香り薫る、まるで秘密空間のような (氷×主)


カラン、と
その店はドアを開けると澄んだ音がした
落ち着いた喫茶店
満席になることのない、表通りからは隠れた場所にある店
常連が通う、秘密空間のような喫茶店

「いらっしゃいませ」

澄んだ声がかかる
アルバイトの店員に視線をやってから、氷室は窓際の席に腰を下ろした
「御注文は」
「コーヒーを」

夏休みに入って週に1度は、この店に来るようになった
ここは他校の吹奏楽部顧問との打ち合わせに便利な場所にあるから、と
それが名目
今日も3時にここで約束があるが、今は2時半
いつも30分程早くに、この店に足を運ぶ

「どうぞ・・・」

ことり、と
テーブルにコーヒーが置かれた
ここのコーヒーは旨い
マスターの入れる本格的な味は、そこらの喫茶店とは一味も二味も違う、と
それで氷室はいつもコーヒーを頼む
店内には、香ばしい薫りが漂っている
「先生の宿題・・・難しすぎます」
「感心だな、もう手をつけているのか」
「他にやることもないので」
コーヒーを運んできたついでに、はいつも1言か2言、話していく
大きすぎない、
かといって小さくて聞こえないというでもない声
まるで音楽のような心地いい話し方で
「教科書を見てもわかりません」
「教科書ではなく私の授業のノートを見なさい」
「・・・違うんですか?」
「まったく違う」
はぁ、と
が不満そうな顔をして、去っていった
この何ヶ月かで、打ち解けたと思う
相変わらず、無気力な目をしているけれど
憂いの表情で、どこかボンヤリしているけれど
この店にいる時は、氷室に自分から話し掛けてくるようになったし
僅かとはいえ、年相応の顔も、見れるようになった
ここでは、はほんの少し 氷室に気を許している
そんな気がする

(思い上がりだろうか・・・)

コーヒーを一口飲んだ
ここでバイトをしているのだから、が煎れる日もあるのだろうに
だが、氷室のコーヒーはいつもマスターが煎れたもの
が煎れると どんな味になるのだろう
マスターのコーヒーは文句なしに旨いのだけれど
さん、注文お願い」
「はい」
見ていると、時々そうやってが煎れることがあるのに
今も、こちらに背を向けて カップを棚から取り出したりしているのに

「私のコーヒーは、いつもマスターが煎れるのだな」
注文を運び終わったに、そう声をかけてみた
立ち止まって、空になった氷室のカップを下げながら が氷室を見る
いつもの静かな横顔
憂いの浮かんだ目
「私、コーヒーはまだうまく煎れられないんです」
では何なら? と
その問いに が目をふせる
「紅茶なら・・・」

カラン、と入り口が空いた
盆を片手に、が顔を上げる
氷室の待っていた きらめき高校の吹奏楽部顧問が片手を上げて入ってきた
「御注文は」
氷室の向かいに座った彼は、コーヒーと言い
「私は、紅茶を」
コホン、と
続けた氷室に が一瞬、驚いたように氷室を見た
の煎れたものを飲んでみたい
そう思うのは不自然だろうか
変に思われただろうか
が紅茶しか煎れられないというのなら、別にコーヒーでなくてもいい
そう思うことは、おかしいことだろうか
マスターのコーヒーが好きで、ここでは必ずコーヒーだったくせに
「コーヒーと、紅茶ですね」
が繰り返して、少し微笑した
コホン、と
もう一度せき払いして、書類を差し出してきた相手に視線を向けた
カウンターに戻っていくの姿が視界の端に入る
胸が、騒いだ

喫茶店で、今度の合宿の話をしながら 氷室は運ばれてきた紅茶に目を落とした
側に置くと、コーヒーに負けない香りが漂ってくる
くすぐったかった
の煎れた紅茶
「悪くない・・・」
一口飲んでつぶやいた
視線をやった先で、の視線とぶつかる
悪くない、と
氷室は微笑した
カウンターの向こう、も笑ったようだった

(・・・思い上がりだとしても・・・)

この場所はまるで秘密空間のようで
いつもより、が穏やかな顔をしている気がする
彼女の煎れた紅茶を飲んで、この静かで心地いい時間に抱かれて
氷室は、満足気に息を吐いた
とても、心地いい


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