幻影 (氷×主)


あんまり貴方のことばかり考えているから、こんな幻を見るの?
それとも、本当に貴方がそこにいるの?

「あ・・・・・っ」

人込み、
熱い太陽が降り注ぐ中 は弾む息を整えて辺りを見回した
人込み、人込み
行き交う人たちの中に、貴方はいない
追い掛けていた背中は、見当たらない
「また、見失った・・・」
溜め息をついた
今は学校の帰りで、これからバイトに行くところ
時々通るこの道で、幻影に会う
あなたに、会う
「洋平・・・」
大好きな、もういない人の名前を呼んだ
彼のことばかり考えているから、こんな幻を見るんだろうか
それとも、夏の暑さで頭がおかしくなったのだろうか
貴方がいた気がして、追い掛けた
でも、見失う
必ずここら当たりで、見失う

「会いたいよ・・・洋平・・・」

大好きだった人
いくつも年上の恋人
甘えて、我がまま言って、愛されて
なのに、疑った
その愛を
優しかった彼の気持ちを
「ねぇ、私もう大人だよ」
必死に背伸びをしていた15才の夏
「そうだな、じゃあが高校卒業したらな」
いつも笑ってた彼
子供扱いしないで、なんて生意気言って
本当は私なんか好きじゃないの? なんて不安になった
ねぇ、人の想いはどうやって計ったらいいの?
あなたの言葉は、本当なの?

「子供だっていうなら、だから抱いてくれないなら」

誰かに抱かれて、もう子供じゃないんだって証明すればいい
誰でもいい
そういうトモダチ、誰でもいい

とぼとぼと、バイト先の喫茶店に向いながら はぶる、と身を震わせた
心にこびりついて離れない記憶
バカだった自分の罪
誰でもいいから抱いて、なんて
それで彼にヤキモチ灼かせたいなんて、バカな子供
私だって、そういうことできる年なんだって、わからせてやりたくて
だから愛してるなら抱いてって、
そのことが何よりの愛の証明みたいに思ってた
あの頃、貴方を好きすぎて 全てが不安だった

この年の差は、不利だよ
セックスもしたことがない子供なんか、貴方にはつり合わない
そう思ったら、いてもたってもいられなかった
こんな子供だから、抱いてくれないの?

唇をかみしめた
あの日、身体が汚れた日
好きでもない人との何の意味もない行為なんか、ただ切ないだけで
痛みと涙でぐちゃぐちゃになった
今すぐ会いたいと、彼を呼んだ
握りしめた携帯
夜中ずっと探してくれていた彼は、雨の降る中走ってきてくれた
寝ずに、心配してくれて
私は貴方を疑って、バカなことしてたのに
愛されていたことに気付かずに、あなたに捧げたかったこの身体を汚したのに

「いやだ、死ぬなんて・・・・」

まだ、ごめんなさいも言ってない
私があんなことしなければ、
携帯で呼んだりしなければ、
あなたは今も生きていたのに
ここで、笑ってくれていたのに

「洋平に会いたい・・・」

つぶやいた
胸が苦しい
私が、死ねばよかったのに
洋平がいないのに、どうして私が生きてるの
大好きだった人が死んで、どうして生きていられるの
私の心臓も、止まればいいのに
「息ができない、」
助けて、と
誰へともなくつぶやいて、は空を見上げた
人を殺した罪悪感
大好きな人を失った喪失感
あの瞬間、世界に色も音もなくなった
あの車のブレーキの音、救急車のサイレン、そして雨の音
の時間は、そこで止まってしまっている

カラン、と
喫茶店のドアを押し開けた
落ち着いた雰囲気の店
店員は、カウンターにマスターが一人と、バイトの
それだけ
「丁度よかった、さん紅茶入れて」
「はい・・・」
店の中に入って、鞄を置いた
制服の上にエプロンをつけて、紅茶の葉を手に取った
深呼吸1回
それで、意識を閉ざそうとした
いっそ、自分なんかいなくなってしまえばいいのに

カラン、

お客が一人入ってきた
彼は窓際の席へ行き、書類を机に置いて座った
「御注文は・・・」
そう声をかけたら、弾かれたように顔を上げて
・・・」
そうつぶやいた
落ち着いた声
驚いたみたいな顔で、今も私を見てる
担任の、氷室先生

「コーヒーを」
「はい」

少しだけ、何故か心が落ち着いた
授業中とは少し違う声のトーン
けして優しいとは言えないような表情に口調
でも、聞いていると安心する、先生の声

マスターの煎れたコーヒーを運ぶと、ありがとうと氷室は言った
それから、顔を上げてにやり、と
を見て笑った
「君は何時までバイトなんだ?
 明日はテストをする、帰って少しでも勉強をしておきなさい」
口の端が意地悪に釣り上がっている
机に置かれた書類、それは明日のテスト問題なのか
「・・・・・抜き打ちじゃないですか」
「今、君には教えてやったろう」
「ひどい、今日そんなこと言ってなかった・・・」
「知らない方が良かったか?」
「・・・複雑です」
見遣ると彼は、ふふんと得意そうに笑っている
数学は好きじゃないから、よくわからない
氷室の授業はわかりやすいけれど、テストは意地悪い問題ばかりでよくひっかかる
君たちはひっかかりすぎだ、と
最初のテストの時に呆れたように言ってたっけ
問題が意地悪すぎるのだと、その時に思った
明日もまた、そんなテストをやる気なのか

カウンターに戻ったら、マスターが笑った
「テストだって? 帰らせてあげようか?」
「大丈夫です、どうせ今からやっても無駄です」
答えてはマスターに微笑した
ほんの少し、心が軽くなっている
不思議
さっきまであの記憶に捕われていた心が、少し楽になった
氷室の言葉、その存在は自分を今の現実に引き留めてくれる
だからだろうか
今は呼吸も、できる

30分程で、約束の時間にでもなったのか 氷室は時計を見て席を立った
「ありがとうございました」
「ああ」
彼の視線に、も視線を合わせた
一瞬 戸惑ったような顔をして、氷室は店を出ていく
見送って、心の中でもう一度繰りかえした
ありがとうございました
あなたの存在は、少しだけ少しだけ、今の私を楽にしてくれる

は目を閉じた
静かな店内にはコーヒーの薫りが漂っている
氷室の声を思い出した


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