君の嘘に惑い、とまどう (氷×主)


氷室がクラブを終えて職員室へ戻る途中 が裏庭へ出るレンガ道に座っているのが見えた
足を投げ出して、柱にもたれて
何をするでもなく、うつむいている
「・・・、何をしている」
制服で、女の子がじべたに座って
あと30分もしたら下校時間になるというのに
「・・・・」
廊下から声をかけた氷室に、はふ、と顔を上げた
いつもの、どこかぼんやりとした表情
氷室を見ているのか見ていないのか、その表情からは読めず ただ視線だけがゆっくりとこちらを向いた
夕方の光で、頬が赤く染まっている
「蟻の行列を・・・見てました」
「蟻?」
予想しなかった答えに、少しだけ声が上ずった
蟻?
そんなものに興味があるのか
「・・・そろそろ下校時間だ
 そんなところに座っていないで帰りなさい」
「はい」
頼り無いような目が、ゆら、と揺れた
潤んだような色
それに氷室は一瞬ドキ、として
それから慌てて、平常を保った
「ではまた明日」
「はい・・・」
かつかつと、今まで通りの歩幅で職員室へと戻る
戻って、ほぅ、と息を吐いた
あんな人気のないところで、
きれいに掃除してあるとはいっても、じべたに座って
蟻の行列を見ていた?
いつもながらの、その淡々とした話し方と、どこか現実から離れているような会話に氷室は眉を寄せる
あの年頃の少女は、蟻になど興味を持ったりしないだろう
制服が汚れる、とか
早く帰って遊びたい、とか
そういうことを、は考えないのだろうか
には、不思議なところが多いと思う
そしてそれは今のところ、氷室の理解を超えている

その日、テスト問題を作っていた氷室は 作業に没頭して時間を忘れていた
(・・・もうこんな時間か)
壁の時計を見て苦笑する
いつのまにか職員室には自分一人
ボーン、と古風な音が9度鳴ったのを聞いて、やれやれと氷室は書類を片付けた
まだ出来上がってはいないが、続きは家でやることにしよう
あまり遅くまでいては宿直の用務員に迷惑がかかるし、と
荷物を持って、職員室を出た
廊下には光がほとんどなく、辺りは静かで どこか遠くで虫の声がした
(・・・蟻・・・・)
ふと、の言葉を思い出した
こちらと進んで会話をする意志のない話し方
必要最低限だけ
何も言わなければ返事もせず、
聞かれたことにしか答えず、話してしてもこちらを見ているのかすらわからない
ああいう生徒は初めてだから、氷室は少なからず戸惑っている
そして気づけば、授業中もH.Rもばかりを気にするようになっている

なんとなく、いつもは正面玄関から出るのを回り道して 氷室は先程をみかけた廊下を通って裏口から外へ出ようとした
この時間なら、正面は閉まっているかもしれない、と
心の中ではそうつぶやいて、だが足は無意識にあのレンガ道へと向かっていった
まだそこに、がいるわけでもないのに

「・・・?!」
だが、ぼんやりと
小さな灯りが照らすその場所に は夕方と同じようにして座っていた
「な・・・」
何をしている、と
思わず狼狽して、氷室はが少しも動かないのに気がついた
・・・」
慌てて側へと駆け寄って、その肩に手を触れた
それでやっと、が顔を上げた
「・・・」
ぼんやりした目
だが、この距離で見たら手に取るようにわかる
いつもと違う
潤んだ目をして、こちらを見上げている
赤く染まった頬が、その身体の熱を伝えた
「しっかりしなさい、すぐ病院に連れていく」
は、何も答えなかったが 一度だけしっかりと氷室と視線を合わせて
それから目を閉じた
抱き上げた身体は、軽くて熱かった

慌てて車でを病院まで連れてきた氷室は、医者から風邪だと聞かされ薬をもらった
待ち合いでしばらく待っていると、診察室からが出てくる
「先生」
自分の足で歩いているから、少しはマシなのだろうが
それでも頬は相変わらず赤くて、目は潤んでいた
胸の中に、いい様のない怒りのようなものが広がっていく
あの時、頬が赤いのは夕日がさしているせいだと思っていた
そして、
があそこにいたのは、彼女の言うとおり 蟻の行列だかを見ていたからで
熱で動けなかったなんて、微塵も思わなかった
得体の知れないイライラした感情が腹にたまっていく
ではどうして、そう言わないのだ
身体が辛くて立てないとか、
熱があるから動けないとか、
なぜ言わない
なぜ、あんな嘘をつく

「先生・・・」
氷室の顔が 険しかったのか、
は、氷室の前に立つと そう呼び掛けて困ったように黙り込んだ
「君はわかっているのか
 私があそこを通らなければ、君はあの場所で夜を過ごし、身体をもっと壊していたかもしれないんだぞ
 もしかしたら、死んでいたかもしれない
 ・・・わかっているのか」
思ったより、口調がきつくなった
だが、氷室にはどうしようもなかった
イライラする
に対してか、自分に対してか
それさえも、よくわからない
「ごめんなさい」
が目をふせた
だがやはり、必要以上には話さない
どうして、と
氷室はまた 心の中でくり返した
「どうして言わなかった
 蟻を見ていたなどと、ばかなことを言って・・・
 君はわかっているのか
 本当に、とりかえしのつかないことになっていたかもしれないんだぞ」
そう、とりかえしのつかないことになっていたかもしれない
氷室があそこを通らなければ
は あのままあの場所で夜を過ごしたかもしれない
そして、
こんな熱で外にいて、
身体を壊して、それから
(死んで・・・)
ぞく、とした
それはあまりに恐ろしい想像で
だが、現実にありえた想像
背筋が寒くなるような気持ちで、氷室は目の前に立っている少女を見た
そして、大きくため息を吐く
「とにかく・・・家まで送る」
「はい・・・」
いつまでも、こんなところにいては身体にさわる
少しでも早く、家に連れて帰って安静にさせなければ、と
氷室はとりあえず 意識を切り替えた
車にを乗せ、走らせる
その間中、はうつむいて一言も話さなかった

丁度、公園の前を過ぎた時、氷室はふ、と以前聞いたの言葉を思い出した
が学校をさぼった日
車で家まで送ると言った日
車に乗るとアレルギーが出るから、と
それを拒否した
だが、今は
何でもない様子で、助手席に座っている

(・・・あれも嘘か・・・)
自然、ため息がこぼれた
の言葉はわからない
問われたことを答えるだけしか話さないけれど
言った言葉は本当だと思っていた
だが、違った
本当のことは意図して隠され、氷室が聞いたのは嘘ばかりだった
では一体、彼女の何が本当で、何が真実なのだろう
どうして、嘘などいうのだろう

ちら、と
うつむいているに視線をやった
どこか震えているような様子に、ため息がこぼれる
こういう風に、嘘だ本当だと こだわる自分がおかしいのだろうか
その言葉が偽りだったことに、こんなにも気分が滅入るのはおかしいのだろうか
今はの身体のことだけ
それだけを心配して、気づかうのが本当の教師というものなのだろうか
静かに、
車をの家の前につけて、氷室はに声をかけた
、おりなさい
 ・・・歩けるか?」
「はい・・・」
その声は震えていたけれど、氷室はあえて聞き流した
「では、今日は安静にして
 明日 学校に来れそうになければ連絡を入れなさい」
「はい」
教師用の声でそう告げる
どこかを許せないと思う気持ちが、
裏切られたというような気持ちが、氷室の中で渦を巻いている
苦々しくて、居心地が悪かった
カタン、と
ドアをあけて外に出たの姿を見て、それで急に胸が苦しくなった
なんなんだ
この感情、この想い
イライラするのは相変わらず、
なのに痛い程に、苦しい
どうして、こんな風な気持ちになるんだ
いてもたってもいられなくなって、氷室は衝動的に車から下りた
ふら、と
ドアに手をかけたまま、立っているの腕を取る
少しだけ乱暴だったからか、怯えたようにがこちらを見上げた
「しっかりしなさい」
見ているだけで危なっかしい
こんなに頼り無くて、こんなに小さくて
あんな場所にいるのを見つけた時から、感じていたこと
そう、危ないのだ
は目を離すと、どこかに消えてしまいそうになる位 儚くて危なっかしい
ぼう、と何かを見ている目も、つまらなさそうな表情も
頼り無い身体も、淡々とした声も、偽りの言葉も

「先生、ほんとうにごめんなさい」
思考に支配されていた氷室を、の声が現実に引き戻した
「かえります」
「あ・・・ああ」
捕まえていた腕を放すと、は門の中へと入っていく
それから一度だけ振り向いて、何も言わずにドアに手をかけた
ぼんやりとした気持ちで それを見送る
大丈夫だろうか
どこかへ行ったりしないたろうか
こんなにもイライラした気持ち、
戸惑いと、苦しみとが混ざったような想い
自分はを心配しているのだ
だから、不安になる
だから、許せないと思う
あの時、を見つけた時
どれほど自分が驚いて、どれほど心配したか 多分にはわからないだろう

の姿が家の中に消えると、氷室は大きくため息をついて、車に戻った
考えるのはやめよう
とりあえず、は無事だったんだから
消えてしまうようなことは、なかったのだから
悪い予感を振払うようにして、氷室は車を走らせた
夜は暗く長い


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