばんは、先生」
「そうだった、は今夜はここでバイトだったな・・・」
イヴの夜にどうしてそんな不景気な顔をしているのだろう、と
義人の出したグラスを一気にあおった様子に、少し可笑しくなった
今まで、恋人とデートでもしていたのだろうか
「怪我人は出なかったんだろ?」
「今年は、そこまではな」
「まぁ、高校生は元気だからねぇ
 あの頃の俺達のしたとこを振り返れば、それくらい仕方ないよな」
「俺達ではない、やったのはおまえだ」
「止めきれなかったお前も共犯だよ」
二人が会話するのを、グラスを洗いながらなんとなく聞いた
お互いに、昔の頃を知っているようで
だからぼんやりと、幼馴染みなのかな、なんて考える
もこんなところで手伝いしてないで、行けばよかったのに」
「え・・・? どこへ?」
「はばたき学園のクリスマスパーティ」
義人が煙草に火をつけた
聞き慣れない言葉を、繰り返す
はばたき学園のクリスマスパーティ?
「そしたらこいつが騒いでる生徒に悪戦苦闘してるのが見れたのに」
くす、
義人が笑って、氷室が溜め息をついた
笑い事ではない、と
そう言った声が 心底呆れたような色だった
「そんなの、あるんですね」
「・・・何度もHRで言っただろう」
「そうでしたか・・・?」
「・・聞いていなかったんだな」
「はい」
ザーザー、水道から流れる水の音
まったく君は、と
氷室の声が それと混ざった
「なんだ、知らなかったのか
 じゃあ来年は行くといいよ
 理事長宅はでかいから遊ぶところは沢山あるし」
俺達の忍び込んだ教会、とか
失敬してきたシャンデリアの電球2つ、とか
懐かしい思い出話に、しばらく二人は花を咲かせていた
聞いていて安心する声
たとえ、今夜学校のクリスマスパーティがあることを知っていたとしても、自分はここに来ただろう
少しでも長く義人の側にいたいから
彼のことしか 考えられないから

しばらくして、義人が別の客の相手をはじめた
の目の前には 氷室だけになる
「先生、先生の子供の頃ってどんなだったんですか?」
グラスを乾いた布で磨きながら そう聞いた
3杯目に口をつけていた氷室が、驚いたようにこちらを見る
氷室はいつも、自分が何か言うと こんな風な顔をする
「・・・何故?」
「興味があるからです」
「珍しいな、君が」
「義人さんと幼馴染みなんですか?」
「そうだ」
淡々と、静かに返事をするその声が心地良いと感じた
授業の時にもよく思う
氷室の声は、心に優しい
「どんな風な子供だったんですか? 今と同じ?」
「・・・そんなわけないだろう」
「じゃあどんな?」
「何故、私に興味を持つ
 普通は益田のことを、聞かないか」
戸惑ったような氷室の目
まともに二人の視線がぶつかって、
最初にそらしたのは氷室だった
「義人さんのことは、いいんです」
氷室の問いに、少し心が気持ち悪くなった
それを無視するのに、何度かそっと息を吐いた
義人のことは、知る必要ない
何故か、そう思った
怪訝そうに、氷室が一度まばたきをする

あなたは、あなた
それでいい、それ以上の情報はいらない

「それは、君が、益田を益田として見る必要はないと思っていると、そういうことか」
急に、氷室の声が低くなった
はっとする
こちらを見つめる目が、暗く痛みを浮かべていた
どうして、先生がそんな顔するの
どうして、そんな風に言うの
「どういう意味ですか・・・?」
「益田のことを知らなくていいというのは」
溜め息まじり
彼もまた、言葉をこれ以上続けるべきかどうか、迷っているようだった
「いや、・・・すまない、忘れてくれ」
そして、そう言って目を伏せた
心が、痛い
あなたはあなた
知りたくない、それ以上
知って、何かを考えて、眠れなくなるのは嫌
無意識に、そう思っている
気付かせないで、狡い私を
氷室先生は正しいけれど、正しい言葉は剣のよう

「じゃあ・・・義人さんは、どんな人なんですか」
そっと聞いた
氷室はこちらを見ずに、苦笑する
彼の声以外、聞こえなくなっていく
喧噪は、世界の外
「益田は、親友だ
 奴はとても・・・いい奴だ」
氷室はグラスの残りの液体を一気に咽に流し込むと、遠く、ピアノの側の席でシャンパンをつぐ義人を見遣った
「君の知っているところで言うとだな
 姫条の軽さと、葉月の意味不明さと、三原の不敵さと、鈴鹿の乱暴さと、守村のお人好しなところ
 それを足したようなものか」
「・・・全員、知らない人です」
「君はいいかげんクラスメイトの名前くらい覚えなさい」
もういい、と
氷室は苦笑した
心に、彼の目が強く残る

「あいつ、何だって?」
「義人さんは軽くて意味不明で不敵で乱暴でお人好しだそうです」
「全然ホメてないじゃないか」
深夜1時、最後の客を送りだした後、義人はにコーヒーを出した
「さすがに疲れたね
 、それ飲んだら送ってくから」
「はい」
「今日はありがとう、助かったよ」
「本当ですか?」
「ほんとう」
にこ、と
笑って白い煙を吐いた義人に、は問いかけてみる
「先生は、どんな人なんですか?」
「零一?
 あいつは俺のもってないものを持ってる、そんな奴」
「どんな・・・?」
「まっすぐ、とか 不器用とか、かな」
見てて感じない? と
言ったのに、無意識にうなずいた
だから、零一はあんな目をして言うのだろう
が、義人といるのを見て感じるのだろう
の狡さ
だから、あんな風に言うのだ

益田は君の呼ぶ、誰かではありえない

あの言葉が、頭からずっと離れない
それでも、義人の側にいたくて
必死に自分をごまかして、騙しているのに
ようやく、眠れるようになったのに
時々、氷室の声が頭に響く
君は、自分に嘘をついていると

「自分にないものを持ってる奴って魅かれるよな」
義人は笑った
あなたも、そんな風に明るく笑ってた
見るたび、幸せになったっけ
時々悪戯な目で私を見て、って呼んでくれるの
って、呼んで

、行こうか」
「はい・・・」
促され、無意識に立ち上がった
あなたは、私の欲しい言葉をくれる
私の求めてるものをくれる
「何ボーっとしてるの? 」
おいで、と
差し出された手を ぎゅっと握った
ここにいたい
あなたの側にいたい

クリスマスイヴは、恋人の側で
それはみんなが、望むことでしょう?
たとえ幻でも、偽りでも


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