その感情を何と呼ぶのかまだ知らない (氷×主)


音楽の先生が、氷室のところへやってきたのは金曜の午後だった
さん、とてもいい声をしていますね」
「はぁ」
突然何だ、と思いつつ
氷室は最中だったテストの採点の手をとめ音楽教師を見つめた
「彼女、クラブには何も入っていないんですよね?」
「はい」
「何か、理由があるのかしら?」
「さぁ・・・本人に聞いてみてはいかがですか?」
「それが、入部を断られてしまって」
「はぁ・・・」
何の話だ、と
怪訝そうな顔をした氷室に、音楽教師は嬉しそうに、時には困ったように話しはじめた
30分も、なんだかんだと話した内容を要約すれば、こうだった
人数が足りなくて活動中止寸前のコーラス同好会に、に入ってほしいと

は、断ったんですか?」
「そうなんです」
「じゃあ、私に言われても・・・」
「そこを何とか、担任の先生からお願いしてもらえないかしら
 入部がダメでも、春にある新入生歓迎会のステージで歌ってもらえたらそれでいいのだけれど」
はぁ、と
氷室は卓上のカレンダーに目をやった
新入生歓迎会とは、入学式の次の日にやるクラブのお披露目発表会みたいなもので、
氷室の吹奏楽部も、その時に演奏する曲の練習に 来月あたりから入ろうとしている
「しかし、本人がいやがっているものを・・・」
さん、あなたがピアノを弾いてくれたら考えてもいいと言ってるんです」
「は・・・?」
「ですから、氷室先生
 我が同好会を助けると思って」
「は・・・・?!!!!!」

結局、1時間近く物凄い勢いで話しを押され 氷室は考えておきます、と
それだけ返事をした
静かになった自分の席で、生徒の答案用紙を睨み付けながら考えてみる
が同好会への入部を断ったのは きっといつもの無気力からだろう
進んで何かをしようというタイプではない
同じ理由で、練習に時間のかかる発表会なんか 出るはずないのだ
それを、氷室が伴奏をすれば出てもいいなどと
本当に、そう言ったのだろうか
が、自分のピアノなら歌ってもいいと
(・・・・・)
の声を思い返してみた
話しているだけで、音楽のようだと思える声
良く通る、心地いい音
音楽の授業で歌ったのを聞いて、目をつけられたのだろう
ふと、
氷室は先程の音楽教師がうらやましくなった
自分は聞いたことのないの歌声
それを、彼女は聞けたのだから

その日、放課後が職員室へやってきた
困ったような顔をして、まっすぐに氷室の席へと来る
「先生、ピアノ受けたんですか・・・?」
「考えておくとは言ったが」
「音楽の先生、すっかりヤル気になっちゃってます」
はぁ、と
が溜め息をついたのに、氷室は首をかしげてその顔を見た
「どうした」
「私、先生なら断ってくれると思って、先生がピアノならって、言ったんです」
「・・・ほぅ」
「受けちゃったら困ります」
「・・・ なるほど」
ちょっとだけ、ムッとして、
ちょっとだけ心が痛んで、
それで氷室は溜め息をついた
少し期待してしまったけれど、そんなはずはなかったか
が、自分がピアノを弾いてくれたら歌いたいと言ったなんて
氷室にピアノを弾いてほしいと、思っているなんて
「断ってくださいね・・・」
丁度、職員室に音楽教師が入ってきた
いそいそと、二人そろっているのを見つけてやってくる
コホン、と
氷室はせき払いをした
チラ、とが視線をよこしたのに 同じ様に視線を返し
そして言った
「昼間のあの件ですが、受けさせていただきます」
にこり、
我ながら、嘘くさい笑顔だと思いつつ氷室は笑った
隣で、が 先生、と
言ったが無視した
ちょっとだけ、この傷ついた仕返しがしたいと、そう思った

私のピアノで、歌え

「明日から、練習だな」
「そんな・・・先生」
「暇なのだろう、丁度いい」
「先生忙しいんじゃないんですか・・・っ」
「吹奏楽部は月水金だ
 君との練習は火木土にすればいい」
「・・・」
ぐ、と
が黙ったのに、苦笑した
我ながら子供っぽいだろうか
の歌声を聞いてみたいと思った自分
が自分にピアノを、と言うなら弾いてもいいと思ったこの気持ち
当然のように裏切られて、勝手ながら仕返しをした
子供っぽい、感情

まるで、何かみたいだ

この感情には名前がある
氷室にはわからない名前
意識もしない中で、氷室はそっと息を吐いた
胸には、確実に何かが生まれている
残酷なこの少女に対して


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