いっそ夢ならよかったのに (氷×主)


ごめんなさい、と
は言った
目にはまだ、涙が浮かんでいる
手はしっかりと、義人の服を掴んで放さない

・・・大丈夫か?」
「は、い・・・」

どれくらい時間がたったのか、わからなかった
時々ここを通る生徒が、怪訝そうに三人を見遣っていく
それにすら、氷室は気付かなかった
突然、泣き出した
ただ生徒手帳を渡そうと思って呼び止めただけなのに
は義人を見て、目を見開いて、
それからボロボロと大粒の涙をこぼした
そんな風に泣く様子なんか、想像もできない程
は長い間、泣き続けた

君は何を想って そんなにも泣く?

ついさっき、氷室の携帯に電話が入った
お前のところの生徒手帳を拾ったから届けてやる、と
よく行くバーを経営している親友からの電話だった
いつもの軽い口調で、そっちに行くのは久しぶりだとか
職員室ってどこだったっけ、とか
そんなことを言うものだから、心配になって校舎の入り口まで迎えに出てきてみた
そこへ丁度、が下りてきたから
ああ、本人だ、と
そう言って呼び止めた
それでこんな風に、が泣くなんて思いもしなかった

「もう大丈夫かな?」
「はい・・・ごめんなさい・・・」

ようやく泣き止んだに、義人が笑った
「誰かに、似てた?」
クス、
いつもの義人の微笑
それに、は目を伏せた
ごめんなさい、と震える声で繰り返す
「零一、おまえまだ仕事終わらないよな」
「ああ」
「じゃあ、俺 帰るわ
 終わるなら飯に付き合わせようと思ったけど」
そ、と
義人の手が、の手に触れた
いつまでも自分の服を握っているその手を、はずさせる
いつもの軽い口調
こんな風に、突然知らない少女に泣かれて、それでも平然としている
いつものことだけれど、こういうことに彼は動じない
どんな時も自分のペースをくずさない
「じゃあね」
優しく、に言うと 義人は一度氷室に視線をやって歩き出した
弾かれたようにが顔を上げる
頬を、涙がすべっていった
ズキン、
言い様のない痛みが、胸を走っていく

なぜ、泣く

憂いに満ちた目をしている少女
いつも、深く深く何かを考えていて
心ここにあらず
痛ましい程に、悲しみに溺れている横顔
知りたいと思いはじめていた、その理由を
何を想ってそんな風に、今にも泣き出しそうな目をしているのか
日々をただ、つまらなさそうに生きているのか

何に、そんなにも

「先生・・・・」
震える声で、が言った
目は遠くなる義人の背を見つめている
「あの人は、誰ですか・・・」
の涙は止まらない
今は必死に、義人を求めている
それが、わかった

「これは夢じゃ、ないですよね・・・」

洋平、と
が呼んだのが 聞こえた
知ってる名だ
がいつか眠っている時に呼んだ名
眠りながらに、悲しい夢に、涙を流しながら求めた人の
「あれは私の友人だ
 そして、これは現実で夢ではない」
求められた答えだけを、氷室は返した
頼り無い肩
手の甲であとからあとから流れる涙をふいて、はようやく氷室を見上げた
「これが現実なら・・・私はあの人の側にいたいです・・・」
透き通るような声
あの人、と
その言葉が切なくて 氷室は浅く息を吐いた
「あれは、君の呼ぶ誰かではない」
涙のたまった目が揺れた
ユラユラ、
多分、今までに見た中で一番悲しい色をしている
そして、
を知って初めて、息苦しい程に痛い
うまく呼吸ができない程に、想いで苦しい
の存在が、氷室に痛みをもたらしている

これは推測だが、

が、顔を伏せた
ぼろぼろと、土に雫がいくつも落ちた
氷室はただ、それを見下ろしていた
これは悲しい推測だが、
なんとなく感じてしまった
憂いの理由、呼ばれた名前
そして、の、この涙

君はその人を、失ったのだな

これは現実で、夢ではない
だから失った人は戻らない
ここにいたのは似ているだけで、本人ではなく
だからは何も、取り戻せはしない
だから、泣くのか
それとも、あまりに似た義人に 全てを重ねて だから泣くのか

氷室は溜め息をついた
いっそ夢ならよかったのに


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