キラキラ星、君が微笑する (氷×主)


夏休み中の、教師の仕事
祭りの夜に見回りパトロール
はばたき学園はまだ、素行の宜しくない生徒が少ないけれど
それでもこんな祭りの夜なんかには、ハメをはずす生徒も出てくる
コンビニの裏とか、公園の駐車場とか、ファーストフードの店とか、自販機の前とか

「毎年、嫌になりますねぇ」

あと30分程で花火大会
パトロール中の男の先生達は、暑い中たむろっている生徒達を注意したり
付近に迷惑のかからないよう指導したりする
そうして、2時間程街の中を歩いていく
氷室の当番は、丁度時計が8時を指した時点で終わった
ふぅ、と
息を吐いて、ようやく暗くなりかけた夏の空を見上げ、楽し気な人々が広場へ向かって歩く中、立ち止まる
今年の花火はいつもより凄いらしい、と
職員室でも噂になっていた
数が多いのか、それとも大物が多いのか
氷室には興味のないことだったし、
それよりも、その日のパトロールの方に意識がいった
今も、当番は終わったというのに ふと足がゲームセンターの方へと向いている

「・・・

ゲームセンターに入って中を見渡したところで、氷室はの姿を見つけた
夏休みだというのに制服で
しかもこんなところで一人で、両手にコインを持っている
「何をしている、そんな格好で」
ちょっと驚いた
普通は私服で来ないか、こんなところ
制服だと目立つし、しかもこんな夜に
教師がパトロールに出るとわかりきっている花火大会の夜なんかに
「今日、物理の補習だったんです」
だから、こんな格好なんです、と
は言った
いつものようにぼんやりとした目で
憂いに満ちた視線を投げてよこした
ズキ、とする
のこの目を見ると、心が痛くなる
何を想っている
どうして、そんな風な目をしている
「・・・こういう所に来るなら一度家へ帰ってからにしなさい」
こほん、と氷室はせき払いをした
ゲームセンターは、いつものように賑わっていて、氷室の最も苦手とする騒音が響き渡っている
「あれ、取れたら帰ります」
「あれ・・・?」
「どうしても取りたいんです、あれ」
「・・・何が欲しいんだ」

あれ、と
が指したのは妙なスコップのようなクレーンのようなもので、台の中に溢れんばかりに入っているオモチャをすくうゲームだった
覗き込むと、ぬいぐるみやオモチャのアクセサリーやお菓子が入っている
「あれが欲しいんです」
両手のコインを置いてあったカンに入れて、が指差した先には ブルーの大きな星のついた携帯ストラップがあった
ぬいぐるみの間にはさまって、それはそれは取りにくそうなところにある
「・・・諦めなさい、あの場所は無理だ」
人の話を聞いているのか、いないのか
は慣れた手付きでコインを入れると、ボタンを押してクレーンを動かした
「・・・」
氷室にとっては縁のないゲームセンター
初めてみるそのゲームに、やれやれと溜め息をついた
の動かしたクレーンは、お目当てのストラップの隣にあるぬいぐるみの顔をブニリ、と潰しただけで何も取れずに戻ってくる
「・・・非生産的だな」
「・・・・・」
むきになっているのだろうか
またの手がコインに伸びた
こんなゲームに夢中になって
物理の補習はたしか、3時には終わったはずだ
それからここに来て、ずっとこれをやっているのか
これも、のいう「暇つぶし」なのだろうか
「諦めなさい、さっきから状況は何も変わってないだろう」
「・・・じゃあ、先生が取ってください」
が、氷室を見上げた
ぐい、とコインの入ったカンを押しやってくる
「私はこんなことしたことがない」
「私さっきからずっとやってるけど、取れないんです」
不器用だから、と
溜め息まじりに言った横顔に、
氷室は無意識に微笑した
幼い顔をしている
何も面白いことがなくて、やりたいこともなくて
だから暇つぶしに本を呼んだり、こんなくだらないゲームをしたり
そんな風だったの顔が、今少し年相応に見える
このゲームにむきになっているように見えて、微笑ましくなる
こんなものでも、そんな風にしていてくれたら嬉しくなる
今にも泣き出しそうな目ではなく
高校1年生の無邪気な顔でいてほしい
「・・・チャンスはあと何度あるんだ」
「コインはあと5枚です」

氷室は、目の前の台に視線を落とした
要はあの邪魔な2体のぬいぐるみをどけてしまえばいいのだ
さっきがやってみせたので、クレーンの動きはなんとなくわかった
まずこう動かして、次にこうやって
頭の中で組み立てて、計5回
それで、あの目当ての星のストラップに届かせる方法を考えた
(6回・・・欲しいところだな・・・)
思いながら、最初のコインを入れた
右に転がっているキティだかミニィだかのヌイグルミを転がしてどけた
「・・・先生、そのぬいぐるみが欲しいんじゃありません」
「わかっている、黙って見ていなさい」
真剣に、計算した
2枚目のコインで左のゴレンジャーだか何だかを弾いた
思ったより動かなかったのに、ちょっとイラとする
3枚目、今度はゴレンジャーを転がせた
邪魔のなくなった星のストラップがその姿をさらす
ちょっとワクワクする
まるで子供のように、熱中する
「これはよく考えられた配置だな
 ストラップを取るにはあとまだもう一つ邪魔をしているものがある」
ストラップの箱にお菓子の袋詰めのヒモがからんでいる
このまま無理に持ち上げたら お菓子の重さでストラップが落ちるのではないか、と
氷室は考えたあげく、一つうなずいた
「どうするんですか・・・?」
「見ていなさい」
気付けば、こんなゲームにハマっている気がする
そうか、やりもせずにバカにしていたが 意外にこれは数学的頭を使うゲームなのだ
立体的にものごとを見て、限られたコインで目当てのものを取るという、極めて計算されたゲームなのだ
2度、ストラップの箱とお菓子の袋のヒモを確認して、
氷室はストラップの箱をクレーンでぐい、と押し退けた
「あっ、」
隣で食い入るように台の中を覗き込んでいたが声を上げる
何もできないまま、コインは残り1枚
「先生・・・」
「安心しなさい、勝ったも同然だ」
最後のコインを入れて、氷室は笑った
動き出すクレーン
さっきストラップの箱を押しやったせいで形の変わったお菓子の袋のヒモ
全て計算通り、と
そのヒモに、クレーンをひっかけて釣り上げた
ぶるぶる、と
震えながらもなんとか、なんとか
クレーンの移動振動に耐え、お菓子とストラップが宙を歩く
「先生すごい・・・」
ごとん、と
それらがまとめて落ちてきたのに、が微笑した
ドキ、とする
自分に向けられたその微笑に

「ありがとうございます」
「いや・・・」
の視線に心が騒いで、
氷室は差し出されたお菓子の袋を無意識に受け取った
「これは先生の分です」
いつもの、あの何かを憂いでいる目ではない、光の宿った目
見ているものをソワソワさせるような、落ち着いてはいるが明るさを感じる顔
そんな風には笑った
それが、どうしようもなく氷室を動揺させた
いつもの、戸惑いではないもの
自分に初めて向けられた微笑みに、思考がうまく働かなかった

が、笑っている

「私、帰ります」
「気をつけて帰りなさい・・・」
他に言葉は出なかった
ただ黙って見送る
そもそも、自分は早く帰りなさい、と指導をしていたのだった
目的を忘れて、ゲームに熱中してしまったが
「・・・こんなものまで、受け取ってしまった」
手に残っている、お菓子の袋
菓子など食べないから、もらっても仕方がなかったのに
ボンヤリして、無意識に受け取った
が笑っていたから
年相応に、嬉しそうにしていたから

ドォン・・・

突然、思考を遮る音が辺りに響いた
そして夜空に華が咲く
「・・・・・花火か」
ふと、少し先で、が空を見上げた
それから、ゆっくりと振り返って氷室を見た
また、ドキとした
どうしようもなく速くなる心臓
振り返って、何を言うでもなく、は氷室を見つめた
そして、最後にもう一度微笑した
捕われる、と思った

立ち止まってキャーキャー言うでもなく、
もっと花火のよく見える広場に走っていくでもなく
は、ゆっくりと歩き出した
遠ざかる背
制服の、頼り無い後ろ姿
見つめて、氷室は溜め息をついた
のあの顔は、多分ずっと心に残るだろう
新しい想いを、目覚めさせながら


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